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異世界で始める運送業 ―物流は社会の血液です―  作者: 道雪ちゃん


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2/13

夕暮れの開拓村

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

 レオに案内された家は、太い丸太を積み上げて作られた素朴な造りだった。


 削り跡の残る木材はまだ新しく、室内には清々しい樹の匂いが漂っている。


 屋根は厚く葺かれ、壁の隙間には丁寧に苔と土が詰められていた。


 質素ではあるが、決して雑ではない。


 主の性格を映したような、力強く誠実な家だった。


「俺は仕事に戻るから、好きにしててくれ。村長には話しておくから、また時間のできた時にでも一緒に行こう」


 レオは大きな斧を肩に担ぎ、迷いのない足取りで再び森の方へと消えていった。


 圭一はその広い背中をしばらく見送っていた。


(……さて)


 胸の奥に、微かな高揚が生まれる。


 知らない土地、知らない空気、知らない人々。


 かつて、アルバイトで貯めた金だけを頼りに各地を放浪していた頃と同じ匂いがした。


「少し、歩いてみるか」


 誰に言うでもなく呟き、圭一は村の中へ足を向けた。


 リトヴェインの村は小さかったが、そこには確かな生気があふれていた。


 踏み固められた土の道には石が転がり、雨が降ればすぐにぬかるむであろう過酷さが透けて見える。


だが、井戸の周りでは女性たちが活気ある声を上げながら布を叩き、裸足の子供たちは歓声を上げて木剣を振るっていた。


 立ち上る夕飯の支度の匂い、燃える木の香り、人の生活の熱。


 圭一は足を止め、深く息を吸い込んだ。


(懐かしい……)


 異世界のはずなのに、不思議と胸が落ち着くのを感じた。


「兄ちゃん、旅人か?」


 背後からかけられた声に振り向くと、10歳ほどの少年が削りかけの木片を手にこちらを見ていた。


「まあ、そんなところかな」


 圭一が微笑むと、少年は目を輝かせた。


「外の町はでっかいのか? 本物の騎士様がいっぱいいるのか?」


 一瞬、言葉に詰まった。


(――外、か)


 この世界の「外」を知らない自分に言えることは、一つしかなかった。


「大きな町もあるよ。でもな、どこへ行っても空の色は同じなんだ」


 そう答えると、少年は首を傾げながらも「変なの!」と笑って駆け去っていった。


 少年を見送り、圭一は空を見上げる。


 朱色と橙色が混ざり合い、森の稜線を黒く縁取る美しい夕焼け。


 かつての旅路でも、宿のない夜や雨に打たれる夜に、この色だけは孤独をほんの少し薄めてくれた。


 だが今、その色は少し違って見えた。


 帰る家がない。


 それだけで、空の広さが鋭い痛みに変わる。


 胸の奥に静かな冷えが落ち、気づけば世界はすっかり赤く染まりきっていた。


 レオの家に戻ると、すでに室内には明かりが灯っていた。



………



「おう、ぶらぶらしてきたか。なにか面白いことでもあったか?」


 鍋をかき混ぜながら、レオが快活に振り向く。


「……すみません、つい見て回ってしまって」


 圭一が少し視線を落として謝ると、レオは「構わん構わん」と笑った。


「たぶん、もともと旅をするのが好きだったと思うんです。人と話したり、風景を眺めたり……」


 嘘ではない。だが、すべてでもなかった。


 レオは大きく頷き、器に煮込みをよそった。


「いいじゃねぇか。とりあえずケーイチが仕事を見つけて、食っていけるようになるまでは面倒を見てやる。気にするな」


「ありがとう……ございます……」


 震える声を隠すように、圭一は慌てて頭を下げた。


 戻る場所がある旅と、そうでない旅は違う。


 今、自分には帰るべき場所がない。


 その現実を包み込んでくれるレオの言葉が、痛いほど温かかった。


 差し出された温かなスープと、少し硬めのパン。異世界で初めて摂る食事は、驚くほど胃に優しく染み渡った。


 木製のテーブルを挟んで向かい合ったレオは、食事の手を休めることなく、この世界のことわりを一つずつ紐解くように語ってくれた。


「いいか、ケーイチ。まずこの世界の暦だが、一月は30日だ。そして、俺たちの生活は5日で1周期、つまり『1週』として回っている」


 レオの話によれば、四日働き、五日目に休む。


 1月が6週で巡るのが、この世界の一般的な労働体系なのだという。


 「今は陽月の4週だ。この辺でもかなり暖かくなってきたな」


 陽月は6月と翻訳され、現在は6月の後半に入ったところだとわかった。


「俺たちのような開拓村だと、休みの日は村中で集まって酒を酌み交わすのが唯一の娯楽でな。まあ、明日から始まる次の週のために体を休めるってやつだ」


 圭一は、自分の知る「7日で1週間」という常識を頭の中から追い出し、新たな「5日周期」のリズムを刻み直した。


話が進むにつれ、話題はこのリトヴェイン村の内情へと移っていく。


「さっき案内した通り、この村の稼ぎ頭は農業だ。10世帯ほどの農家がこの村の食を支えている。他にも、家畜を育てる畜産家、村の建物を守る大工、怪我や病を診る薬師、森の恵みを獲る狩人が数世帯ずつ。それに、入り口にいた村長の一家と、若い女が一人で切り盛りしている商店兼飲み屋が、村の唯一の社交場だ」


 レオはスープの一口を飲み、少しだけ誇らしげに、だがどこか寂しげに笑った。


「そして、俺を含めた4世帯が木こりだ。他の3世帯は、あくまで村の中で使う薪や建築材を作ったり、炭焼きの兼業がいる。だ月に2度やってくる行商人に売ったりして、生活しているんだ」


「レオさんは、違うんですか?」


 圭一の問いに、レオは壁に立てかけられた、手入れの行き届いた古い剣に視線をやった。


「俺は戦闘の知識と経験があってな。卸しに行く道中には魔物も出るし、道も最悪だ。剣も振るえねぇ他の木こり連中には、あそこまで荷を運ぶのは命懸けの博打になっちまう」


 レオは、自分の太い腕を軽く叩いて見せた。


 レオガルド王国の構造、魔法や魔物の存在。


 そして、人は生まれながらにジョブとスキルを神から授かるということも教えてくれた。


「レオさんのジョブは……?」


 圭一の問いに、一瞬の沈黙が流れた。


「……騎士だ」


 炎の揺らぎが、レオの顔に深い影を落とす。


「だが、今はただの木こりさ」


 不器用に笑うレオの目の奥には、貴族社会の腐敗に抗い、閑職へ追いやられた男の複雑な色が滲んでいた。


 圭一が謝ろうとすると、レオは「今の生活は気に入ってる!」と豪快な笑いでそれを吹き飛ばした。


「そうだ、ケーイチのジョブは何だ?」


「確認の仕方がわからなくて」


「『ステータス』と念じてみろ」


 圭一は指示通り、心の中で強く唱えた。


 すると、目の前の空間に半透明のパネルが浮かび上がった。



名前:南 圭一

ジョブ:《運び手》

Lv:1

HP:30

MP:20

筋力:E(10)

耐久:E(10)

敏捷:E(10)

魔力:E(10)

知力:E(10)

積載:0 / 2000kg

▼ スキル

・自動翻訳

・車両召喚 LV.1

・自動修理 LV.1


 そして、耳元で無機質な声が響いた。


《ジョブが確定しました》


「なんだ……これ」


 内容を伝えると、レオは眉をひそめた。


「聞いたことがないな。……まあ、明日実際にスキルを試してみるか」


 その夜、圭一は与えられたベッドで天井の木目を見つめていた。


 あまりに静かな夜。


 目を閉じれば、両親の顔、仲間たちの声が浮かぶ。


 自分がいなくなった世界はどうなっているのか。


 あの事故で、誰も巻き込まずに済んだのだろうか。


 窓の外には、見たこともない星空が広がっている。


 帰れない。


 その事実が夜の闇よりも重くのしかかり、眠りは遠かった。

 

 それでも、明日は来る。


 圭一はゆっくりと息を吐き、暗闇の中で小さく呟いた。


「……生きるしかない、か」


 静かな異世界の夜が、深く、深く、更けていった。

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