単独納品
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
リトヴェインの村に降り立つ朝の空気は、日を追うごとに圭一の肌に馴染んできていた。
この数日間、彼は「異邦人」から「村の1人」へと着実に歩みを進めていた。
レオが森へ向かわない非稼働日には、広場に出てレオ直伝の騎士の歩法を学び、木剣を振るう日々を過ごした。
「軸をぶらすな、ケーイチ。お前さんの『バール』は重い。振った後の隙をどう消すかが命綱だぞ」
レオの指導は厳しくも温かかった。
バールを「武器」としてではなく、自分を守り、荷物を守り抜くための「盾」として扱うための身体の動かし方。
それを叩き込まれるたび、圭一の敏捷や筋力の数値以上に、彼自身の動きに無駄がなくなっていくのがわかった。
また、村の子供たちとの交流も圭一の心を癒やした。
「ケーイチ! こっちだよ!」
そう呼ばれるたびに、彼は日本にいた頃の忙しない日々を忘れ、澄み切った川で魚を捕ったり、森の入り口で追いかけっこをしたりして笑い合った。
子供たちの無邪気な瞳を見ていると、この平和な営みを守るために、自分ができること、そしてやるべきことをしなければならないと思った。
そして、レオを伴わない、初めての単独配送の日がやってきた。
荷台には昨日レオと一緒に積み込んだ、ずっしりと重い10本の丸太が載っている。
「一応ここ数日で素振りなどの修練はしていたが、本当に大丈夫か?」
出発の直前、レオが心配そうにトラックの窓越しに声をかけてきた。
圭一の脳裏に、前回の走行で体験したゴブリンとの接触事故がフラッシュバックする。
「……はい、大丈夫です! やってみます!」
圭一は自分の両手をグッと握りしめ、レオに力強い笑顔を返した。
いつまでも相棒の背中に隠れているわけにはいかない。
これは自分自身の仕事なのだ。
「よし、じゃあケーイチ。頼んだぞ!」
レオが手を挙げ、見送ろうとしたその時だった。
「レオさん! ケーイチ! 待ってくれ!」
背後から、荒い息を吐きながら走ってくる人影があった。
鍛冶屋のバロスだ。
その顔は必死の形相をしていた。
「バロス! どうしたんだ、そんなに慌てて」
「呼び止めて済まねぇ……。ケーイチに頼みがあるんだ」
バロスの話によれば、急ぎの修繕依頼が重なり、仕事で使う鋼材の在庫が底を突きかけているのだという。
行商人が来るのはまだ先。
もし今、鋼材が手に入らなければ、村の農具の修理も止まってしまう。
「行商人の買い付け値は1キロあたり210リルだ。5キロの塊で1050リルほどになる。だが、それには輸送費や護衛代の割り増しも乗っているはずなんだ……。ケーイチ、街へ行くついでに、20キログラム分、鋼材を買ってきてくれないか?」
バロスは額の汗を拭いながら、恐る恐る尋ねた。
「いくらで……やってくれるか?」
圭一は頭の中で素早く計算を弾いた。
(街での販売価格を調査する必要はあるが……。基本の運賃は片道22キロメートル。1キロあたり10リルとして220リル。そこにとりあえず手間賃を乗せて……)
「……バロスさん。街での販売価格とは別に、運賃として300リルでいかがでしょうか?」
「300……!? いいのか、そんなに安くて。行商人に頼むよりずっと助かるぞ!」
「いいえ、こちらこそ。これは俺にとって『初めての追加依頼』です。ありがたいのは俺の方なんです」
圭一が丁寧に頭を下げると、バロスは感激したように何度も頷いた。
「頼んだぞ、ケーイチ! 本当に助かる!」
「では、行ってきます! バロスさんも、レオさんも、ゆっくり休んで待っていてください!」
代金の4200リルを預かり、圭一は運転席に乗り込み、エンジンの始動紋様に触れた。
ドルルン、と腹の底に響く鼓動。
ナビをベルクハイムにセットし、スマホからBluetoothで飛ばしたお気に入りのプレイリストを流す。
窓を開け、二人に大きく手を振ると、トラックは朝の光の中へと力強く滑り出した。
走り出してしばらく、街道の景色は静かだった。
時折、深い林の奥から、こちらを窺うゴブリンの影や、立派な角を持った山鹿――ロックディアの姿が見える。
「頼むから出てくるなよ……」
圭一は心の中で祈りながら、アクセルをわずかに踏み込んだ。
「集中……集中だ」
助手席には、もうレオはいない。
かつての旅路で1人で走っていた時のような孤独感と、それ以上の責任感が圭一の肩にのしかかる。
もしここで魔物に襲われ、車両が故障すれば、助けを呼ぶこともできない。
緩いカーブに差し掛かった。
ガタガタの未舗装路が続き、上下の激しい振動がハンドルを伝わってくる。
積み荷の丸太が崩れないよう、圭一はシフトダウンし、慎重にスピードを落とした。
「こういう時に、出てくるのがお約束なんだよな……。――って、マジかよ!?」
カーブを曲がり切った直後、圭一の視界に信じられない光景が飛び込んできた。
10メートルほど先、街道の中央で3体のゴブリンが、1頭のロックディアを武器で襲っていたのだ。
(どうする、引き返すべきか!?)
一瞬、思考が停止する。
だが、トラックのエンジン音に気づいたゴブリンたちは、血走った目で一斉にこちらを振り返った。
彼らは獲物を放り出し、獲物を奪おうとする巨大な「外敵」に向かって、ゆっくりと、にじり寄ってくる。
「やばい……」
ゴブリンの手には、血のついた粗末な棍棒。
囲まれれば終わりだ。
その時、圭一が閃く。
(そうだ、こいつには『これ』がある!)
パァァァァァッ!!!
静かな森の中に、この世界にはない咆哮が響き渡った。
トラックのクラクションだ。
耳を裂くような巨大な音と、空気が震えるほどの音圧。
魔力も魔法も持たない魔物にとって、それは神の怒りか、あるいは未知の巨大生物の咆哮に聞こえたに違いない。
「ギギィッ!?」
「ギャアッ!!」
ゴブリンたちは文字通り飛び上がり、恐怖に顔を歪めて一目散に林の奥へと逃げ去っていった。
「……ふぅ。……助かった」
圭一はハンドルを握る手の震えを抑え、深く息を吐いた。
だが、道には息も絶え絶えに横たわるロックディアの姿があった。
腹を深く裂かれ、その大きな瞳には死の影が差している。
「ごめんな。俺には……どうすることもできないんだよ」
圭一は悲痛な思いで呟いた。
ポーションを持っていたとしても、自分は戦士でもなければ獣医でもない。
ただの、運び手なのだ。
ロックディアはじっと、圭一のことを見つめていた。
その視線を振り切るように、圭一は再びアクセルを踏み、その横を通り抜けた。
村を出発してからおよそ50分。
ようやく山岳都市ベルクハイムの巨大な石門が視界に入ってきた。
前回の経験から、圭一は門の100メートルほど手前でトラックを停車させた。
前回の時のように、唐突に近づいて兵士たちをパニックにさせないための配慮だ。
彼は車を降りると、丸腰のままでゆっくりと門番の方へ歩いていった。
「おう、鉄の荷車の兄ちゃんじゃないか! なんだ、あんなところに停めてどうしたんだ?」
一人の門番が、槍を下ろして親しげに声をかけてきた。
「いや、前回驚かせてしまったので……。お話ししてから、こちらまで持ってこようと思いまして」
圭一が申し訳なさそうに伝えると、兵士たちは顔を見合わせ、ガハハと豪快に笑い出した。
「俺は前回もお前に会っているからな! それに、もう隊全体に共有されているさ。大きな蒼い鉄の荷車が訪れることがあるが、騒ぐな、とな」
兵士は圭一の肩をポンポンと叩き、早く持ってこいと促した。
その信頼の証に、圭一の心から少しだけ緊張が解けた。
圭一はトラックへ戻り、再びエンジンをかけて門へと進んだ。
「一応、形式上の確認はさせてもらうぞ」
兵士がぐるりと車体を回り、荷台の丸太を確認する。
その間にも、非番の兵士たちが「あれが噂の魔法の荷車か」と野次馬のように集まってきた。
圭一が「どうも、お騒がせします」と頭を下げると、兵士たちは笑顔で「気にするな!」「すげぇな!」と手を振ってくれた。
「よし、今日も綺麗な木材だな。場所は覚えているか?」
「はい、アイアンウッド商会ですね。安全に、ゆっくりと走ります」
「おう、よろしくな! 通っていいぞ!」
跳ね上げられた巨大な格子門を潜り、圭一は石畳の街並みへと踏み出した。
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