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メメント・モリ  作者: 星乃夜衣
【第一章】記憶のない死体
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1-17.月曜日の朝

「渡辺社長、一体どういうおつもりで」

 幸恵は眉を顰めると、ガラスルームから出てくる渡辺を見据えた。


「息子さんも交えたご家族の話し合いに同席する」

 そう告げると、渡辺は久しぶりに出勤した直人に視線を向けた。

「依頼は完了したが、青山夫妻は息子さんを危険なサークルから退会させてほしいそうだ」

「でも、本人は退会する気がないのでは……」


 青山夫妻の依頼が息子の素行調査からサークルの退会まで発展していることに、直人は驚きを隠せなかった。


「警察が動く前に青山涼を保護したい」


 先程まで、このオフィスにいた青山夫妻との話し合いの結果なのだろう。すでに彼らの依頼は完了している。青山涼を危険なサークルから保護するのは、特別手当のようなものだと渡辺は説明した。


「具体的な案はすでに考えてあるんですか?」

 平岡はすでに予期していたような口調だった。

「本人に直接働きかけるのが望ましいとは思うが……」

 青山涼の信頼を得るために両親に同席してもらうのだが、問題は話し合いを行う場所であった。

「こちらが優位に立てる場所が望ましいな」

 渡辺は顎を撫でながら、考えを巡らした。

「青山涼が逃げれない場所ですね」 

 直人は頭の中で思い当たる場所を浮かべたが、

「密室ですか? 姉さんの店の地下室は音が漏れなくていいですよ」

 平岡が物騒なことを云い出した。

「青山夫妻に不信感を持たれても困る」

 渡辺の口元に苦笑いが洩れたが、

「まあ、考えはある」

 それだけ云うと、荒木の件を持ち出した。


「荒木さんの捜査と関連があるんですか?」

 直人は思わず声を上げた。三体の記憶のない死体については追求したい部分が色々ある。

「間接的にな。青山涼の救済、荒木さんに借りを返す、一石二鳥だ」

「捜査内容を荒木警視は教えてくれたんですか?」

 平岡が驚いた様子で尋ねた。

「大まかにね」


 渡辺の話によると、ここ数年間に起きたいくつかの失踪事件には、裏で暗躍する組織の存在があるとのことであった。


「若い女性や子供がターゲットですか?」

 平岡が眉をひそめたが、

「いや、性別や年齢関係なく、人間が外国に流れているらしい」

 渡辺は顎を撫でながら、荒木から耳にした話を口にした。

「東南アジアですか?」

「いや、ルーマニア周辺と聞いた」

「ルーマニア? ずいぶん不思議な場所に……」

「日本からだけじゃないらしい」

「人間の方がドラッグよりも利益が出ますからね」

 渡辺と平岡の会話に直人が入り込む。

「ネットの求人広告で釣られた仮想通貨投資詐欺とかじゃなくてですか?」

「実態は解らないな。荒木さんも全部は明かせないから」


 幸恵は静かに三人のやり取りを聞いていたが、

「とにかく! 大学のサークルが関係しているってことでしょうか?」

 眉間にしわを寄せ、会話に割って入った。


「プロジェクト・エムの創立者である黒川元判事が失踪事件に関係しているって話だ」

 渡辺は肩をすくめると、そのまま話を続けた。

「失踪者が国外に出た記録がないなら、港かまたは空港のセキュリティ会社が絡んでいるか、それとも()()()()()を利用しているか」

「オレ達の調査可能範囲を越えますよ」

 平岡はそのまま押し黙った。渡辺は静かに頷くと、

「失踪事件の捜査は警察の管轄だ。俺たちの仕事は青山涼の保護」

 そのためには根源を絶ってしまうことも視野に入れるとのことだった。一度亀裂が入れば、あとは勝手に内部崩壊するだろうとの渡辺の予想だが、王将を詰めるのは荒木だという。


「まあ、大学内で収まる組織なら規模もまだ小さいでしょうね」

 幸恵はため息をついた。

「じゃあ、僕はピエールさんに再度接触して逸見教授の件を探りましょうか?」

「いや、あの男とは関わるな。国籍でさえも怪しいヤツだ」

 渡辺が首を振ると、

「スパイなら相手のことを徹底的に調べてから近づくから、神崎はすでに素性を知られていた可能性がある」

 平岡が付け加えた。


「じゃあ、僕が偽名を使ったこともバレてるかもしれませんね」

 直人は心の中で舌打ちをしたが、

「別のルートで情報を集めているから、逸見教授の件はひとまず保留だ」

 渡辺はそれだけ告げると、青山涼の捕獲からその後のシナリオを書いた。

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