004 エルエニアの記録・1
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2日目の道中。本当はお風呂に入りたい、温かいベッドで眠りたい気持ちをしまい込み、フィールさんの簡易洗浄魔法で我慢をして夜が明けてからのこと、ね。
ランバーさんとフィールさんがようやく落ち着きを取り戻してくれて、魔獣の襲撃に見舞われることもなくなったので、エルちゃんが生前に書いていた日記を読んでいたのだけど……。
「これ、なんて書いてありますの? 見たことのない文字ですわ」
「ん~……」
「実は未だに解読されておりません」
「へ!?」
「それでも、私について事細かに書いてあるのはなんとなくわかるわ。それがとても嬉しくて」
フィールさんがエルちゃんの日記に興味津々で、集中できないわね……。それに確か、乗り物の中で読書をすると気分が悪くなる人も居るとか。フィールさんは体が弱いのですから、無理をなさらないほうが良いと思うのだけど。
「そ、そう……。大事な妹さんが、自分のことを書いてくれているなら、確かに嬉しい……あら? この、一番最初のページに挟まっているのは?」
「私とイヴさんの写真ですよ、ほら」
「これはいつの写真ですの? 最近の……ではなさそうだけれど。写真の裏にも何か書いて……」
「5年前ぐらいかしら?」
「あら~可愛いですわねぇ~……」
「これは、エルエニア様にこのポーズをお願いされただけで、常にこのポーズを取っているわけではないと弁明させてください」
「金貨1枚でしてくれたのよね。今では何十枚金貨を積んでもしてくれなさそうだわ」
「…………システィーナ様かエルエニア様の頼みなら、しますが」
懐かしいわね。王都パーリスに来たばかり頃の写真と、イヴさんがうちに来てすぐぐらいの時の写真かしら。
この写真の裏の文字も、なんて書いてあるのかさっぱりわからないけど……。きっと、エルちゃんの大事な思い出が詰まっていると思うのよね。
「ちょっと、じっくり見たいわね」
「貸しませんよ? 隣で見てくださいね」
「システィーナ様は他人に物を渡すことを嫌がりますので」
「そ、そう……」
それじゃ、最初の方から気になるところを見ていきましょうか。今日は少しでも良いから解読が進むと良いのだけど……。破らないように、慎重に捲らないと。
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これは、私が記憶を失くしてしまった時のためのバックアップ。
この記録を開く度に、以下のチェックボックスにカウントを増やすこと。
カウント『正 正』。
名前はシスティーナ・リリー。私のお姉ちゃん。アトラス暦420年9月9日生まれ。
私のことが大好き過ぎて困っちゃうぐらい私のことを最優先してくれて、その次にマギアを弄ることが大好き。まだお父さんとお母さんが生きている頃に、村の近くに出た猪形のイノーマスをマギアが撃退したのを見てから、お姉ちゃんはマギアに乗りたくて勉強でもなんでも頑張っていたね。
お姉ちゃんが8歳の時、お父さんとお母さんが病でこの世を去って……幼い私達だけになって。それに私も病弱で、私は『ああこれはもう駄目か』と思って居たけど、お姉ちゃんはそんな全くそんな素振りさえ見せず、しかも危ない仕事に手を出して……。ぼろぼろになって帰って来る日もあったよね。ずっと支えてくれて本当に、ありがとう。
さて、本題。私がお姉ちゃんについて忘れてはいけないこと。それはズバリ……その能力。
お姉ちゃんはとんでもない怪力で、人が食べたら死ぬと言われている魔獣の肉を食べても死なず――最初の頃は苦しんでたけど、食べるものがないから我慢してた――魔力さえも馬鹿げている。視力も良くて、夜目も利く……というか、多分昼も夜も関係ないと思う。
つまりお姉ちゃんは、超人ってこと。人間を超えた、もはやメスゴリラと呼ぶのが相応しいぐらいのスーパーお姉ちゃん。ただし、お姉ちゃんは常識というか……なんというか、独特な思考能力をもっている。
ハッキリ言うと、人としての常識が欠落してる! 行動から発言、身だしなみに至るまで何もかも、人間としておかしいところがある!! だからお姉ちゃんには、『破ってはいけない約束』を書き綴った手帳を渡して、最低限それを守って貰うことにした。
覚えておかなきゃいけない必須事項は、こんなところかな……。きっかけさえあれば全てを思い出すから、このぐらいで良いよね? 問題なかったらチェックを入れてね、未来の私~!
『正 正』
名前はイヴ・リース。王都に来てからお姉ちゃんが雇ったメイドさん。アトラス暦424年6月6日生まれ。
彼女は――――。
お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。お願いをしてはいけない。
これだけ書いておけばさすがの私でも危機感を持つよね? 彼女には絶対、お願いをしてはいけない。したら最後、そのお願いを叶えて貰ったら必ず対価を徴収される。
私はイヴさんのこの能力を『悪魔の契約』と呼ぶことにした。イヴさんはとっても良い人だけど、絶対にこれだけは守らなければならない。
イヴさんはとある奴隷商から金貨800枚――だいたい1600万円ぐらい?――で引き取った、超高級奴隷。元は良家のお嬢様だったみたいなんだけど、存在しない娘として育てられていて、実の姉のメイドとして使われていたんだって。そのせいもあってか、礼儀作法は完璧。メイドとしてのお仕事も言う事無し。お願いが出来ない以外は欠点がないの。
ちなみにこの写真は、またお願いについてよくわかっていなかった時に撮った写真。この後対価として、金貨1枚を要求されたよ。この時にその能力が発覚したんだよね……。良い勉強代になりました。今後とも気を付けます。
『正 正』
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ここからはお姉ちゃんやイヴさんの記録を残しておくところ。 まずは幼少期編に書いた私の日記の丸写しから始めようかな。
姉の記録――幼少期編。
村の周囲にモンスターが現れ始めたと騒がれているのに、お姉ちゃんはちょくちょく村の外へ出かけるようになりました。不安だったので独自に編み出した幽体離脱魔法で付いていくと、驚くことにお姉ちゃんが魔獣に襲われていました!
このままじゃお姉ちゃんがあぶないって思ったのも束の間、手に持っていた棒みたいなもので魔獣の頭部を一撃。隣りにいた狼みたいな魔獣も一撃、ちょっと離れたところにいた大きめの人型魔獣も一撃、逃げ出した巨大な蜘蛛も一撃。何……? 何が起きているの……? その棒きれ、もしかして物凄い力を秘めた遺物だったりする?
気になって覚えたての鑑定魔法を使って調べた結果、私の目の前に表示された文字は『鉄の鍋(変形)』……てつの、なべ……?
脳が理解したくないと拒んでいますが、お姉ちゃんが手に持っている棒は、えっと……鉄の鍋を丸めて棒状にしたものでした。武器でもなんでもない。恐らく頑丈な素材だったって理由で鍋を丸めただけの棒で、それを振り回して村の皆が怖がってる魔獣を粉砕しているようです……。
ちょっと待ってね、今お姉ちゃんなんて言ったの? 聞き間違いじゃなければ『これで静かになった』って言った……? 私は今まで『静かな村で良いな~。でもモンスター怖いな~』なんて思ってたけど、まさかこれが……お姉ちゃんによって齎されている、強制的な平和と静寂だったなんて!
待って、せめてあの棒だけでも! 本当はあの棒が、実は誰も知らない祠とかに眠ってた凄い遺物だったりするかもしれないし、鑑定魔法を欺かれているだけかもしれない。直接聞いてみよう!
『お、お姉ちゃん……? それは……?』
『ん? これはね、お鍋を丸めたの』
『オナベマルメターノ……?』
よしっ! 今日も村は静かで快適!! 快適なのはお姉ちゃんのパトロールの結果だってわかってスッキリ!! 聖遺物オナベマルメターノは破壊力抜群!! 今夜もぐっすり眠れそう! うん、寝て忘れよう! そうした方が良いよ、見なかったことにしようね!
◆ ◆ ◆
「――どうですか、システィーナ様」
「ん~……。やっぱり、よくわからないわね。これが何かの数を数えている印なのはわかるけど」
「本当に見たこともない文字ですわね……。古代文明のものかしら……」
何が書いてあるのかわからないけれど、システィーナ・リリーと"姉"という字が一緒に登場することが多いから、きっと私について書いてあるんだろうなってことはわかる。
だから、それだけで嬉しい……。エルちゃんが、私について沢山記録を残してくれていて、あの子の思い出に私が沢山残ってくれていて……。
「少し眠ります」
「唐突ですわねぇ……」
「ああ、昼間なら魔獣もほとんど寄ってくる心配もねえ。寝れるなら寝ておいてくれ」
「おやすみなさいませ。システィーナ様」
「はい、おやすみ」
まだまだベルリーネまでは遠いから、眠れる内に眠っておかないと。もしも何かが起きた時は、イヴさんが起こしてくれるでしょうし……。まさか、起こして欲しいだなんてお願いするわけにはいきませんものね。