初仕事
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
リトヴェインの村を後にしたトラックは、森の間を縫うように走る一本道へと躍り出た。
道とは名ばかりの、踏み固められただけの土。
至る所に拳大の石が転がり、雨水が削った深い轍が出来ている。
馬車であれば車輪を取られ、御者が必死に手綱を引くような悪路だが、トラックの分厚いタイヤは、それらを力強く押し潰して進んでいく。
圭一は、ハンドルから伝わる振動を掌で確かめながら、一度ブレーキを踏んだ。
「どうした、ケーイチ? 何か不具合か?」
助手席で身を乗り出したレオが心配そうに覗き込んでくる。
「いえ、少し気分を上げようかと思いまして」
圭一はリュックからスマートフォンを取り出した。
画面にはアンテナの一本も立っていないが、本体に保存されたデータは生きている。
設定画面からBluetoothを有効にすると、車載インバーターに充電コードを繋げ、トラックのナビと同期した。
指先で音楽アプリの再生ボタンをタップする。
次の瞬間、キャビンの中に、異世界の存在し得ない鮮烈なドラムのビートと、エレキギターの歪んだ旋律が弾けた。
「……ッ!? な、なんだ! どこで鳴っている!?」
レオが文字通り座席から飛び上がった。
「落ち着いてください。これはこの板の機能の『歌』です。このトラックには、音を流す機能があるんです」
流れてきたのは、圭一が仕事中によく聴いていたアップテンポなロックナンバーだった。
スピーカーから溢れる重低音が車体を微かに震わせる。
「……歌だと? 吟遊詩人か何かか? いや、聞いたこともねぇ楽器の音だ。それに、この声……」
レオは戦々恐々とした様子で、ドアの内側にあるスピーカーユニットに耳を寄せる。
「言葉はわからないが、これはケーイチの国の言葉か?」
「そうですね。たぶん……俺、この歌が好きだったんだと思います」
圭一は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
歌詞の意味は脳内で翻訳されない。
それが逆に、自分が「あちら側」の人間であったことを思い出させた。
音楽の波が、一瞬で現代の日本へと塗り替えていく。
「ふむ……不思議な響きだが、悪くない。なんだか、戦いの前に士気を高める鼓舞を受けているような気分だ」
レオが膝を叩いてリズムを取り始めると、圭一も少しだけ心を軽くして、再びギアをセカンドに入れた。
………
トラックは速度を上げ、時速30キロ前後で街を目指して突き進む。
圭一の視線は、フロントガラス越しに広がる路面を鋭く射抜いていた。
(……左側に深い水溜り、右側は岩が露出している。右に寄せて、サスペンションへの衝撃を最小限に抑える)
プロとしての経験が、無意識に最適なラインを選び出していく。
馬車なら時速数キロで慎重に進む場所も、トラックにとっては「注意が必要な凸凹」に過ぎない。
ふと視線を落とすと、ダッシュボードの中央でカーナビの画面が青白く発光していた。
『ベルクハイムまで 残り18キロ』
地図上には、周囲の地形が俯瞰で表示されている。
圭一はそれを見ながら、メーターパネルの右隅にある「走行可能距離」の数字に注目した。
表示は『96キロ』。
異世界の森は深く、時折木々の隙間からゴブリンのような緑色の影が見えることもあったが、トラックの速度に追いつける魔物はいなかった。
やがて、メーターの走行距離がちょうど5キロを刻んだ瞬間だった。
「レオさん、ステータスを確認してもいいですか?」
「ああ、構わんぞ」
圭一は心の中で念じ、半透明のパネルを呼び出した。
【MP:19 / 20】
その数字を見た瞬間、圭一の背中に冷たいものが走った。
(……きっちり減ってる。MP1で5キロ。誤差はない。今の走行可能距離計が『95キロ』になったのは、俺の命がそれだけ削られたのと同じ意味だ)
MPは圭一自身の生命線であり、魔力だ。
このトラックが道を走るたびに、彼は自分の「生」の一部を燃料として差し出している。
もし、欲を出して無理な距離を走れば、MPは枯渇し、最悪の場合は立ち往生して魔物の餌食になることもあるだろう。
さらに、昨夜確認した「自動修理」の存在も脳裏をよぎる。
(もしパンクしたり、エンジンにトラブルが起きたりすれば、修理のために大量のMPを消費するはずだ。走るためだけのMPじゃ足りない。常に『予備』を残しておかないと、この世界では死ぬ……)
ハンドルの重みが、先ほどまでとは違う意味を持って圭一の掌にのしかかる。
これはただの便利な魔法ではない。
自分の命を懸けた、文字通りの「仕事」なのだ。
「ケーイチ? 顔色が悪いぞ。やっぱりどこか悪いのか?」
音楽に身を任せていたレオが、圭一の横顔を覗き込む。
「いえ……改めて、責任の重さを感じていただけです。このトラックは、俺のMPで動いている。大切に乗らないと、俺もこいつも保たないんだな、と思って」
「そうだな……。神の力ってのは、代償なしには使えねぇってわけだ」
レオは腕を組み、真剣な表情で頷いた。
「わかった。無茶は言わねぇ。安全第一で行こうぜ」
レオの無骨な気遣いが、圭一の緊張を少しだけ和らげた。
「……そうですね。安全運転で行きましょう」
圭一はアクセルを一定に保ち、再び前方を見据えた。
音楽のボリュームを少しだけ上げ、タイヤが奏でる土の音を聴きながら。
異世界での「物流」が、着実にその距離を縮めていた。
………
道中、村から8キロ、ベルクハイムまで残り14キロ地点。
『レベルがあがりました』
突如頭に響く無機質な音声。
「……あ、レベルが2に上がったみたいです」
「おお、それはめでたい! 早速ステータスを見てみろ」
圭一が心の中で念じると、半透明のパネルが更新されていた。
名前:南 圭一
ジョブ:《運び手》
Lv:2
HP:35(+5)
MP:24(+4)
筋力:E(13)
耐久:E(12)
敏捷:E(11)
魔力:E(11)
知力:E(12)
「おぉ!! ちゃんと成長してます! MPも増えて、移動できる距離も伸びました!」
「いい兆しだ。立ち往生する危険が減るのは、この道を行く者にとって一番の救いだからな」
レオは満足そうに頷き、圭一の肩を叩いた。
アクセルを一定に保ち、街道を走り始めてからおよそ40分。
本来の馬車であれば、まだ村の境界を越えて森の入り口付近を微速前進しているはずの時間だ。
しかし、フロントガラスの向こう側には、石造りの壁が姿を現していた。
山岳交易街「ベルクハイム」。
その門が、陽に照らされて鈍く輝いている。
「……もう着いたのか」
助手席でレオが、信じられないものを見るような目で外を眺めていた。
「ああ、見えてきましたね」
圭一はスピードを落とし、ギアを落としていく。
だが、門に近づくにつれ、壁の上がにわかに騒がしくなるのが見えた。
「ま、魔物だ! 蒼い魔物が突進してくるぞ!」
「鐘を鳴らせ! 防衛体制を整えろ!」
門番たちの悲鳴に近い叫び声が聞こえる。
無理もない。
彼らの視点からすれば、唸りを上げながら近づく巨大な鉄塊は、未知の脅威そのものだ。
一人の門番が慌てて警笛の鐘に手をかけようとしたその時、レオが身を乗り出した。
「待て! 鐘を鳴らすな! 俺だ、リトヴェインのレオだ! こいつは魔物じゃない、荷車の一種だ!」
レオの野太い声が城壁に響き渡る。
門番たちが動きを止め、目を凝らして助手席の男を確認した。
「……レオさんか!? おい、武器を下ろせ! レオさんだ!」
元騎士としての顔の広さが功を奏したのか、混乱は辛うじて収まった。
だが、門を潜る前の検問は、かつてないほど厳重なものとなった。
………
トラックを停車させ、圭一は外へ出た。
数人の門番が槍を構えたまま、恐る恐るトラックの周囲を調べ始める。
車体の下を覗き込み、タイヤのゴムを指で突いては驚き、荷台の丸太を数える。
「……荷物は確かに木材だが。おい、そこのお前。荷物を降ろせ」
門番の一人が圭一のリュックを指差した。
中から出てくるノートPC、スマホ、モバイルバッテリー。
どれもこの世界の住人が目にしたことのない、滑らかな曲線と未知の材質でできた品々だ。
「これらは一体何だ? 見たこともない素材だが」
門番の疑り深い視線に対し、圭一はレオから魔道具というものがあると聞いていたことを思い出した。
「……魔道具です。たぶん俺の故郷の」
「魔道具……? ふん、妙な術式も魔力の残滓も感じられんがな」
門番がさらに追及しようとしたところで、レオが間に入った。
「よしてくれ。こいつはケーイチと言ってな、うちの村の森で倒れていたらしい。目が覚めて、村の前で立ちつくしていたこいつを、俺が拾ったんだ。記憶のほとんどを失っていてな。身元はこの魔道具しか手がかりがないんだ」
作り話……いや、半分以上は真実である説明を聞き、門番たちの表情が「不審者を見る目」から「気の毒な境遇の者を見る目」へと変わった。
「……そうか。可哀想に。こんな辺境で一人、記憶もなく……」
門番が同情混じりの溜息をついた。
だが、仕事は仕事だ。
彼は「待っていろ」と言い残し、詰め所から上官を呼んできた。
現れた上官は、白髪の混じった落ち着いた雰囲気の男だった。
門番から一通りの説明を受けた彼は、圭一の目を見つめ、優しく微笑んだ。
「話は聞いたぞ。記憶が戻ることを、私も神に祈っている。……強く生きるんだぞ、青年」
その温かい言葉に、圭一は不覚にも鼻の奥が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます……」
「さて、その『鉄の荷車』だが」
上官はトラックを見上げ、少し困ったように眉を下げた。
「これほど大きく、見たこともない物体は住人に無用な恐怖を与えるかもしれない。街の中ではなるべくゆっくり、安全に進んでくれ。いいな?」
「はい。細心の注意を払います」
「レオ、今後こいつが来る時はこの情報を共有しておく。だが、面倒は起こしてくれるなよ」
「ああ、わかっている。助かるよ」
………
検問を通り、ベルクハイムの街へと足を踏み入れた。
石畳の道に、重厚なディーゼル音が反響する。
歩行者たちは一様に足を止め、驚いてトラックを見送っていた。
荷を引く馬たちが怯えて嘶くたび、圭一は慎重にブレーキを調整し、徐行を維持した。
「左に見えるあの大きな建物が『冒険者ギルド』だ。その先の時計塔があるのが中央広場。……街の活気はどうだ? 村とは違って新鮮だろう」
レオがガイドのように街を解説してくれる。
「すごいですね……。本当に、映画の中に入ったみたいだ」
「エイガ? まあいい。俺がいつも卸しているのは、あの角を曲がった先にある『アイアンウッド商会』だ。あそこの主には良くしてもらっていてな」
レオは窓の外を指差しながら続けた。
「この街にはまだ商人ギルドの支部はないが、いつかこの事業が軌道に乗れば、正式な商人登録を考えたほうがいい。後ろ盾がないと、横槍を入れる奴も出てくるからな」
「商人登録……。俺が、商人ですか」
「ああ、これだけの荷をこれだけの速度で運ぶんだ。立派な商売だろう? ……さあ、今日の売却が終わったら、ゆっくり街を歩いて回ろうじゃないか。美味い飯屋も教えてやる」
「いいですね! なら、パパッと終わらせちゃいましょう!……あ、もちろん安全運転で」
………
アイアンウッド商会の卸場所へと続く路地は、想像以上に狭かった。
両脇には商店の看板がせり出し、道端には荷箱が置かれている。
(……この狭さ、前から突っ込んだら後で出られなくなるな)
「レオさん、ここ、バックで入ります」
「バック? 後ろ向きに進むのか? そんな無茶な!」
「大丈夫です。任せてください」
圭一はハザードランプを点灯させ、ギアをバックに入れた。
運転席のバックモニターには、鮮明な映像が映し出される。
レオが「後ろに目がついているのか!?」と絶叫するのを余所に、圭一はサイドミラーとモニターを交互に確認し、淀みないハンドルさばきで後退させた。
2トンショートの小回りを最大限に活かし、看板との隙間を掠めるようにして、トラックが路地へと吸い込まれていく。
――ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ。
静かな路地に、後退を告げる電子警告音が規則正しく鳴り響く。
その、この世界にはあり得ない異質な音が、静寂を切り裂いた。
「な、なんだ! 何の音だ!?」
商会の奥から、血相を変えた一人の男が飛び出してきた。
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