003 夜道
「――まさか鬼神のパイロットが、女の子だったとはねぇ」
「ランバー、無駄口はやめて。シャークに言いつけますわよ」
「へ~い、フィールお嬢はおっかねえなぁ」
街道は整備されているって聞いていたけど、魔導馬車で走ると結構揺れるのね。
私は人型巨人兵器、魔導鉄巨人しかほとんど乗らないから、四輪運搬車両の魔導馬車がこんなに揺れるなんて、全然知らなかったわ。
「シ、システィーナ様……。平気、なのですか……?」
「あらあら、イヴさん大丈夫? 顔色が悪いわ。それと、私は兵器じゃなくて人間よ」
「いえ、そうではなく……。気分が悪くなったりは……」
「あっ! そうね、平気よ。うっふふ、勘違いしちゃったわ」
「人のことを兵器かと聞いてくることは、恐らく普通はないと思いますわ……」
「そう? 隊の皆には、化け物とか殺戮兵器だとか言われて、よく褒められていたわ」
「それ、絶対褒められていませんわ!!」
「フィール様、まだ王都を出たばかりですから……。もう少し、声を……」
「だって! い、いえ……申し訳ありませんわ」
そうよ? まだフィランツェ王国の王都パーリスを出たばかりなんだもの、大きな声を出したら万が一ということがあるわ。それに、夜は活動的になる魔獣も居ますし、人の声に反応して襲いかかってくる魔獣も居るのですから。
それにしてもイヴさん、とても辛そうだわ……。なにかしてあげられないかしら? お膝の上に乗せても、変わらないでしょうし……。そうだわ!
「確か、気分を落ち着かせる魔法をかけたネックレスを、エルちゃんが……これだったかしら?」
「…………見たことのない宝石ですわね」
「魔石よ。魔獣の体内で生成される、特殊な石なの」
「これだけの、うっ……ぶっ……。輝きを放つ、魔石は……あっ……?」
「どう? 落ち着く感じがするかしら?」
残念だけど、私には気分が落ち着くという感覚がよくわからないの。多分、いつも落ち着いているからかしら? まだ顔色に変化は見られないけれど、違和感は感じているみたいね。
「ぐらぐらと、揺れる感覚が……なくなりました」
「そんな即効性がある魔法のアクセサリーなんて!! あっ……」
「フィールさん? お静かに」
「だ、だって……うう……。申し訳ありません……」
「エルエニア様のお作りになられた、大切なネックレスでは……? こんなに貴重なものを、お借りしてもよろしいのでしょうか」
「エルちゃんはね、もしも大事な人が困っていたら、自分の作った魔導具を惜しまずに与えてほしいって言っていたの。イヴさんは、大事な人だから」
「…………システィーナ様と亡きエルエニア様に、心より感謝申し上げます」
「きっとエルちゃんも喜んでいると思うわ」
うんうん、すっかり良くなったみたいね。良かったわ~……これからの長い旅路、ずーっと酔ったままなんて辛すぎるもの。さて、と。
「……? システィーナ様、まだ何か……」
「うん? これはただの鉄くずよ?」
「て、鉄くず……?」
「こうしていい感じの大きさに千切って、それを丸めて」
「千切って……丸めて!? どうやって千切りましたの!? え、どうやって丸めましたの!?」
「ぷちっとして、ぎゅっとしたら、出来るわよ?」
「フィール様、慣れてください」
「おいおい、そんなにデケえ声出したら」
「そうね。ハンターウルフに見つかっているわね」
大きい声を出しすぎね。ハンターウルフが追いかけて来ているわ。隊に居た頃、夜の街道でハンターウルフに襲われて、最悪の事態に陥っていた魔導馬車を何度か助けたことがあったわ。こいつらは人の声に敏感で、魔導馬車の走行音に混じる声を聞き分けて集団で襲ってくるのよ。
「おい嘘だろ……!? うわあああああ!! 前から!!」
「大丈夫、そのまま走らせて」
「走らせてって、お前!!」
『ガァアアアアア!!』
狡猾で俊敏な四足歩行の狼型の魔獣だけど、直線的な動きしか得意じゃない。急に旋回したり、音を聞いてから避けたりなんて芸当は出来ない。だからこうして……。
「えい」
『――――ッ』
「うわああああああ、あ……? あ!? あ、頭が、勝手に吹っ飛びやがった!」
鉄くずだって、丸めていい感じの大きさにすれば、即席の弾丸として扱うことが出来るのよ。もちろん銃なんて持っていないから、私が直接投げて当てるしかないのだけど。
「運転に集中して」
「ああああ、わかった! わかったよ、クソ! クソ!!」
「システィーナさん!? 今のは」
「フィール様、隠れてください。邪魔にならないようにしましょう」
「どういうことですの、イヴさん!! 説明して頂戴!!」
「駄目よ? イヴさん」
イヴさんにお願いをしないでねって言ったのに。これでイヴさんが説明をしてしまったら、フィールさんはどれだけの対価を支払うことになるか……。
「…………秘密です。ふふっ、運が良かったですね」
「ど、どういう……」
「フィールさん、今のはお願いですよ?」
「はっ……!? 今のも駄目なんですの!?」
「まだ来るのかよ、なんとかしてくれよ!!」
「数匹蹴散らしたら、本能的に無理だと察して逃げていくでしょうから、落ち着いて?」
「これが落ち着いてられるかよ! 運び屋の抹殺者、ハンターウルフだぞ!!」
あらあら、ハンターウルフ如きが随分と物騒な名前を付けられているわ? ちょっかいを出してくる害獣ぐらいだと思っていたのに、結構恐れられているのね。
「じゃあ、全部蹴散らしたほうが良いかしら?」
「はぁ!? そりゃあそうだが! あいつらは居ねえに越したことはねえ!」
それなら、全部蹴散らした方が良いわね。大丈夫、即席銃弾用の鉄くずは鞄の中に沢山入っているもの。千切って丸めてポイ、1秒で2か3発ぐらいは作って投げてが出来るわ。
「全滅させちゃいましょうか。20匹ぐらいかしら?」
「全滅って」
「全滅は全滅よ? 全部を滅するの。周囲に居るハンターウルフを、全部倒すってことよ?」
「そんなのわかってるが!!」
「ほら、運転に集中」
「だぁーくそ!!」
それじゃ、ちゃっちゃと済ませちゃいましょうね。ハンターウルフの殲滅ぐらいは、作戦前の下準備みたいなものだもの。このぐらいの仕事は基本的に無給でやって当然よね。
「ランバー!! 外は、ハンターウルフはどうなっていますの!?」
「知るかよ俺が聞きてえんだ!!」
「後10匹ぐらいかしら。もっとスピードを上げて、追いつかれるわ」
「後10匹だってよ!! スピードを上げるぜ、掴まってろ!!」
「そんなに居ますの!? ひゃああああああ!!」
『ワォォオオ――――ッ…………』
「ひぃいいー!! ひぇええええー!!」
「どこに居るか教えてくれる、親切な個体だらけだと良いのに」
「そいつは居場所を教えようとしてるわけじゃねえだろ!!」
残りは、後ろから追いかけて来ている大きい個体だけかしら? ハンターウルフのボスは狩りに参加せず、下僕に狩らせた獲物を食べるだけなのよね。群れがピンチになった時だけ先頭に立ち、強敵に立ち向かうと聞いたことがあるのだけど……。
「これで終わりね」
『キャウ――』
「マジで、やっちまったのかよ……!」
「止めないで。ここは危険よ? ハンターウルフ達の血の匂いに誘われて、死肉を漁りに来る魔獣達が押し寄せてくるわ。もっと遠くへ行って」
「どうしてこういう時だけは的確な判断が出来んだよ……」
「お忘れですか? システィーナ様は特殊部隊……鬼神のパイロットの1人ですよ?」
「元、鬼神だけれども……」
「あーあーそうだったな、そうで御座いました! んで、フィールお嬢は? 声が聞こえねえが」
フィールさん? 馬車から出ていないもの、大丈夫に決まっているわ。でも確かに声が聞こえないわね……。どうしたのかしら、もうハンターウルフは全滅させたのに。
「ぁ……ぉ……」
「…………気絶しておられますね」
「馬車酔いが酷くなったのかしら?」
「ぜってーあんたが原因だ。百歩譲ってスピードを上げすぎた俺のせいだとしても、だ」
「とにかく、暫くは静かに。声に反応する魔獣は、ハンターウルフだけではありませんから」
「あーあー……へぇ~い、わかりましたぁ~……」
フィールさん、王都の暮らしが長かったから、激しい動きや馬車での移動は体に負担が掛かって大変なのかしら。そうだわ! 今度、家の中でも出来るトレーニング方法を教えてあげましょう。そしたら、ちょっと馬車を飛ばしただけで気を失ったりしなくなると思うもの。
「あ~……。ベルリーネに早く着かねえかなぁ……」
「後3日はかかるのですよね?」
「休息を入れるとは言え、こんなのを後3日……。冗談だろおい……」
3日も運転をして貰うのは、なんだか申し訳ないわね……。あ、そうだわ!
「途中、私が運転を交代」
「いや!! いや、絶対にそれはねえ!! 俺が運転する、絶対にな!!」
「しっ、声が大きいですよ」
「はぁぁあああ~……!!」
そんなに拒絶されては、仕方ありませんね。ベルリーネ自由貿易都市まで、よろしくお願いしますね? 後で交代してくれ~なんて言っても、交代してあげませんからね?