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メメント・モリ  作者: 星乃夜衣
【回想編】死の門
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4.死の門

 2025年1月28日未明 東京


 ──死人に口なし。

 それは、コルヴスが身を置く世界の揺るがぬ鉄則だった。


 現に、高橋徹を音もなく始末した。物証となるライフルは解体して、東京湾沿いのスクラップ置き場に紛れさせた。あとは、日本を素早く離れるだけだ。


「何としても、残された一人息子だけは救いたい、か……」

 救えなかった妻への懺悔なのか。あるいは、この状況すべてに対する、無力な祈りのようなものなのか。


 マスターが今の地位に就いた後も、組織内部では表面化しないまま静かに進行していた抗争があった。

 アイスマンの前の座にあった男との対立。それは一種のクーデターだった。コルヴスは組織に所属していないが、マスターの側近として、その裏の動きを把握していたつもりだった。だが、あの時ひとつだけ理解できなかったことがある。


 コルヴスの脳裏に、六年前の出来事が蘇る。調和を重んじるマスターが、一度だけ感情を露わにしたあの瞬間。あの日を境に、マスターの内面で何かが確実に変わった。それだけは、コルヴスにも分かった。


 ──なぜ、マスターは自ら手を下したのか──

 命令すれば、コルヴスがそれを実行するはずだった。そのための護衛でもある。だがマスターは、自らその男の息の根を止めた。まるで、何かを封じるかのように――。


 それからおよそ一年半が経過した2020年6月21日、日本に残してきたマスターの妻、ケイコ・カンザキが亡くなった。皮膚癌だった。


 コルヴスは自らのネットワーク内のブローカーを含む独自ルートを総動員し、安全な通信ラインを確保した。この時、組織には知られてはならないと直感したからだ。


 マスターは一瞬だけ躊躇したが、最終的には東京に住む義兄の勤務先に電話をかけた。携帯でも自宅でもなく、万が一を考慮しての選択だった。


 なぜ、マスターは家族を捨ててまで、この組織にいるのか。しかも、頂点にまで上り詰めた。それは、外部から来た者として唯一無二の身を守るための防御だったのか。それとも、何か揺るぎない目的があるのか。


 コルヴスは、すでにリュウイチ・カンザキという男に、命を賭けるほど強く惹かれていた。


 ──マスターが死の門をくぐるというのなら、最後まで伴をしようではないか


 黙って黒く沈む東京湾を見つめていたコルヴスだったが、不意に顔を上げる。夜明けまでは、まだ時間がある。


 コルヴスは振り返ることなくスクラップ置き場を後にすると、波打つ暗い水面の奥へ、かつての記憶を静かに葬った。



(了)

第四章「裏切りの因子」に続きます。(全28話)

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