020 奴隷契約
時は遡り、仮設住宅の完成後、朝食を済ませた頃の話ね。
「奴隷、ですか……」
「フドー商会の伝手で、奴隷を扱っている商会があるそうなの。通常契約のボディガードでは信用しきれないし、奴隷ならどうかと思って……」
イヴちゃんは元々高級奴隷。金貨800枚の借金のために売られた子で、私がその倍以上の金額で引き取ったのよね。イヴちゃんを扱っていた商会としても、あまりにも高級な奴隷過ぎて手に余っていたようで、やっと売れたというリアクションが隠せていなかったわ。
それにイヴちゃんは能力を使って『売られてあげる代わりに、自分を幸せにしてくれる最高の雇い主に売らなければならない』という対価を商会側に要求していたから、イヴちゃんが納得しない限りは売れないという、とんでもなく売りにくい奴隷だったのよ。
「今からボディガードを育成する、ということですか?」
「悠長な話かもしれないけど……。一応、エルちゃんの能力で作られている、このちびエルちゃんもボディガードをしてくれるわ」
「可愛いですね……」
「可愛いだけじゃなくて、防御魔法のガーディスも使えるし、私の本気の半分ぐらいのパンチにも耐えられたし、奇襲を仕掛けても防御出来たわ」
『エルエニア様から生まれたので、大変優秀なアシスタントとなっております』
「それは、凄いですね。大砲を撃たれても平気なら安心です」
「ただ、攻撃能力はないのよ」
『アシスタントですので、攻撃面は脆弱です』
「なるほど……」
それで、私がイヴちゃんのボディガードに奴隷を選びたい理由としては、ちびエルちゃんの存在が大きいわ。この子の存在を内緒にして貰うとなると、通常契約のボディガードでは絶対に漏れてしまう。イヴちゃんの能力で縛り付けることも出来るけど、無関係の人にそこまで強いるのはおかしいと思うの。奴隷じゃない人に奴隷契約を結ばせているみたいで。
「私が訓練をさせるわ。徹底的に鍛えて、とっても強いボディガードにするから」
「奴隷とは言っても一般人ですよ。システィーナ様と同じトレーニングは、普通の人には無理です。そろそろご自覚を」
「でも、レネガル総隊長はいつも一緒にやってくれたわ」
「あの人も人間を超えています。流石に毒には勝てなかったようですが……」
「じゃあそのぐらい丈夫な子を見つければ良いのよ」
「そんなに丈夫な奴隷は、そもそも奴隷になっていないかと……」
イヴちゃんには色々と言われたけど、結局『嫌ではないし、むしろ奴隷を雇う方が良い。とりあえず見るだけなら』ということで、フドー商会のグループであるハーケン商会にやってきたわ。
「――フドー会長からはお話しを頂いております。さあ、どうぞこちらです」
「ええ、ありがとう」
「おや……」
奴隷を売っている商会と聞いていたから、フィレンツェの奴隷商のことを思い出してあまり良いイメージはなかったのだけど、ハーケン会長は随分と物腰の柔らかい人で、それに……。
「随分と、綺麗ね……」
「衣食住は最低限ではありますが、不満がない程度のものを与えております。品行方正で犯罪奴隷ではなければ、当人の希望があれば商品価値を磨かせる支援をしております。武術、射撃、字の読み書き、トレーニング、話術、商談……。自分磨きをさせることで、奴隷として購入された後に活躍出来るようにサポートしているのです」
「フィレンツェとは、大違いですね……」
「中には、フドー商会やハーケン商会で、そのまま従業員として働くこととなった者も居るのですよ。ほら、あそこで講師を担当している者がそうです。あの者は3年前に両親の横領が原因でここへ売られ、両親は投獄されてしまいましたが、今では話術を教える講師として活躍しております」
フィレンツェの奴隷商とは大違いで、驚いてしまったわ。ここはまるで学校のようで、情状酌量の余地がある奴隷は社会復帰出来るようにサポートをしていたのよ。
もちろん、このサポートは品行方正で犯罪奴隷ではない者に限るようだけど、それでも凄い取り組みよね。この人は商売が上手いなと、驚きと共に感心してしまったわ。
「ああ、そちらは……」
「犯罪奴隷、かしら?」
「あまりオススメはしませんが……。使い潰されるしかない、そんな商品でして……」
それでもやっぱり、犯罪奴隷の扱いはどこも一緒ね。でも言い換えれば、この奴隷達は情状酌量の余地が一切ない存在。それだけの罪を犯した者ということよね。
『(システィーナ様、私を目で追っている者がおります。一番奥です)』
「ハーケン会長、あの一番奥の檻は……」
「あの娘は危険でして……。いえ、可哀想な娘ではあるのですが……」
『(間違いなく、視認されています)』
そして一番奥に居たのが、鎖に繋がれて床に倒れ、痩せ細ってズタボロになっていた女の子。
元の髪の色がわからないほど汚れていて、獣のようなギラギラとした目をしている。こちらの言葉に反応せず、ただちびエルちゃんを目で追いかけているだけ。
「どうして、こんな扱いを? そんなに酷い犯罪を……?」
「いえ、この娘はこの商会で保護したのです……」
「この状態で保護、ですか」
「わたくし共にも、どうすることも出来ず……。ご説明、いえ……言い訳をさせてください」
ハーケン会長曰く、この子はジャルマー共和国の南部にある、ロゼナヘイムという村に住んでいた領主の娘……だったそうよ。本名は、キャロライン・ロゼナヘイム。
ロゼナヘイムは一度滅んでしまった地方で、ある時一夜にして滅ぼされてしまったそうよ。魔獣ではなく、間違いなく人の手によって滅ぼされていたとか。
そのロゼナヘイムの生き残りが彼女だったそうなのだけど、逃げ惑う内に運悪く、悪徳奴隷商に捕まってしまって酷い扱いを受け続けていたそうよ。
「違法な奴隷を扱う商人を一斉に摘発した際、彼女が見つかったのです。ロゼナヘイムの領主の娘と容姿が一致し、身に着けていたとされるロゼナヘイム領主の証である指輪が彼女の魔力に反応したため、間違いなく本人であると……」
「可哀想に……」
「歯は全て抜かれ、喉も焼かれております。両手両足を切り落とされた状態で発見され、治癒魔法で再生を試みたのですが……」
「一部、再生していませんね。指が数本……」
「全てが遅すぎました……。彼女の心は壊れ果て、檻の中に入る全ての者を殺そうと暴れまわるのです。わたくし共には、どうにも……。せめて綺麗な寝床と、美しい服ぐらいはと用意しているのですが……」
でもこの時私は、彼女の目を見て確信したの。心が壊れ果てていると言っていたけど、目の奥底には間違いなく彼女が生きている。まだ、死んでいない。
「少し、お話しがしてみたいわ」
「危険です! 彼女は食事を提供した際に、ナイフとフォークを……うわ、えっ」
「システィーナ様、鉄格子の鍵を開けるまで待てませんでしたか?」
「あ、ごめんなさい。後で直しておくわね」
ちょっと中に入らせて貰うわね。この子の奥底に眠っている本心と、話がしてみたいのよ。
「キャロライン・ロゼナヘイムさん、ね? 私は」
「がぁあああああああああ!!」
「危ない!!」
右手にナイフ、左手にフォーク。ナイフは喉を狙い、フォークは目を狙っている。もう起き上がる力もないと思っていたけど、鋭くて早い。ナイフは刺さらないだろうけど、フォークは……ちょっと痛そうね。
「んっ……!」
「ぐ、ぁ、あああ!!」
「システィーナ様!!」
「ああ、なんということだ……!!」
「あ、あ!! あ……あ……!?」
目をギュッとしたから刺さらなかったけど、やっぱり薄いところだからちょっと痛いわね。それに、こんなに細いのに力も強い。ほんの少しだけど、私を後ろに下がらせるパワーもある。
「怖かったわね。辛かったわね。もう貴方を苦しめる人は、ここには居ないのよ。大丈夫だから、武器を渡して頂戴な?」
「あ……」
『システィーナ様、ご無事ですか?』
「大した怪我じゃないわ、大丈夫」
この子には、可能性を感じる。強い……。鍛えたら、きっと私を超える戦士になる。
「おぁ、ひゃわ……」
「私は貴方のお母様ではないけれど、代わりにすらなれないかもしれないけれど、ここから貴方を連れ出すことは出来るわ」
「システィーナ様が怪我をなさったのは、初めて見たかもしれません……」
「そうかしら? 結構、怪我をしたまま帰って来ることはあったと思ったけど」
「さっき、ナイフとフォークが刺さったように、見えましたが……!?」
「大したことはないわ。イヴちゃん、この子を引き取りたいのだけど」
「…………キャロルの気持ち次第、ですね」
キャロル……キャロラインの愛称ね。イヴちゃんは私に怪我をさせることが出来たキャロルちゃんを見て、この子ぐらい強いなら大丈夫そうだと、気に入ったんだと思うわ。
「ふく、ひゅぅ……!!」
「復讐?」
「あぁ、あああ……!! あああ!!」
「アイツラを必ず、殺す……。それだけ元気なら、大丈夫そうね」
「キャロル、そのためにはシスティーナ様に絶対服従……辛い日々が待っているかもしれませんよ?」
「がああ……!! あああ!!」
「この地獄より辛いことなんてなにもない……。わかったわ」
『全く理解不能でした』
「ああいい!!」
「可愛いわよね。私の妹の分身の、ちびエルちゃんよ」
辛い現実をシャットアウトするために、心に鎧を着て居たのかしら。それが脱げたら、元気で可愛らしい女の子だったわ。ちびエルちゃんのことも可愛いと言ってくれたし、上手くやっていけると思ったの。
「全く、理解不能な状況なのですが……」
「この子を引き取りたいの。幾らになるかしら?」
「いえいえいえいえ、本当に引き取って頂けるなら、代金なんてとても……!」
「ただより怖いものはなし。エルエニア様が言っていた言葉です……。無料で引き取るわけにはいきませんので、値段を付けて頂きませんと」
「そ、それでしたら――――」
そしてキャロルちゃんは、これまで維持費にかかった金額分の金貨31枚を支払っただけで引き取ることが出来たわ。イヴちゃんの能力で『ボディガードをさせて欲しい』とお願いをさせて、『秘密を漏らさないこと、命令には従うこと』を対価に契約を結んだの。
「まずは帰って、ご飯とお風呂ですね……。キャロル、ちょっと臭いです」
「ぁ……ぅう……!!」
「正気を取り戻したら、恥ずかしいという感情が蘇ったのですね。これからは私のボディガードとして、常に綺麗で可愛い状態をキープして貰わないと……」
「ぁ、あ……!」
『理解、不能……。キャロライン・ロゼナヘイムの発言を何故理解出来るのですか?』
「え? わかるから、わかるのよ?」
「ふふっ……! そうですね、わかるからわかります」
『理解不能……。理解不能……』
「あぁぃい!」
そうね、ちびエルちゃんは可愛いわね。本物に会ったら、可愛すぎて失神するわよ? まずはご飯を食べて、それからお風呂に入って、十分な休息を取りましょうね。





