第 八 章 二十代独身女性の保育士
第 八 章
冥衣花(15才)はさっきまで赤だった牛タンが
目の前の炭火で黒ずんでいくのを見ていた
めいかの父親、姫魂幻瞳(41才)(ひめたま げんどう)もめいかと同じことをしていた
したがって二人は結婚記念日(母は永久に不在のため代理でめいかが出席)の食事会にも
関わらずさきほどから一言もしゃべっていない
ゲンドウは言った
「めいかさん、肉が焼けるまで乾杯しよう」
めいかはこたえた
「ゲンドウ君、それはあまりに堅苦しくありませんか」
ふたりはまた牛タンを見た
めいかが言った
「享年21才の保育士の女性は、私服に幾らくらいかけ、
それをどこで買うのですか」
「わたしのまわりにその年の保育士はいないが、21才の救急の看護師がいる
彼女の退勤時に私服を見た」
「どのような服装でした」
ゲンドウは目をつぶった
彼は瞬間風景記憶能力を12歳の時に後天的に身につけた
ノートを取り出し、Bから2Hの4本の鉛筆を使って白黒写真と見間違うほど
正確にその看護師を描いた
ゲンドウは顔をあげ店員を呼んだ
「牛タン二人分」
めいかは絵を見て言った
「これは白黒なので断言できないけれど、
ロリータファッションのメイド服のように見える」
「そうだ。結婚前にお母さんにそういう格好をしてもらったことがある」
「なぜわたしの母にそれを着させたのです?ゲンドウ君」
ゲンドウは牛タンが焼けていくのを見ていた
彼のカバンから呼び出し音が鳴った
「病院から呼び出しが来てしまった。ビールでなく、
なっちゃんを飲んでおいてよかった」
めいかは言った
「わたしはこれからいかにも二十代独身女性の保育士の私服っぽい感じの服を買いに行く
ゲンドウ君は病院へ
脳梗塞で意識レベルIIの68歳男性と、急性アルコール中毒の21才男性を担当します
どちらも心肺蘇生のマッサージを一人で20分以上しますので泣かないよう、
先にご遺族が泣きます」
「ではお金を渡しておこう。足りなかったら病院に来なさい。だいたい遺体安置室にいる
ごちそうさま
たのしい結婚記念日になったよ、めいかさん」
「わたしの方こそこんな高級なお肉をご馳走になってしまって」
めいかはその足で銀座に向かった