005 怪しい影
◆ ◆ ◆
「――行ったか……?」
「しっ、静かに……」
「ふーっ……! ふーっ……!」
まさか、ロムナ帝国の魔導鉄巨人が領地を侵犯して暴れているとは、予想外だったわね。
「今度こそ、大きな声を出したらマギアのパイロットに拾われますよ……」
「バレたら最後、です……」
「なんだって、こんな国境付近で……!」
フィランツェ王国の南東、ジャルマー共和国の真南に位置している巨大国家、ロムナ帝国。ここはまだフィランツェ王国の領地で間違いないのだけど、ロムナ帝国に所属しているマギアに運悪く出会ってしまったわ。あの巨大なブレード兵器以外はロムナの最新型の装備だから、まず間違いなくロムナの精鋭ね。
「見て……。あの巨大なブレード兵器……。フォートレスタートルの甲羅をあんなに簡単に切り裂いている」
「凄い威力、ですね……」
「ロムナ帝国の新兵器ね。刀身に魔力を纏わせて高速振動させ、硬い甲羅でもバターみたいに斬れるみたいね。なかなかのパワーだわ……」
「あれで、なかなか……ですか?」
「甲羅が蒸発するほどの威力はないもの」
「じょ、じょうは――ッ」
「しーっ……」
識別信号は当然出していないでしょうね。恐らくこれは、2つの実験を兼ねている……。
「自国内でイノーマスを撃退すると、当然巨大な死体が出来てしまうわ。そうするとその死体に魔獣達が群がってくる……もちろん、他のイノーマスが釣られて出てくることもあるわ。つまり、自国でイノーマス相手に実験した場合、死体の処理が必要になるの」
「他国なら、必要ない……と?」
「むしろ自分の国の魔獣が相手の国に向かって動くかもしれないから、好都合でしかないわ。だから当然、こんなことは禁止されているのだけど……」
「こっそりとやれば……」
「問題だけを押し付けられるってことね」
1つはイノーマス相手に新兵器のテスト。マギア同士でテストをしたら当然コストがかかるし、試し切り・試し撃ち用の的だってただじゃない。だからって自国のイノーマスを相手にしたら処理が面倒……なら、他国に押し付けちゃえってことね。
「もう1つ、狙いがあるわ」
「もう1つ、ですか……?」
「国境を侵犯してイノーマスを狩ったら、本来なら国境警備隊がすぐに駆けつけてくるわ。夜間であっても、ね?」
「どれだけの時間で警備隊が来るかを、確かめているということですか……?」
「イヴさん、大正解よ。これで時間がかかるようなら国境警備隊は腑抜けているし、すぐに来るようなら、正常に機能している……。今回は、遅すぎるわね……」
そしてもう1つの狙いは、国境警備隊の能力チェック。
ロムナ帝国側の国境から、少なくともここまで15分はかかるはず。イノーマスを撃退してから5分ぐらい経過してもまだ来ないところを見るに、国境警備隊の練度が相当下がっているか、もしくは……。
「まさか、気がついてねえなんてことは……」
「あるかもしれないわね」
「そんなこと、あるのかよ……」
「後から気がついたということは、極稀にあるわ」
そもそも気がついてもいない可能性が、あるかもしれないわね……。
「本当にバレねえだろうな……!!」
「マギアより大きな声を出さなければ? もしくは、たまたまこちらに来なければですね」
「システィーナ様、動きが」
国境を侵犯してから撤退まで25分弱、国境警備隊は完全に気がついていないわね。フィランツェ王国の警備は無能だと、あちらに最悪の情報を与えてしまったわ。
「南へ向かっているわね。どうやら、撤退するみたいだわ。運が良かったわね、バレなかったわ」
「生きた心地がしねえよ……」
「もし、見つかっていたら……?」
「見てはいけないものを見た者を、そのままにしておくと思う?」
向こうもまさか、亡命をしようとしている人間が近くにいるとは思わなかったでしょうね。
「運が良かっただぁ? あんなのに出会っちまう時点で、運が悪いだろ……」
「いいえ、運が良かったわ。道中で始末した魔獣達の件が有耶無耶になるもの。どこまで侵犯してきたかわからない、でも魔獣の死体はここまで続いている……ね?」
「システィーナ様がお倒しになられた魔獣が、侵犯機や侵入者によるものであると判断される、ということですか……」
「そういうこと。だから運が良かったと言っているの」
見つかったら本当に危なかったけれど、幸運に幸運が重なったわね。マギアが何機入ってきたか、魔導馬車も入ってきたのか、それが全くわからなければ私達の足跡も有耶無耶になる。
もちろん、鬼神の元総隊長クラスの人が調査に来たら大体わかっちゃうけど、幸いにもエッケラルドが優秀な人材を潰してくれたから、すぐにはバレないと思うわ。
「行きましょう。ライトは点けずに、静音走行で」
「ばっ……!? 夜にライトも点けずに走れるか……!!」
「あら、私はそれでも大丈夫よ?」
「もうちょっと待ってから、ライトを点けて走れば」
「のんびり屋の国境警備隊が来るかもしれないわね?」
「くっ……かああ~……!! わかったよ、運転を頼んだぜ……」
運び屋なのに、夜間の無灯火走行は訓練していないのかしら。鋭い感覚が研ぎ澄まされて、結構面白いのに。さて、運転席は……? 一般的な車両系魔導機と変わらないわね。
「システィーナ様、フィール様が……」
「ええ、気絶したままで良いわ。ランバーさん、起きた時に声を出させないよう注意して」
「へいよ……。はぁ、夜の無灯火だなんてよぉ……」
今夜中に国境を越えてジャルマー共和国に入らないと。ベルリーネまではまだまだ遠いのに、このままのペースでは3日どころか4日掛かってしまうわ。
「ねえ、ランバーさん」
「ああ……?」
「国境を越えてジャルマーに入ったら、飛ばしても良いかしら?」
「無理はさせねえでくれよ……」
「無理をしなければ良いのね」
飛ばしても良いと許可も貰ったことだし、国境を越えたら飛ばしましょうか。遅れた分は取り返さないと……。それに、イノーマスの巨大な死体に釣られて、魔獣がわんさか集まってきても困るもの。静かに、かつスピーディに。危険地帯とはさっさとおさらばしましょう。