第 弍 章 部活巡り そのニ
第 弍 章
冥衣花は文芸部の扉をノックした
応対したのは部長の宮下香織
香織は言った
「ここは何かを競ったりするのではなくて同じ趣味を持った仲間の集まりだから
特殊な部活なの
課題図書を読んで毎週金曜日には感想を話し合っておしゃべりする
違った意見や物の見方を聞くと視野が広がるし共感できたりするのは楽しいのよ
めいかさんは、チェス部にも行ったのよね。うちはあそこと違って全ての
部費をコーヒーとお菓子に使えるし、部費の額も桁違いに違うの
予算申請の仕方が他と違う
お父さまが公認会計士の子がいてね、都の私立高校助成金制度に詳しいの
実はチェス部のエスプレッソマシーンはうちが要らなくなったおさがりで
うちにはもっと本格的なのがある
コーヒーは、マネージャーの桃鈴れい(18才)が豆から挽いてサイフォンで淹れるの
ジンジャエールとかソフトドリンクが酒屋さんから毎週届く
めいかさん、チェス部で出されたお菓子は何だった?」
冥衣花は答えた
「カントリーマウムと粒々いちごポッキー」
「なるほど。この棚がお茶菓子を置いておくところ。ほら見て」
香織は棚を開けた
そこにあったのは、
季節のトリュフ (GODIVA)
タルトショコラ (GODIVA)
宇治抹茶バウムクーヘン(千紀円)
黒わらび餅 (千紀円)
信玄餅 (金清軒)
白い恋人 (石屋製菓)
長崎カステラ (福砂屋)
香織は言った
「これから課題図書についてお話しするから見学する?
緊張するなら自己紹介しなくても、お話しなくても大丈夫
わたしがみんなに伝えておく
今週は森美戸美彦さんの「ぺんぎん・はいうぇい」
アニメ映画にもなってる。めいかちゃん、読んだことある?」
「映画が面白かったので小説も読みました」
冥衣花は読書会に参加した
それまで洗い物をしていた文芸部のマネージャー、桃鈴れいがコーヒーや紅茶を淹れ
重いテーブルを一人で円形に動かし、それぞれの席に信玄餅を三つずつ置き、
部員さんの飲み物を置いた
テーブルの真ん中に
季節のトリュフ(GODIVA)
を限り重ねていきGODIVAでできた山を作った
時間が来て集まったのは6人
それぞれが席についたのを見て、マネージャーの桃鈴れいはそっと席を外し
部室を後にした
読書会が始まり一人ずつ感想を言っていった
「小学4年生の男の子と、仲の良い歯医者の受付のきれいなお姉さんのお話ね
設定だけでわくわくする
ペンギンを作り出すお姉さんに、謎を解明してごらんって男の子は言われて頑張るの
おねえさんはコーラの缶をペンギンに変えたりするからファンタジーの要素が強いわ
ペンギンのしぐさとっても可愛らしかった
ペンギンの謎を解明しようとしていたら、
いつの間にか、お姉さん、ぼく、同級生の女の子のハマモトさんとの
三角関係になってる
だからこれはファンタジーと恋愛要素も楽しめる
でもおねえさんは歳が離れすぎて僕の気持ちには応えられないし、
ぼくはハマモトさんを女の子のお友達と思ってる
わたしがハマモトさんだったら、悔しいと思うな
まだ小学生である自分の好きな男の子が大人の女性のことが好きだったらね
ハマモトさんは、主人公のぼくの気持ちを探るため質問する
おっぱいが好きだからおねえさんが好きなんでしょ?って
ハマモトさんの気持ち分かるな
だっておねえさんはおっぱいがあるけど、小学生の自分にはまだそんなのないんだもん
それでぼくは言うの
ぼくはおっぱいが好きなことは認める
でもそれとおねえさんが好きなことは別だ
そういう悪意なく人を傷つけちゃう男の子なのよね、でも憎めない
ほんわかして優しい気持ちになれる、子どもに読み聞かせたくなるようなお話
終わり方も素敵だったわ」
「めいかちゃんも読んだことあるのよね、よかったら話してみる?」と香織は言った
冥衣花は話し始めた
「主人公の母は乳がんか子宮頸がんで死亡している可能性が高い
お母さんがいつか死んでしまう、と妹が泣いていた時には既に母は亡くなっていた
と解釈すべきです
妹は母の死を受け入れ切れていない
実際に母が登場するシーンは何度かありましたが、長編小説で数回しかセリフがない
しかしこれは一人称視点で描かれた小説で、主人公のぼくの世界の認識は極めて怪しい
それを示唆する描写が各所に描かれている
カフェで夜までおねえさんとチェスをして
迎えに来るのは父親というのも違和感がある
父はおねえさんに会いに行く口実として息子を利用していた
妻を亡くし若い女性に飢えていたためだ
ぼくはおねえさんの事を年上の魅力的な女性としては見ていない
ガンで痩せ細り、死んでいった母親の面影を求めてる
それはフロイトの言う口腔期に母親を失ったからだ
だからおねえさんの胸を頻繁に凝視する
チェスをしている間にお姉さんのおっぱいを見る事に性的な意味はない
母は年齢から考えて子宮頸がんワクチンを摂取してない
もし乳がんなら、夜にぼくが寝静まった頃父が気づくはず
ステージIIまでの乳がんなら、5年生存率は95パーセントを超えます
ということは父は母の乳房を直接触っていない。したがって両親は不仲だった
それでは幼児期のぼくは性格的に不安定になる
だからクラスでも友人と呼べる男の子はひとりしかいなかったし
心を閉ざしたような独特な話し方をする
そして父は海外出張に行ってきた、と主張している
でも実はかなり年下の独身女性の部屋に行っていたと見るべきです
ヨーロッパのお土産がビーフジャーキーというのは奇妙だし
ヨーロッパとだけ言い具体的な国名は最後まで触れなかったから
だから将来、ぼくに対しその女性を新しい母親と紹介する必要があった
その女性は歯医者の受付のおねえさんなのかも
なぜなら父とおねえさんの会話が息子の前だけ急によそよそしくなる
それならなぜお姉さんはぼくに優しくしてくれるか説明できる」
文芸部の優しい女の子たちは、もうやめて、とこころの中で叫んでいた
冥衣花は続けた
「おねえさんが作るペンギンは、
将来、父とお姉さんの間にできる子どもを暗示してる
僕がペンギンを異様な存在として扱うのは当然のこと
なぜなら自分の父と、大好きなおねえさんの間にできた自分の妹か弟なのだから
そしてペンギンはよちよち歩きをしたという描写は幼児が歩いている描写とそっくりだ
おねえさんの言う、ペンギンの謎を解明してごらん、というのは自分があなたの
母親であり、あなたのお父さんの子を産む存在になると気がついてほしかったため
若いおねえさんは自分から直接ぼくに言い出せなかったのでしょう
小説ではおねえさんは世界を救うためいなくなった、となっている
しかし実際はおねえさんはこの子の母親にはなれないと感じ
ぼくの気持ちを無視して一方的に去ったと解釈すべき
母の死因が子宮頸がんなら、ヒトパピローマウィルスを性的接触に
よって感染させられた原因は父親かもしれない
そのままいけばおねえさんの子宮口と膣周辺に父の陰茎のウィルスが感染する
そうならず、おねえさんが去っていったのは良かった
それまでおねえさんが避妊していればHPVは感染率が低く
性的接触での感染は考えにくい
おとうさんとおねえさんの性格から、避妊しないで直接粘膜が触れるようなことは
しないでしょう
だからみんなが幸せになるハッピーエンドの小説と言っていいと結論できる
ほんわかしてほのぼのし、こころ温まる、子どもの気持ちに戻れるような
うきうきした気持ちにさせてもらえる素敵な小説でした」
司会の香織は何も言わなかった
大好きなお話がぼろぼろに汚され涙が止まらなくなっていたからだ
そのようにして、冥衣花は文芸部に入るのを辞退した