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異世界で始める運送業 ―物流は社会の血液です―  作者: 道雪ちゃん


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3/13

異世界に響くエンジン音

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

翌朝、圭一は薪のはぜる音で目を覚ました。


薄い朝日が窓から差し込み、木の床を淡く照らしている。


空気は冷たく澄み、森の匂いがわずかに混じっていた。


昨夜はなかなか眠れなかったはずなのに、不思議と体は軽い。


ここで、生きていく。


その覚悟が、ほんの少しだけ輪郭を持ちはじめていた。


「おう、起きたか!」


レオの声とともに、焼けたパンの匂いが漂う。


粗い麦のパンと、野菜の煮込み。

質素だが温かい朝食だった。


「今日はどうする? 俺は昼に戻る。そしたらスキルを試してみるか」とレオが問いながら斧を担ぐ。


「俺も気になってな。聞いたことのないジョブだ」


その一言に、圭一の胸もわずかに高鳴る。


車両召喚。


文字通りなら、自分の世界の技術がこの異世界で通じるのか。


レオが馬と森へ向かうのを見送り、圭一は村の外へ歩き出した。


村を抜けると、森はすぐそこだった。


木々は高く、葉は厚く、陽光は緑に濾されて落ちてくる。


足元の土は柔らかく、踏みしめるたびに湿った匂いが立つ。


やがて、せせらぎの音が聞こえた。


森を抜けると、小さな川が流れている。


驚くほど透明だった。


底の石まで見え、水は静かに陽光を反射している。


風が水面を撫で、きらきらと光が散った。


「……きれいだな」


思わず声が漏れる。


異世界だというのに、自然の美しさは変わらない。


いや、むしろ人の手が入っていないぶん、澄み切っている。


しばらく川辺に腰を下ろし、流れを眺めた。


だが――


森の奥から、不自然な音がした。


がさり。


圭一は反射的に身を伏せる。


低く短い、鼻にかかったような笑い声。


そっと木の陰から覗く。


そこにいたのは、小柄で緑色の皮膚を持つ存在だった。


背は子どもほどだが手には粗末な棍棒。


「……あれがゴブリンか」


レオが言っていた魔物。


それが、現実として目の前にいる。


胸がどくりと鳴る。


戦えない。


基準はわからないが、自分のステータスはEばかりで、たぶん低いのだろう。


圭一は静かに息を整え、ゆっくりと後退する。


枝を踏まないよう、足の置き場を選びながら。


幸い、ゴブリンはこちらに気づいていない。


やがて距離が開き、森のざわめきに紛れた。


背中に冷たい汗が伝う。


――ここは、平和なだけの世界じゃない。


それを、はっきりと思い知らされた。



………



昼前、村へ戻ると、家の前にレオの姿があった。


「おう!」


満面の笑み。


「気になって早く帰ってきちまった!」


その言葉に、圭一は思わず笑う。


「昼飯の前に見せてくれ。どんなスキルか、俺も見たいんだ」


期待と好奇心を隠さない。


二人は村の外れ、周囲に人はいない少し開けた場所へ移動した。


「ここならいいだろう」


レオは腕を組み、真剣な目で見つめる。


「やってみろ」


圭一は、深く息を吸い、頭の中で念じる。


――車両召喚。


一瞬、空気が変わり風が止まる。


次の瞬間、地面が低く震えた。


「……なんだ?」


レオが周囲を見渡す。


空間が、歪む。


目の前の景色が水面のように揺らぎ、金属が軋むような重たい音が響く。


そして――


突如、巨大な“鉄の塊”が現れた。


濃い蒼色の車体に分厚いタイヤ。


陽光を反射するフロントガラス。


見慣れたはずの、2トンショートの平ボディ。


だが、この森の中ではあまりにも異質だった。


「……な、なんだこれは」


レオが言葉を失う。


圭一自身も、息を呑んでいた。


確かに、それは自分の世界の車両だった。


荷台には、荷台を覆うシート、緩衝用の毛布ケースと、作業用の大バール。


エンジンは止まっている。


右側後輪付近にある道具箱には、荷を固定するラッシングベルト、ブルーシート、そして簡易工具のセットが収まっている。


異世界の大地に、堂々と存在している。


その巨体は、まるで鉄の怪物のようにそこに鎮座していた。


レオが圧倒され、一歩後ずさった。


森の中に似つかわしくない、重厚な機械の匂い。


圭一は、呆然と呟いた。


「……まさか、これが」


風が吹き抜け、木々がざわめく。


異世界の森の中に、現代のトラックがそびえ立っていた。



.........



突如として現れた巨大な鉄の塊を前に、レオは言葉を失い、しばし呆然と立ち尽くしていた。


森を吹き抜ける風が、蒼い車体の側面を撫で、陽光が磨かれた金属を反射して眩しく瞬く。


その光景はあまりにもこの世界の風景と噛み合わず、まるで異物が世界の縫い目をこじ開けて入り込んできたかのようだった。


「……これが、ケーイチの力か」


ようやく絞り出された声は、低く、しかし確かな警戒を帯びている。


レオはゆっくりとトラックへ歩み寄り、その大きな手で車体の側面に触れた。


指先が冷たい金属に触れた瞬間、彼は小さく息を呑む。


「冷たい……石でも木でもない。鉄……いや、鉄にしては均一すぎる」


ぐるり、と慎重に周囲を回り荷台を見上げ、タイヤを足で軽く蹴り、運転席の窓から中を覗き込む。


「……荷車、か?」


ぽつりと、そう呟いた。


「車輪も四つ。だが……形は運搬用だ」


彼は腕を組み、眉間に皺を寄せる。


「それでも、鉄の荷車としか……だがどうやってこんな物を動かす?」


その言葉に、圭一は思わず息を止めた。


鉄の荷車。


異世界の人間なりの解釈。


「……まあ、そんなところです」


《運び手》。


何を運ぶとは明言されていないそのジョブが、目の前の存在と自分を、見えない糸で繋いでいるような感覚があった。


「どうして分かる?」


レオの鋭い視線が向けられる。


圭一は一瞬だけ言葉を選び、それから小さく肩をすくめた。


「……たぶん、スキルのおかげです。なんとなく、ですけど」


咄嗟に誤魔化した。


レオは数秒じっと圭一を見つめ、それからふっと息を吐いた。


「まあ、神の与えた力なら説明がつかなくても不思議じゃねえか」


そう言って、再び車体へと視線を戻し運転席の扉に手をかけ、慎重に引く。


ぎぃ、と開くドア。


中を覗き込み、低く唸った。


「……中は、部屋みてえだな」


ハンドル、シート、メーター、デジタルタコグラフ、車載インバーター、そしてカーナビ。


助手席には、ヘルメットが置いてあった。


木と鉄の文化しか知らないレオにとって、それは未知の構造体だ。


「動くのか?」


その問いは、期待と警戒が半分ずつ混じっている。


圭一は深く息を吸い込み、運転席へと乗り込んだ。


シートに体を沈めた瞬間、懐かしさが胸を締め付ける。


わずかな油の匂い。


視界に広がるフロントガラス越しの森。


ここは異世界のはずなのに、この座席だけは確かに自分の世界の延長にある。


「……やってみます」


キーはないがその代わり、メーター横に淡い光を放つ紋様が浮かび上がっていた。


圭一はそっと指先をそこへ触れさせる。


指紋認証のように、光が指の形に沿って広がり、次の瞬間、低い振動が車体全体を震わせた。


――ドルルッ、と。


腹の底に響くような、重い機械音にレオが思わず後退る。


「な、なんだこの唸り声は!」


エンジンが目覚めピストンが動き、内部で燃焼が始まる音が、森の静寂を引き裂く。


魔物の咆哮とも違う、雷鳴とも違う、人工の鼓動。


「大丈夫です! 少し離れてください!」


圭一が窓越しに叫ぶ。


レオは数歩下がりながらも、目を逸らさない。


圭一は左足でクラッチをぐっと踏み込み、右足はブレーキを確かに踏み、ギアレバーを握る。


カチャリ、と金属の噛み合う感触とともにセカンドへ入れる。


そしてクラッチを、ゆっくりと戻す。


半クラッチの位置を探るとエンジンの回転数がわずかに下がり、車体が前へと踏み出そうとする瞬間に右足をアクセルへ移す。


ほんのわずかに踏み込む。


エンジン音が低く唸り、トラックは、静かに前へと動き出した。


「……おお……!」


レオの口から、純粋な感嘆が漏れる。


巨大な鉄の塊が、馬も魔法陣もなしに、大地を踏みしめて進んでいる。


メーターが走行可能距離と、現在の走行距離を示している。


現在走行可能な距離は100kmらしい。


分厚いタイヤが土を押し、車体がゆっくりと森の外れを走る。


圭一は慎重にハンドルを切り、開けた場所をぐるりと円を描くように走らせる。


エンジン音が森に反響し、鳥たちが一斉に飛び立つがそれでも圭一の手は落ち着いていた。


仕事として何回も繰り返してきた動作。


それが今、異世界の大地で再現されている。


ゆっくりとブレーキを踏み、停車。


エンジンを止めると、森に再び静寂が戻るが、余韻のように耳鳴りが残った。


ドアを開けて降り地面に立った瞬間、膝がわずかに震えているのに気づく。


怖さではない。


現実になったことへの、震えだ。


レオはゆっくりと近づき、トラックを見上げた。


「……馬もいねえ。魔力の光も見えねえ。なのに動く」


その声は、驚きと、そして――希望を含んでいた。


圭一は一歩前に出る。


「レオさん」


胸の奥に、あの言葉が浮かぶ。


物流は、社会の血液。


「これでお世話になっている間、レオさんの仕事を手伝えませんか?」


圭一は、レオが木材を運ぶ姿をイメージしていた。


朝早く馬車で出て、夕方にようやく町へ着く道のり。


長く続く悪路。


だが、この車両ならそんな道も関係なく進める。


レオの表情が変わる。


だが、その答えが発せられる前に――


森の上空を、風が強く吹き抜けた。


圭一は、息を呑んだまま、その返事を待った。

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