【第2話】神々、2025年7月前半に振り回される──“暑さ・政治・推し”の境界線
暑い。
祈るより、まず日陰を探してしまうような夏になりました。
そんな2025年7月、人間界では政治発言に“神っぽさ”が混入したり、
SNSで“推し神社”が映えスポット化したり、
「これって信仰? それともコンテンツ?」と問いたくなるような話題が次々と湧いています。
本作では、そんな現代日本を見下ろしながら、
神々がちゃぶ台を囲んであれこれ語り合います。
今回はやや真面目寄り(でも脱線あり)で、神々なりの“心の声”も少しだけ。
よろしければ、汗ばむ季節のおともに。
「定例、始めます」
いつも通り、神会議は“暑さの中で”開幕した。
「暑すぎるんだが!?」
真っ先に文句を言ったのは、スサノオ命だった。
海と嵐を司る荒ぶる神──という肩書も今ではどこへやら。
今日は首にタオルを巻き、神霊麦茶(※ただの麦茶)を飲んでいる。
「いやいや。これもう“炎熱系罰ゲーム”だろ。
誰だよ、“夏は神の季節”とか言ったやつ……」
「あなたですね」
と、淡々と返したのは、進行役のオオクニヌシ命。
彼は、いわゆる“地元担当神”。
土地の守り・報告・時事整理など、地味だが欠かせない役回りだ。
「そもそも高温警戒アラート、今月だけで何県に出たと思ってるんですか」
「20県以上じゃなかったっけ?」
「37です。ほぼ全国。
しかも“参拝者の約4割が熱中症寸前だった”って報道出てます。
屋外施設ランキング、堂々の“灼熱1位”が某有名神社です」
「名誉なのか罰なのか分からんな……」
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【クーラーの神を崇めよ】
「アマテラスまだ?」
スサノオが会議室のちゃぶ台を挟んで呟いたその瞬間──
『ハ〜〜イ、こちら太陽の女神、アマテラスで〜す☆』
会議室の壁に設置されたモニターから、軽すぎる声が響く。
白い浴衣にレースの日傘。
背景には高天原(※のエアコン付き個室)──
リモート参加中のアマテラスが、満面の笑みで画面に現れた。
『えっ、現地(神界)って今、室温何度? 36? やばくな〜い?』
「お前が言うな」
全員の声が重なった。
『ていうかさ、もう“クーラーの女神”とか新設しない?
うちのリスナー、口をそろえて“冷房こそ至高”って言ってるよ。
私が今やるべきは、“熱を遮断する神”じゃない?』
「お前それ、もはや太陽のアンチだろ」
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【猛暑×神社:もはや危険地帯】
「──それでですね」
オオクニヌシがタブレットを操作しながら話を戻す。
「今月上旬、参拝中に体調を崩して救急搬送されたケースが、全国で182件報告されています。
特に有名な屋外神社や山間の社では、“照り返し+段差+水分なし”の三重苦」
「それは、もはや修行……」
『インスタで見たよ。“汗だく参拝チャレンジ”とかやってる人いた。
“熱中症にならずにお参りできたら願いが叶う”ってコメント付いてて──
いや叶う前に倒れるでしょ!?』
「現場の人間が一番参ってるんやろなあ」
と、渋く呟いたのはイナリ神。
商売繁盛の化身であり、現場感の強い実務派神である。
「“本日、気温38度のため鈴を鳴らさず短時間で”って書いてある立札、全国で何ヶ所あると思ってる?
夏場の神社は、“祈願スポット”じゃなくて“熱耐久アトラクション”や」
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【現場対応:神々も工夫してる(つもり)】
「オレ、今年から境内の木をちょっと増やしたぞ。日陰つくるために」
と、筋肉神・タヂカラオが誇らしげに言う。
「木を植えたら、“境内に虫が増えた”って苦情が来たけどな」
『うちも“自動ミスト散布装置”つけたよ〜。
でも風向きで直撃して“びしょ濡れになった”って怒られた』
アマテラスが笑いながら言う。
「神に文句が届く時代か……いやもうとっくに届いてたな」
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【祈りと暑さ:文化は気温に負ける】
「問題は、“暑すぎて祈れない”っていう心理的ハードルなんですよ」
オオクニヌシの声が静かになる。
「今年、特に若い世代の参拝率が7月に入って大きく下がりました。
“炎天下で立ち止まって願い事をする余裕がない”って理由が半数以上。
つまり“気持ち”の前に“気温”が勝ってる」
「神より暑さの方が強いって、だいぶ負けてる気がするな」
スサノオが麦茶を飲み干しながら呟いた。
『でもわたし、DMでも言われたよ?
“神様って、暑さもコントロールできるんですか?”って。
──それもう、エアコンの精霊やん』
「もしくは冷房の化身やな」
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【冷静な結論:まず、日陰を】
「──要するに、今の参拝文化は“気温との戦い”が前提になってる。
風情より安全、神秘より影。
神職の服装も、“通気性のある速乾素材でお願いしたい”って言われてるくらいや」
イナリが現場的コメントを挟む。
『私はもう“現地に来てくれなくていい”と思ってる。
気持ちがあるなら、うちの配信で手を合わせてもらえれば……
ていうか私のASMR配信で“眠って願いを叶える女神”って路線、どう?』
「ダメだと思う」
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「──さて、話題を変えます」
オオクニヌシがちゃぶ台に置いたタブレットを操作すると、モニターにある政治家の記者会見が映し出される。
「今月初旬、某議員が公の場でこう発言しました。
“今の日本には、神道的な価値観の復興が必要だ”──と」
その瞬間、神々の空気がピタリと止まる。
「出た。“神っぽい発言で雰囲気をつける”やつ」
「俺の名前、選挙中だけ呼ばれる気がする」
スサノオが額に手を当ててため息をついた。
「それで祠の掃除に来てくれたらまだええんやけどな」
イナリがボソッと呟く。
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【信仰ではなく、雰囲気で使われる“神”】
「言葉の末尾に“ご加護”とか“神意”とかくっつければ、
それっぽく聞こえる──って、完全にテンプレ化しとるんよ」
イナリの語気が珍しく強い。
「しかもそれ、使ってる本人が信じてないパターンな。
“神の国”って言っといて、寺社の予算カットしてるやつな」
「矛盾っていうか、無関心の結果っていうか……」
アマテラスの声は、珍しく低い。
『わたし、“政治に神を持ち出すのはやめましょう”っていうタグ、
一回バズらせようとして失敗したんだよねー……
“お前も神だろ”ってリプライで炎上した』
「そりゃそうなるわ」
全員が一斉に突っ込む。
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【名義貸し神・スサノオ、限界】
「てか、最近“神の名を借りて”何か言うのが多すぎるわ。
俺、いくつの“スサノオプロジェクト”に巻き込まれたと思ってる」
「何それ、コンサルかよ」
「学校の道徳教育で“荒ぶる心を制御せよ(スサノオの教え)”って教材あったけど、
俺そんな啓発神じゃねえから!!」
「もうスサノオ名義、著作権とろうや……」
イナリが頭を抱える。
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【“神”の使い方、軽くなりすぎ?】
「言霊っていうのは本来、重たいもんやったんや」
イナリが、麦茶を一口すすって続ける。
「それを“神頼みマーケティング”みたいに多用されたら、
もう“ありがたみ”どころか“ノリ”やろ。
“神”ってつけときゃバズる、ってなってる」
『“神コラボ”とか“神企画”とかね』
「それはお前の動画タイトルや」
スサノオが突っ込む。
『あっバレた?』
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【神々の気持ち】
「まあでもなあ……」
タヂカラオがぼそりと呟いた。
「名を呼ばれるだけ、まだマシなのかもしれんな。
完全に忘れ去られてる神も、多いからな」
「名前だけ使われて、実像も伝わらず、都合のいい部分だけ切り取られて──
それでも“必要とされてる感”はあるんだよな」
オオクニヌシの声は、妙にしんみりしていた。
「人間って勝手だよね。
“信じてる”って言いながら、自分の思い通りにならなかったらすぐ忘れる。
でも、“何かの名前を借りたい”ときだけは、こっちに手を伸ばしてくる」
「それ、昔も今も変わらんな」
イナリが肩をすくめる。
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【まとめ:名前が歩きすぎて、置いていかれる】
「──というわけで、現時点で“神の名を冠した炎上案件”は、
2025年7月だけで18件です」
オオクニヌシが報告する。
「え、多くない? 週4ペースじゃん」
『わたしが巻き込まれたのは、
・自称霊能者の“アマテラスの意志”発言
・スピ系TikTokの“太陽の精霊が宿ってる”タグ
・ソシャゲの“天照覚醒ver.”ってキャラ(露出すごい)──
もうやだ、誰よあの衣装!』
「お前、どこで切れてんだよ……」
スサノオが苦笑する。
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【推し神社】
「──次は、“推し神社”文化について」
オオクニヌシが資料を切り替える。
「自撮り狛犬、絵馬NFT、ぬいぐるみ供養……
“祈る場所”が“コンテンツになる”時代。
我々の“存在感”が、だんだん変わってきています」
「俺、もう祀られてるっていうより、テーマパークのオブジェ感あるわ」
『うち、神社じゃなくて“パワースポット系フォトスタジオ”って言われた』
「……やべえ、そろそろ神がコンテンツとして“二周目”に入ってる」
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「さて、最後の議題だ」
オオクニヌシが、資料映像を切り替える。
画面には──ピンクの鳥居、ハート型の絵馬、ぬいぐるみ用の“おみくじベッド”。
いわゆる“推し神社”と呼ばれる場所の画像が次々と映し出されていく。
「──これは…」
タヂカラオが絶句する。
「今年7月だけで、“推し活対応型神社”と分類された場所が全国で24件増加しました。
うち6割が“参拝より撮影目的”で訪れたとの統計も出ています」
「いや、鳥居にイルミネーションってどうなん? しかも七色点滅」
スサノオが眉をひそめた。
『うちの光じゃ足りないのかな……』
アマテラスが若干しょんぼりしている。
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【“祈る”より“映える”】
「このあいだ、参拝客が“狛犬とぬいのシンクロショット”撮ってたわ」
イナリが小さく笑いながら言う。
「“狛犬と推しが対話してる感”を演出すると願いが叶いやすいとかなんとか」
『わたしのところも、“光の差し込みベスト角度”が紹介されてて……
そこの光、神じゃなくて反射板なんだけどね』
「たぶん、みんな“何かを信じたい”んだよ」
アマテラスの言葉に、一瞬静寂が落ちた。
「誰かと繋がりたいとか、叶えてほしいとか──
でも、それを“本気の祈り”って形にするのは恥ずかしいから、
“映える”とか“推しと一緒に”とか、“ごっこ”でごまかしてるだけなんだと思う」
「……わかるけどなぁ」
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【神々、それぞれの思い】
「そりゃ、構ってもらえるのはうれしいで?」
イナリがポツリと続ける。
「名前だけでも呼んでもらえるんは、ありがたいわ。
けどな、“願い”も“敬意”も抜きで、“インスタ映え”のためだけって言われると……
わしら、ただのデコレーションや」
「まあ、そこそこ硬派だった神からすると、ツラいとこだろうな」
スサノオが腕を組む。
「最近の祈願札、もう“ステッカー感覚”やもんな。
“好きな子とLINE交換できますように”とか、“チケット戦争勝てますように”とか──
……これ、願いか? それとも投稿ネタか?」
『でも、来てくれてるんだよね』
アマテラスが小さく言う。
『暑くても、距離あっても、服汚れても。
その“手間”だけで、ちょっと感動するんだよ、こっちは』
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【オオクニヌシの記録:神視点の7月前半】
会議が終わったあと、ちゃぶ台に一人残って、
オオクニヌシは記録の神具──電子筆を持ち直す。
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《神界観測記録:2025年7月前半》
・気温、経済、政治、SNS──
どの話題にも、人々の余裕が削れている印象が強かった。
・祈願は減り、参拝は分業化し、想いは“投稿”という形を取るようになった。
・けれどその中にも、“無言で手を合わせて立ち去る”人がいる。
スマホも、タグも、絵馬も使わず。
──そういう人が、一人でもいれば、神々は立っていられる。
・たとえ信じられなくても、
誰かが「信じてみたい」と思う限り──
神々は、意味を失わずに済むのかもしれない。
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【会議のあとで】
「……今月、ちょっと多かったな」
タヂカラオが肩を回す。
「言いたいことがありすぎた」
スサノオがぐったり座布団に倒れ込む。
『ねーねー、来月はバズ神コラボ会議しない?』
アマテラスが元気に手を振る。
「その前に、推し神アカ対策会議が先や」
イナリがタブレットを閉じて立ち上がる。
ご覧いただき、ありがとうございました。
今回は、暑さで祈れない夏、
名前だけ使われて中身は置いてけぼりの“神”、
そして“映える参拝”に置き換わる、ちょっと不思議な祈りの風景を描いてみました。
八百万なんて、最初から全部は覚えられないし、
その大半は、もう誰にも呼ばれなくなってるかもしれない。
でもそれでも、「なんか見られてる気がする」と思ってしまうのが人間で、
「まあ見てるけどな」と思ってしまうのが、神々なのかもしれません。
バズも名義も祈願もコンテンツ化していく世の中で、
神々は、ゆるく、しぶとく、そしてちょっとだけ本気で、
まだ“願い”という行為に向き合ってくれています。
ではまた、次の定例会議で。