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異世界で始める運送業 ―物流は社会の血液です―  作者: 道雪ちゃん


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13/13

洗礼と覚悟

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

 冒険者ギルドの重厚な扉を背にした圭一は、心地よい高揚感と共にアイアンウッド商会へと戻った。


 その手には、発行されたばかりのアイアン級冒険者カードが握られている。


「デニスさん、お待たせしました! 無事に身分証を手に入れることができましたよ」


 商会の敷地内で待っていた番頭のデニスに、圭一は真新しく光る金属のカードを掲げて見せた。


「おお、ケーイチさん。よかった、これでアルディアも安心ですな」


 デニスは顔を綻ばせ、何度も頷いた。


 圭一は一旦トラックの荷台に上がり、積み込まれていた20キログラムの鋼材が入った木箱を確認した。


 念のため、ラッシングベルトを取り出し、ガチャガチャと小気味よい音を立てて木箱を固定する。


「よし、これで完璧です。デニスさん、それでは週の初めにまた伺います。よろしくお願いしますね!」


「ええ、お気をつけて!」


 圭一は運転席に乗り込み、エンジンの始動紋様に触れた。


 ドルルン、とディーゼルエンジン特有の低い鼓動が車体を震わせる。


 彼はスマホの音楽アプリを起動し、お気に入りのマイリストから、アップテンポで軽快なメロディを選択した。


 窓を全開にすると、スピーカーから溢れ出した音が石畳の壁に反響し、街の空気を鮮やかに塗り替えていく。


 ミラーを確認すると、デニスが手を振っていた。


 圭一も窓から手を出し、力強く振り返す。


 路地に出たトラックは、人通りに配慮して徐行でゆっくりと進む。


 すると、建物の陰から1人の男が身を乗り出すようにして声をかけてきた。


「おい、兄ちゃん! ちょっと止まってくれ!」


 圭一がブレーキを踏んで停車させると、男は目を丸くしてトラックに近寄ってきた。


「聴いたこともない楽器に、不思議な言語だな。これはどこの国の言葉なんだ?」


「これは……そうですね、俺のいた遠い国の音楽なんです。魔道具を使って流しているんですよ」


「ほう、魔道具か。意味はさっぱりわからねぇが、なんだか聴いているだけでワクワクして、踊り出したくなるような音だ。いいな、これ! また聴かせてくれよな。引き止めて悪かった!」


 男は満足そうに笑い、鼻歌を歌いながら去っていった。


(……音楽の効果は絶大だな)


 圭一は再びアクセルを踏み込んだ。


 得体の知れない「鉄の塊」ではなく、楽しい音を運んでくる「陽気な運び手」。


 そう思ってもらうことが、この異世界で顔を売るための近道だと確信した。


 門までの道中、多くの人々が興味深げに視線を送ってきたが、前回のような恐怖の色は薄れていた。


 これもいつか、当たり前の日常になる。


 そんな未来を予感しながら、圭一はベルクハイムの門へと到着した。


「おう、ケーイチ! 仕事が終わったようだな」


 近寄ってきた兵士に、圭一は自分から冒険者カードを提示した。


「一応、荷台の確認をお願いします。村の鍛冶屋からの依頼で、鋼材を20キログラム積んでいます。それと、これがさっき作った身分証です」


 兵士はカードを受け取り、まじまじと見つめた。


「おぉ、作ったか。手続きが早くて助かる。……まぁ、お前さんが乗っているこの『青い荷車』そのものが、街じゃもう最高の身分証みたいなもんだけどな!」


 ガハハと笑う兵士たちに見送られ、圭一は街道へと踏み出した。

   


 ベルクハイムを出発して20分ほど経った頃。


 街道の両脇に広がる深い森を見つめていた圭一は、急激な「尿意」に襲われた。


「やばい……ちょっと我慢できないかも……」


 リトヴェインの村まではまだ距離がある。


 さっと済ませれば大丈夫かと自分に言い聞かせ、圭一は周囲に魔物の気配がないことを確認して、路肩にトラックを停車させた。


 急いで草むらに駆け込み、溜まっていたものを一気に解放する。


「……ふぅ。……助かった……」


 解放感に浸り、ふと息を吐いたその瞬間。


 ――ガサッ。


 目の前の茂みが大きく揺れた。


 反射的に視線を向けると、そこには1体のゴブリンが立っていた。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 至近距離で目と目が合い、圭一は情けない声を上げて飛び上がった。


 その絶叫に、不意打ちを狙っていたはずのゴブリンも驚いたのか、一瞬だけ動きを止める。


 圭一は「モノ」をしまう暇もなく、遮二無二トラックへと駆け出した。


 背後でゴブリンが正気に戻り、甲高い鳴き声を上げながら追いかけてくる。


 運転席のドアを開ける余裕はない。


 彼は車体の側面を走り抜け、荷台の隅へ回った。


 荷台の隙間に差し込んでいた「大バール」を、引き抜く。


 直後、ゴブリンが粗末な棍棒を振りかざして襲いかかってきた。


 圭一はバールの鋼鉄部分を両手で持ち、それを正面で受け止める。


 ギィィィンッ!


 硬い衝撃が両腕を痺れさせた。


 子供のような小さな身体。


 しかし、そこから放たれる力は想像を絶するほど重かった。


 現代の日本でまともな喧嘩すらしたことのない圭一にとって、自分を明確に「仕留めよう」としてくる敵の熱気は、言葉にできないほどの恐怖だった。膝が震え、呼吸が浅くなる。


 だが、その時、脳裏にレオの言葉が蘇った。


『ステップを止めるな、ケーイチ。相手の力を利用しろ』


 圭一はがむしゃらに棍棒を振り回すゴブリンに対し、バールを押し込むようにして一瞬だけ押し返した。


 敵の体勢がわずかに浮いたその隙を逃さず、バールのカジ(曲がった部分)をゴブリンの足元に滑り込ませ、手前へ思い切り引く。


「ギギャッ!?」


 面白いように足が払われ、ゴブリンが無防備に地面へ叩きつけられた。


 圭一は考えるよりも先に、バールの先端――鋭く尖った刃の部分を、ゴブリンの胸元へと全力で突き立てた。


 ズブッ……という、肉と骨を断つ感触。


 ゴブリンは1度だけビクンと大きく痙攣し、やがて濁った瞳から光を失って動かなくなった。


「はぁ、……はぁ、……はぁ……」


 圭一はバールを握ったまま、荒い息を吐き続けた。


 やっていけると思っていた。


 だが、ここはそんなに甘い場所じゃない。


(……戦えなきゃダメだ。逃げるだけじゃ、いつか自分がこうなる……)


 自分の考えの甘さを痛いほどに再確認し、彼は空いた時間は全て修練に充てることを心に誓った。


 圭一は震える手で、ゴブリンの胸の傷口に手を伸ばした。


 まだ生温かく、グニグニとした肉の感触が、目の前の物体がさっきまで「生きていた」ことを無慈悲に告げている。


 レオとアルベルトに教わった通り、心臓付近を指で探り、そこにある硬い感触を掴んで引き抜いた。


 掌に乗ったのは、不気味に光る小さな魔石だ。


 緑色の血で汚れた手を水筒の水で洗い流し、圭一は運転席へと戻った。


 エンジンをかけ、アクセルを踏む。


 先ほどの戦闘の高揚と、命を奪ったことへの戦慄が抑えられないまま、トラックはリトヴェインの村へと急いだ。


 

 村の入り口が見え、集まっていた子供たちが「ケーイチ、お帰りー!」と声を上げた時、彼はようやく自分が「生きて帰ってきた」ことを実感した。


 深い安堵に包まれながら、村の広場を抜けて鍛冶屋の作業場へと向かう。


 トラックの音に気づいたバロスが、すぐに表へ飛び出してきた。


「ケーイチ! 無事だったか!」


「バロスさん、お待たせしました。……はい、これが鋼材です。それと、これ」


 圭一はバロスに、余った金貨1枚――1000リルを差し出した。


「……こんなに安く済んだのか? 街の相場は、やはりここまで違うものなのか……」


 かつて街で暮らしていたバロスは、手の中の金貨を見つめ、複雑そうな表情で苦笑した。


 村の物価の不条理を、改めて突きつけられたのだろう。


「バロスさん。もしまた足りなくなったら、いつでも俺を呼んでください。どこへでも買いに行ってきますから」


「……ああ、助かるよ。本当にありがとうな、ケーイチ」


 バロスは顔を上げ、感謝を込めて銀貨3枚――300リルの運賃を圭一に手渡した。


 作業場の前でトラックを送還し、圭一がレオの家へと歩き出すと、向こうからアルベルトが歩いてくるのが見えた。


「おう、ケーイチ。一人での仕事はどうだった?」


「アルベルトさん。……実は、帰りにゴブリンと戦いました」


 圭一が沈んだ声で報告すると、アルベルトは足を止め、じっと彼の目を見つめた。


「……そうか。どうだった」


「……俺、考えが甘かったです。逃げるのが優先だと思ってましたけど、逃げられない時もあるし、戦えないとやられる。……それに」


 圭一は少し離れた場所で、無邪気に遊んでいる子供たちに視線を向けた。


「俺が逃げれば、俺は助かるかもしれません。でも、もしその魔獣が村へ来て、あんな子供たちを襲ったなんて聞いたら……俺は一生、自分を許せません。……だから、最低限戦えるように、もっと厳しく修練します。ご指導、お願いします!」


 圭一が深く頭を下げると、アルベルトは黙って彼の肩に、ずっしりと重い掌を置いた。


「……その答えが出たなら、もう何も言うことはない。明日からはもっと厳しく行くぞ、ケーイチ」


「はい!」


 夕闇が迫る村の中、圭一は一歩一歩、自分の足跡を刻むようにしてレオの家へと戻っていった。



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