008 目覚め
ベルリーネの中は他国では見られない、不思議な特徴があったわ。
都市を東西に分断する『壁の残骸』なるものがあって、ここを境に西側が商業地区、東側が工業地区となっているみたいね。だから東側に来ると魔導馬車の整備施設や製造工場、兵器の整備や開発を行っている工場などがたくさんあるの。この都市に初めて来た時、何か足りないなと思っていたものが、こっちに全部集まっていたというわけね。
「どうして壁の残骸は片付けないでそのままなのかしら」
「古くからの伝承じゃ。あの壁は自由の証、かつて失われた自由を取り戻した象徴とされておる。あれを片付けるのは以ての外、かつて自由を失っていたことを忘れるなということじゃ」
「そういう意図があったのね……。壁の崩壊の時には、ヒルガオちゃんも生きていたの?」
「いやいやいや! 儂が生まれるよりもずーーっと昔のことじゃぞ! その頃に生きていた者はおらんぞ、これだけは間違いないのじゃ!!」
「そんなに昔の出来事なのね」
自由の象徴とされるものが、昔は自由を奪っていたものの残骸だなんて、なんだか皮肉な話ね。でもそれが壊されてから自由であり続けているのは、なかなか素敵な話だわ。
「さてと、ここなんじゃが……」
「止まれ、ここは……失礼しました! ヒルガオ会長、どうぞお通りください!」
「うむ、ご苦労ご苦労! 後ろの3人は儂の連れじゃ」
「はっ! 失礼ですが、お名前を――」
ここがヒルガオ商会の所有しているマギアがあるハンガーね! 随分と立派な建物だわ、凄く大きい……。それに警備も厳重ね……。普通は軍隊や騎士団が所有しているものだから一般人は近寄らないけど、一般人が所有しているとなればなんとなく近寄ってくるって人も居るのかしら?
「――同行者3名の顔と名前を送る。全員確認するように、オーバー」
「私兵、なのかしら?」
「まあ私兵というには些か語弊があるかもしれんが、大きい商会は自前で警備兵を用意しておるな」
「私もその私兵の1人に入る部類でしてよ?」
「フィールさんが、ですか? 気絶」
「あー!! あー!!」
「誰もがシスティーナ様と一緒だと思わないほうが良いですよ」
従業員は77名と聞いていたけれど、こんなに警備兵さんが居るってことは、商売をしている人って実はそんなに多くないのかしら?
「ちなみに警備兵は警備兵で別の商会じゃ。グループ商会じゃから、別のカウントということじゃな。全員で90人雇っておるぞ」
「90人も居るのね! 驚いたわ、警備だけなのよね?」
「輸送の護衛、簡単な魔獣の駆除の業務もしておる。赤字スレスレの経営じゃが、その分はヒルガオ商会が稼げば良いのじゃ」
「むしろ赤字スレスレなだけで、黒字経営をしている警備兵ってなかなかありませんわよ?」
「それだけ働いている人達が優秀ということね」
「うむ、ちなみにこの国の警備兵は、儂の商会が一番給料たかーい!! ふっふっふ~!!」
パイロットになれなかったら、警備兵になろうかしら……。
「ヒルガオ会長とパイロット候補ら4名の到着を確認、大扉のロックを解除する。大扉周辺に人は居ないか?」
『監視室、確認出来ない。オーバー』
『オルカ・ワン、確認出来ない。オーバー』
『オルカ・ツー、確認出来ない。オーバー』
「これより大扉のロックを解除する。総員厳戒態勢! オーバー……。会長、大扉が開きます。こちらで待機を」
「うむ!!」
ハンガーが外壁に囲まれて二重構造になっているのね。本当に厳重な警備だわ……。これなら盗み出そうと思っても、相当な時間がかかるわ。もたもたしている間に警備兵が駆けつけてきて、絶対に捕まっちゃうわね。
「――――どうぞ! こちらです!! 会長ら4名がハンガー内部に入る、オーバー」
「さてシスティーナ、これがうちで購入したばかりのマギアじゃ!!」
こ、これが、ヒルガオ商会が購入したマギア……!! これは……。凄いわ……!!
「凄く、古いわね」
「う、うむ……。恐らく大戦前に作られた、初期段階のマギアなのじゃ……」
凄く、古いわね。もはや骨董品の域、美術品として展示されていてもおかしくないような古いマギアだわ。恐らくだけど、識別番号も初期のものじゃないかしら。
「N-01、という番号だけはわかったのじゃが……」
「間違いなく大戦以前のマギアです……。よくこんな完璧な状態で……」
フィレンツェ王国やロムナ帝国、その他多くの国で現在製造されているマギアは『AAA-00』のように、企業名3文字と製造番号を『識別番号』として登録されているわ。一昔前にあった人間同士の大戦争、通称マギア大戦の頃は『AA-00』のように2文字。そしてマギア大戦どころか、人類とイノーマスが存亡を争っていた時代のマギアは『A-0』のように1文字の識別番号になっている。
「エメラルダ商会の調査隊が古代遺跡を発見し、そこから運び出したものを全て儂が購入して組み立てさせたのじゃ!!」
昔はレーダーが脆弱で、レーダーに映る反応がマギアなのかイノーマスなのかわからない時があったから、仲間であることを知らせる『識別番号の発信』がされていたのよね。今でもこの識別番号は発信することが義務付けられていて、発信していない機体は『未確認機体』として問答無用で破壊して良いことになっているの。
「機体登録は、既に申請済みですか?」
「うむ、してはあるが……。その時はなぜ中央の職員に笑われているのかわからなかったのじゃ……。まさか番号にそんな意味があるとは、知らなくてのう……」
「では、動かしても問題ないということですね」
「あーそれなんじゃがー……。ああ、行ってしもうた……」
さてと、番号こそ古いマギアだけど、外装はしっかりしているわね。古い時代のパーツはそのままにせず、最新式の物に交換してある。昔のはまだ油圧シリンダーが使われていたり、ワイヤーが鉄製で脆弱だったりでよく壊れていたと聞いたことがあるわ。
「エンジンを始動しても良いかしら」
「うぅむ、構わぬのだが~……」
操縦席は……驚いたわ、2人乗りも想定されてつくられていたのね。埃っぽさのない、新しい匂いがする……。これは徹底的に洗浄と交換を頑張った痕跡を感じるわ! 新品独特の匂いって、興奮するのよね。
操縦は、直感的にわかりやすい構造になっているわね。これは、まさか!! ダイレクトリンクシステムかしら!? 操縦者が魔力を流すことで、まるで自分の手足のように動かせるようになるシステムよね!? 若干痛みも伝わってしまうせいで、今では互換品のリンクサポートシステムに変わったのよ! これ、フィレンツェの一番古い練習機以外で初めて見たわ。
「起動キーは、これね……。ん……? あら?」
あら、どうしたのかしら……。全然エンジンのかかる手応えが……。システムも、立ち上がらない……? 体は生きているけれど、心臓と脳が働いていない……!!
「ごめんなさい整備士さん。エンジンコアを見せて頂戴」
「あ、えっと、うわわっ!?」
恐らくデータコアかエンジンコアが原因ね。どちらのコアの何が原因で動かないのかしら、直接見てみれば大抵のことはわかるのだけど……。ああ、なるほど……。
「すまぬが、儂らは正直……素人じゃ。魔導馬車や魔導戦車を整備していた者が集まって、修復や組み立ては出来たのじゃが、魔導鉄巨人独特の内部構造がさっぱりわからず……」
「ねえ、整備士さん。ここには最初から何も入っていなかった?」
「えっと、はい……。厳重に守られていましたが、特に何も……」
「この子、エンジンコアがないわ」
「…………へ?」
「エンジンコアがないもの、動かないわ。データコアはあるみたいだけど」
そもそもエンジンコアが入っていないわね。しかもこれ、イノーマスの超弩級の魔石でもないと動かない、大出力エンジン……。N-01の名前から察するに恐らく、これは欠陥のある試作品としてお蔵入りになった。流用できるパーツは次の機体に使ったから、あちこち足りていなかったはず。
「整備士さん。ここに運び込まれた時、装甲や細かいパーツが欠けていたかしら?」
「え、ええっと、は、はい!! あちこち、足りてませんでした!! 勝手に作っちゃって……」
「なるほど。やっぱり、そうなのね」
エンジンコアは貴重品。当然、再利用するに決まっている……。つまりこの子の心臓は他の子に移植されたから存在しない。脳であるデータコアはピカピカの状態でそのままだけど、エンジンコアがないんだもの、動くはずがないわ。
「エンジンコアがあれば、動くのじゃな! よし、では早速それを買えば」
「無理よ」
「え、えっ? どういうことじゃ……?」
「超弩級のイノーマスの魔石を精錬したもの、それがこの子のエンジンコアになるの。そのままでも使用できる魔石を、失敗する可能性がある精錬をしてようやくエンジンコアになる。今の機体は大型イノーマスの精錬魔石で十分に動くけど、この大出力エンジンはそんなものじゃ動かないわ」
「ちょ、チョウ、ドキュー……?」
「ヒルガオ様、超弩級イノーマスとはその存在1つで都市、または国家の存続を揺るがす程の天災のような魔獣です。これまで確認されたものは、歩く火山と言われたボルケーノドラゴン、海の王と言われたタイフーンホエール……。そのレベルの大魔獣です」
「超弩級の魔石は国宝、お金で手に入れられるものではありませんわね……」
「フィール様の言う通りで御座います」
「そ、そんなぁ……」
そのレベルのイノーマスの魔石は、当然市場に出回ることはない。普通は国が保有して、マギアの開発企業に対して『この魔石に見合った機体を作ってくれ』と発注するものなの。だから一般人が手に入れられる可能性はゼロに等しい……と、前の総隊長は言っていたわね。
――――ジリリリリリリリ!!
「な、何事じゃ!?」
「……会長、先日報告があった大規模な魔獣の群れが、ベルリーネを目指して移動中とのことです!! 各商会は防衛のために傭兵や警備兵を出し、迎撃の準備を進めているそうです!!」
このタイミング……まさかロムナ帝国が……? 魔獣の群れを扇動したことがある前科持ちの国、やらないとは言い切れないわね。フィレンツェの国防能力も試していたし、ジャルマー共和国の防衛能力だって試すわよね。
「ええい泣きっ面に蜂とはこのことよ!! 騒ぎに乗じて侵入者が現れては困る、大扉を閉めよ! ここから指示を出す!!」
「了解!! 大扉を閉める!! 大扉を閉めるぞ!!」
危険な状況ではある。なんせ群れの規模もわからないし、こちらにはマギアが存在しない。ベルリーネに大きな被害が齎される可能性が非情に高いわ。
「会長、この子を出撃させましょう」
「は……は!? エンジンコアとやらがなくては、動かないのじゃろう!?」
「まさか、システィーナ様……」
本来、超弩級クラスの精錬魔石は個人が所有しているはずがない。でも、はずがないだけであって、何事にも例外というものは存在するわ。
「私、ここで働きます。だから、契約の話を進めましょう」
「今はそれどころじゃないのじゃが!?」
「今はそれどころの話よ? ほら、超弩級クラスのエンジンコア。私ならこの子を動かせるわ」
持ってるのよね。エルちゃんへのプレゼントとして削り出した、超大型魔獣の魔石のはめ込まれたネックレス。この魔石なら間違いなく、この子のエンジンを十二分に動かすことが出来るわ。
「は、え、ほへ!? フィール、あれって普通は手に入らないって言っておらんかったか!?」
「…………本物だったら、大変なことですわね」
「本物よ。今すぐに使うことが出来る、正真正銘本物の超弩級のエンジンコアよ。外の魔獣だって、この子を動かせばすぐに倒せると思うわ」
エルちゃんには『そんな大きい魔石のネックレスじゃ、私の首が耐えられないよ~』って怒られたものだったけど、常に大事そうに手元に置いてくれていた思い出のネックレス。
本当は使いたくないけど、もしこの子にずーっと乗って良いんだったら、エルちゃんと長く一緒に居たネックレスをコアにすることで、あの子と一緒に居られる気がすると思うから……。
「…………全員、通常配置で持ち場に着け。指示は、追って出す」
「りょ、了解!!」
「システィーナよ、そちらの要求を聞きたいのじゃ!!」
「N-01、及び改修時に識別番号が変わった場合でも同機体とした新型機に私の提供するエンジンコアが使われている限り、その機体は私にも所有権が認められるものとする。これが破られる場合、エンジンコアは私がいつでも取り上げられるものとする。以上よ」
「はああああああああ!?」
そうよね、絶対拒絶――――。
「それだけか!? 金は!? 待遇は!? 家とか良い男とかもっと色々あるじゃろ!?」
「ええと……」
「システィーナ様、細かいことは私にお任せ願えませんか?」
「あっ! イヴさんに任せるわね! 私の要求は、さっきのだけよ」
あら、物凄く理解のあるお方だわ、ヒルガオ会長。でもそうね、それ以外の要求は特に思いつかないのよね。お金はフィレンツェに居た時いっぱい稼いだし、そのお金でお家も買えるでしょうし、待遇は仕事の成果で勝ち取るものであってお金や取引で手に入れるものではないわ。
「イヴさんとの話し合いが終わるまでに、弄りたいところがあるの。エンジンも一度起動させたいし、試運転ぐらいは良いわよね?」
「構わん!! 好きにしてくれ!!」
「ありがとう。整備士さん、皆に離れるように伝えてくれる?」
「は、はいぃ~!!」
エンジンルームを見た限りでは、この子は過去に何度か動いたことがある。だから間違いなく動く。状態はほぼ完璧で、エンジンルーム内にサビ1つないし、操縦席のモニターだって新しいものになってる。エンジンコアさえあれば、絶対に動くわ。
「おはよう、起きて」
さあ、目覚めなさい。何百年振りかの再起動よ!
『システム、オンライン――――おはよう、お姉ちゃん』