プレゼント
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
アイアンウッド商会を後にした二人は、ベルクハイムのメインストリートへと足を進めた。
石畳の上を歩く音、家々の合間から流れてくる人々の声。
初めての仕事を終えた心地よい疲労を感じながら、圭一は眩しそうに街並みを見渡した。
「さて、ケーイチ。何か見たいものはあるか? 今日はもう、急いで帰る必要もねぇからな」
レオが豪快に肩を叩く。この世界に来てからまだ3日。
目にしたものといえば、リトヴェインの素朴な村の風景と、鬱蒼とした深い森だけだった。
「そうですね……。道具屋とか、冒険者の装備を売っている店を見てみたいです。本物の剣とか防具なんて、一度も見たことがないので」
圭一は生まれ育った日本で、刃物が剥き出しで陳列されている店など見たことがなかった。
異世界ならではの文化に触れたいという好奇心と、これからこの世界で生きていくための「道具」の相場を知っておきたいという、実務的な目的が半分ずつだった。
「よし、わかった。まずは装備屋だな。ここは小さな街だから大した掘り出しもんはねぇが、雰囲気くらいはわかるだろう」
レオに連れられ、2分ほど歩いた先にある小さな店へとたどり着いた。
年季の入った木の扉を開けると、油と鉄の匂いが混ざり合った独特の空気が鼻を突く。
「……うわぁ」
壁に掛けられた鋼鉄の剣、棚に並ぶ革の胸当てや籠手。
漫画やアニメで何度も目にした光景が、今、確かな質感を持って目の前に広がっている。圭一は思わず感嘆の声を上げた。
「触ってみても、いいですか?」
カウンターの奥で研磨作業をしていた店主は、顔も上げずに「ああ」とだけ短く答えた。
「なんだ、ケーイチ。剣士にでもなりたいのか?」
棚のショートソードを恐る恐る指でなぞる圭一を見て、レオが可笑しそうに笑った。
「いやいや、俺なんかがなれないのはわかってます。でも、男なら一度はこういう武器に憧れるものなんですよ」
「違いない。村のガキ共も、一日中木剣を振って遊んでるしな」
だが、レオはそこで少しだけ真剣な表情を浮かべた。
「……だがな、ケーイチ。道中でも魔物の姿があっただろう。普通、行商人は護衛を雇うのが当たり前だ。お前さんも、今後は護衛を雇うか、あるいは自分の身を守る最低限の技術を身につけるか、真剣に考えねぇといかんな」
レオの言葉に、圭一は川辺や街道で見かけたゴブリンの姿を思い出した。
(あの魔物と戦う……? 俺ができるのか?)
令和の日本で平和に生きてきた自分に、重い剣を振り回して殺し合いができるとは思えない。
だが、トラックを狙う魔物が現れたとき、ハンドルを握る自分に何ができるだろうか。
(もし武器を扱うなら、何がいいんだ? 慣れない剣よりも……)
その時、圭一はある「物」の存在を思い出した。
「レオさん! 一つ、思い出したことがあります。一度、外に出ましょう!」
驚くレオを急かし、店を出たところで圭一は「思い出したこと」を切り出した。
「実は、あのトラックには『バール』という仕事道具が載っているんです。鋼鉄製の太い棒で、それなりに重さもある。あれなら、もしもの時に武器として使えるかもしれません。本当は仕事の大事な道具だから、そんな使い方はしたくないんですが……」
「バール? 聞いたことがねぇ道具だな。まあ、お前さんが使い慣れているなら心強い。帰りに見せてくれ」
………
次に訪れたのは、生活用品から薬まで幅広く扱う道具屋だった。
「見たこともないものばかりだ……」
棚には木製の食器や丈夫そうな麻袋に混じって、色鮮やかな液体が入った小瓶が並んでいる。
「これはポーションといってな、うちの村の薬師たちが集める薬草が原料だ。傷や怪我を瞬時に治す。質によって効果はピンキリだが、冒険者や旅人には必須の代物だ」
圭一は、ゲームの世界が現実になったような光景に改めて圧倒される。
広い店内を歩き回っていた圭一の足が、あるコーナーで止まった。
そこに置かれていたのは、様々な革の手袋だ。
作業用と思われる40リルの粗いものから、手に馴染みそうな柔らかさと強度を両立させた120リルの上質なものまで、数種類が並んでいる。
圭一は120リルの手袋の前に立ち、その手触りを確かめた。
「これは……いい。荷物の積み降ろしで重宝しそうです」
だが、さっき仕事を終わらせたばかり。
自分はまだ運賃をもらっていない、居候の身。
圭一が逡巡していると、レオが横からその手袋を掴み、迷わずカウンターへ持っていった。
「レオさん!?」
「初仕事の祝いだ。仕事道具は良いものを使わないとな。ケチって手を怪我したら、仕事に響くだろ?」
レオはそう言って、笑顔で120リルを支払った。
「……何から何まで、本当にありがとうございます」
「気にするな。お前さんがいる間だけでも、俺の仕事が助かってるんだ」
手渡された手袋を装着し、グーパーと拳を握ったり開いたりしてみる。
使い込むほどに手に馴染みそうな感覚だった。
圭一は嬉しさを隠しきれず、子供のように何度も手を動かす。
「その顔……気に入ってくれたようだな」
「すいません。……なんだか、子供みたいで恥ずかしいです」
「それでいい。それが相棒になるんだからな」
二人は夕暮れに染まり始めたベルクハイムの街を、軽やかな足取りで歩き出した。
.........
「ケーイチ、ここの串焼きは絶品なんだ。これを食わずに帰る手はねぇぞ」
レオに連れられて一本の通りに入ると、香ばしく肉が焼ける匂いと、食欲をそそる香ばしいタレの香りが漂ってきた。
「おう、レオさん! まいど! 今日も買っていくかい?」
屋台の店主が、手際よく串を返しながら快活に声をかけてきた。
「今日は友人を連れてきたんでな。ここを紹介したくて寄らせてもらったよ」
「初めまして。ケーイチと申します」
圭一が丁寧に頭を下げると、店主は白い歯を見せて笑った。
「ご丁寧にありがとうな! うちはロックディア――山鹿の串焼きがメインだ。1本15リル。どうだい、焼きたてだぜ」
山鹿はこの付近の森林や山岳に生息する一般的な魔獣で、基本的には温厚だが、オスなどはその立派な角で攻撃してくることもあるという。
「この肉はクセがなくてな。淡泊だが噛みしめるほどに旨味があるんだ。それに、何よりこのタレが美味い!」
レオの言葉に、店主が誇らしげに胸を叩く。
「このタレは豆が原料の調味料をベースにしていてな……。おっと、ここから先は秘密だぜ」
圭一がタレの壺を覗くと、中には深い黒色をした液体と、その隣にはすりおろされた野菜のようなものが入った同じ黒い液体が置かれていた。
「じゃあ、2本ずつもらうよ」
レオが60リルを手渡すと、店主は「あいよ!」と威勢よく答え、焼き上がった串をたっぷりとタレにくぐらせた。
差し出されたのは5本の串。
圭一が「あれ、4本じゃ……」と驚く間に、レオが笑いながら一本を受け取った。
「ほらよ。……兄ちゃんには1本おまけだ。また来てくれよな!」
「よかったな、ケーイチ! 店主、また寄らせてもらうぜ」
「ぜひ、そうさせていただきます! ありがとうございます!」
二人は街の門へと向かいながら、熱々の串焼きを頬張った。
(……これは、……醤油に、ニンニクか!?)
口の中に広がったのは、かつて日本で慣れ親しんだ、あの芳醇な香りとガツンとくるパンチのある旨味だった。
まさか異世界の地で、これほど故郷を思い出す味に出会うとは思わず、圭一は目を見開く。
「どうだ? うまいか?」
「……すごく美味いです。この淡泊な肉の旨味を、タレが完璧に引き立ててます」
紹介した店を心底気に入った様子の圭一を見て、レオは自分のことのように満足そうに笑った。
「この街には他にも美味い定食屋がある。仕事のついでに寄ってみるといい。楽しみがあった方が仕事も捗るだろ?」
「そうですね。……仕事ですが、大きな楽しみが増えました」
「ははは、楽しみがなきゃ続けられねぇもんだ!」
一口、また一口と食べ進め、巨大な石造りの門にたどり着く頃には、手元の3本の串はすっかり空になっていた。
門の手前で待っていた門番たちが、不思議そうにレオに声をかける。
「あれ? レオさん。さっきのあの巨大な荷車はどうしたんです?」
「ああ、あれは召喚したものだからな。一度戻したんだ」
圭一は門を通り過ぎ、周囲に十分な広さがあることを確認すると、再び「車両召喚」を念じた。
一瞬の歪みの後、蒼い2トントラックが姿を現す。
「うわっ……!!」
門番たちが腰を抜かさんばかりに驚く。
「驚かせて申し訳ありません。一応、街を出る際にも荷台のチェックが必要かと思いまして……」
圭一が申し訳なさそうに伝えると、門番は呆気に取られながらも、空になった荷台を確認した。
「お、おう……。律儀にありがとうな。……よし、何もないな。大丈夫だ。しかし、不思議な力があるものだな」
「神の力ってのは、俺たち人間には計り知れねぇもんさ。……じゃあケーイチ、戻ろうか」
二人がトラックに乗り込み、エンジンを始動させる。
ドルルン、と力強い鼓動が響き渡ると、詰め所にいた他の兵士たちも野次馬のように集まってきたが、窓から手を振るレオに気づくと、一様に感嘆の声を上げながら手を振り返してきた。
圭一はゆっくりとアクセルを踏み込み、もと来た街道へと、トラックを走らせた。
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