032 復讐鬼
復讐だ。
「キャロライン様ー! 今日の収穫量次第では、どうにかこの冬を越せそうですよー!」
「キャロライン様、山の魔獣達も冬に備え大人しくなったようです!」
復讐しなければ。
「今年も厳しいですね。この前来た兵隊さん達にも、食料を分けられれば良かったんですが」
「いやあ、こっちだって生きていくのでやっとなんだ。そんな余裕は……」
「キャロル様ー! 今日は何をして遊びま――」
私の目の前で、ティーナの首が飛んだ。
斧だった。
誰かが、投げた斧。
よく笑う子だった。ティーナの首が地面に落ちた。私と遊びたくて、ニコニコと笑った表情のまま。
――――死んだ。
「な、なんだ、ティーナ……」
ティーナの父親の頭が弾け飛んだ。銃声と共に、木っ端微塵に。
誰が撃った。誰がやった。
ほとんど状況が理解出来ぬまま、誰かが私に覆い被さってきた。
「う、うっ……! キャロライン様、お、お逃げ、くださ……」
「キャロライン様を逃がせ!! さあ、こっちへ――」
私は忘れない。
あの日、村に支援を申し出てきたあの兵隊達だ。
支援を断られたことを逆恨みして、村を焼き払いに戻ってきた。
斧で首を飛ばされる人々、銃撃で頭が弾け飛び、血しぶきがそこらかしこに飛び散っている。
泣き叫ぶ女性達の声、蹂躙される私の村、ロゼナヘイムは……。
「はっ……! はっ……!!」
その日、あの兵隊達によって滅ぼされた。
何の抵抗も出来ず、ただひたすらに虐殺された。
妻の名を叫ぶディモスさんを、子供を殺されやり返そうとして呆気なく殺されたケインさんを、私の両親も、誰も、誰も、誰も、誰も。
誰も、助けられなかった。
卑怯な私は自分だけ生き残った。皆を犠牲にして私だけ生き残った。
その罰はすぐに下ることになった。行倒れた先で奴隷商に捕まり、売られた先で体を弄ばれ、悲鳴を上げる肉袋として楽しまれ続けた。
心に鎧を纏い、外で起きる全てのことに目を閉ざした。
その時は来る。その時は必ず来る。
私に科された罰に耐えきれば、その日は必ずやってくる。
復讐だ。
復讐しなければ。
私を生かしてくれた全ての領民のために、弔いを。
――――必ず、復讐しなければ。あの兵隊達に、胸に逆さ吊りの……。
◆ ◆ ◆
「はっ……!? は、ふっ……! ふぅ……!!」
「おや? キャロル、大丈夫ですか? 随分と顔色が悪いようですが」
またあの時のことが夢に出た。
今でも忘れない、忘れることが出来ない怨嗟の記憶。地獄の日。
「あ……い」
「今日も沢山訓練しましたからね、疲れて悪い記憶が蘇ってしまったのでしょうね」
「あっ……」
イヴ・リース様。昔は私と同じ、奴隷の身分だった女性。今の私の御主人様。
彼女はとても温かく、あの手に撫でられると心が安らかになる。あの日のことを思い出しても、すぐに穏やかな気持ちを取り戻せる。
「また、村を焼かれた時の記憶ですか?」
「ん……」
「私も昔は、両親と姉に虐げられていた記憶が蘇ってくることがありましたね」
イヴ様は、私なんかよりもずっと上位の貴族で、伯爵家に生まれたお方。でも、その髪色と目の色が不吉とされ、居ないものとして育てられた。綺麗なのに。
そう、綺麗なのが良くなかった。姉よりも綺麗に育ってしまったから、顰蹙を買った。
靴を舐めろ、床に落ちた飯を食え、四つん這いになって犬のマネをしろ。こんなのはまだ可愛いイジメだったとか……。大勢の前で恥をかかされ、長い間誰にも愛して貰えなかったとか……。挙句の果てに、両親が拵えた借金の代わりに、奴隷商に売られてしまった。
「復讐は良いものですよ、キャロル」
「ふ、く……しゅう……」
「私は成し遂げました。それからは、一切夢に出てきませんもの……ふふふっ……」
「虚しく、ないのです、か?」
「復讐を成し遂げなければ、いつまで経っても復讐を成さぬ自分で立ち止まり続けてしまう。進むためには、復讐しなければならないのです」
「進むための、復讐……」
でも、イヴ様は自らの能力で、姉と両親への復讐を成し遂げた。
長年叶え続けたお願いの代償を、フィレンツェ王国を出る前に全て徴収することによって、姉と両親は破滅したと。
「姉が大切にしていた金の髪は全て頂き、美しいと自慢していた青い目を片方腐らせ、手足の先から身体機能を奪い取りました。両親からはお互いへの愛情を。互いに憎しみ合うようになり、醜悪な容姿の姉を忌み嫌うようになって、最後には屋敷に火を放ち、全員仲良く火の海に沈んだそうです……ふふふっ……」
「わ、ぁ……」
私が思っていた以上に怖い方法で復讐をしていました。
でも、そこまでしてようやく……復讐なんですね。私が考えているような、ただ殺したいという衝動では、きっとまだ足りない……。
「キャロル」
「は、い」
「復讐をするなら、徹底的に。後になって、こうすればよかったとか、あれもやりたかったなんて思い出さないように。徹底的にやるのです。生半可な復讐は復讐じゃありません。ただの殺意、殺しの衝動ですよ」
「殺しと、復讐は、違う……」
「そうです。計画を練って、練って、練って……! 復讐すると決めた日に、必ずそれを実行する。貴方の探し求めている復讐の相手はいずれ必ず現れる……」
「計画……復讐……」
温かい。システィーナ様が天の女神のような温かさだとしたら、イヴ様は地獄の業火のような温もり。
この温もりを、二度と失いたくない。だから、復讐しなければならない。
私はあの日から前進していない。立ち止まり続けている。
前に進むには、復讐しなければならない。
「相手を思い出したら、私に教えなさい。私は戦うことが出来ないけれど、貴方の力になれるから」
「…………はい」
「さあ、今日はもう眠りなさい。明日もシスティーナ様とゲイル様に射撃訓練をつけて頂けるのでしょう?」
「はい。明日も、です」
今は刃を研ぐ時。毎日、毎日、ボロボロになっても立ち上がる。
あの人達の世界に、凡人である私が踏み入るためには、もっと努力しなければならない。
力が欲しい……。力……。圧倒的な、力が……。
星になった民のために、あの日で立ち止まり続けている私のために、私はそれを成すための力が欲しい……。
「おやすみ、なさい。イヴ様……」
「はい。おやすみなさい」
復讐だ……。必ず、必ず……。
あの日見た兵隊達を、1人残らずこの世から、葬り去らねばならない……。





