002 旅立ち
「システィーナ、様……?」
「あら……?」
こんな夜更けだというのに、家の片付けをしている最中に現れたのは……メイドの、イヴさんね? 月明かりに照らされた、ふわふわの銀色の髪がとっても綺麗ね。
「そちらで気絶していらっしゃる方は……」
「フィールさん。引っ越し先の案内をしてくださる方よ。イヴさんは、どうしたのかしら?」
「あっ、そうでした。私のほうが、ここに居るのはおかしいですね。こちらの魔道具が……」
「これは、防犯用のアラートかしら?」
「はい。屋敷に侵入者が現れたと警報が鳴って……。エルエニア様の生前の頼みで、システィーナ様が屋敷の荷物を片付けるまで、留守を頼むと」
なるほど、それでイヴさんはこんな遅くに駆けつけてくれたのね。エルちゃんのお願いを、奴隷から解放された今でも守ってくださるなんて……。ええと……そう! 義理堅い人、ね。
「それで……その、このような時間に、ですか?」
「ええ、大至急ここを発つ理由が出来てしまったの」
「総隊長、エッケラルドの件ですか?」
――――どうして……それを……?
フィールさんから知らされたのはついさっきのこと、情報を手に入れてここへ来るには時間が足りないはず……。エッケラルドの息が既にかかっている? いいえ、女性は邪魔だという情報が確かなら、イヴさんも邪魔になるはず……。それにイヴさんを洗脳するより、まず私を洗脳するほうが手っ取り早い。これはあまりにも回りくどい方法ね。可能性は限りなく低いわ。
「エルエニア様が生前申しておりました。システィーナ様が急ぎで国を発つ時が、もしかしたら来るかもしれないと」
「あの子は……本当になんでもお見通しね……」
「はい。エルエニア様にはなんでもお見通し、ですよ」
さすがエルちゃんだわ……。私の未来の行動まで予測していたのね!!
「私も、連れて行ってくださいませんか?」
「どうして?」
「ど、どうして、と言われますと……。今申し上げました通り、後ろ盾のない私にエッケラルドが接触してくれば、システィーナ様の情報を提供せざるを得なく……」
「あっ! そうよね? お願いをされたら、イヴさんは従ってしまうものね」
そうだわ、イヴさんはお願いをされると、その願いを叶えてしまうものね。もしも私の居場所を言えとか、秘密を吐けなんて言われたら、絶対に言ってしまうわ。
「私の能力を、よくご存知ですものね」
「それじゃあ、一緒に来る? これは、お誘いよ?」
「大丈夫ですよ、貴方のためならどんな願いでも。私は無償で構いませんから」
その代わり、イヴさんは相手の願いを叶えた時に……対価を要求することが出来る。その対価は叶えた願いに釣り合うものであれば、彼女が勝手に決めて良い。そして強制的に徴収することが出来てしまう。
イヴさんはこの能力のことを『悪魔の契約』と、呼んでいたわね。
「うっ……あっ!? じ、地面……!? ほっ……」
「あら、よく眠れたかしら? そのソファも片付けたいのよ、フィールさん。降りてくださる?」
「へ、あ……!? あ、はい……!?」
「御機嫌よう、フィール様。イヴ・リースと申します」
「ごご、御機嫌よう……? フィールですわ……え、システィーナさん? どこのお嬢様で……」
「エルちゃんの身の回りのお世話をしてくださっていた、メイドのイヴさんです」
いつみてもイヴさんの挨拶は、完璧で美しいとされるものね。私にはどの辺りが完璧で美しいのかわからないけれど、誰もからも上品だと言われているし、今もフィールさんにもどこかのお嬢様だと思われたぐらいだもの。やっぱり、いい人を雇ったわね。
「か、彼女も同行を……? 大丈夫なのですか……?」
「ええ、彼女は大丈夫です。私が保証します」
「そ、それなら……」
「あっ! でも、1つだけ約束してください」
そうだわ、フィールさんはイヴさんのことを知らないもの、ちゃんと説明しておかないと。
「はい、何かありまして……?」
「イヴさんには決して、お願いをしないでください」
「…………? メ、メイドさんに、お願いをしてはいけませんの?」
「はい。絶対に、お願いをしないでください。イヴさん、フィールさんはお客様よ?」
「心得ております」
これでいいわね。さあ、早く残りの家具も全部詰め込まなきゃ。魔法の鞄はなんでも好きなだけ入るから、本当に便利ね~。魔導馬車でチマチマと運搬しないで、魔法の鞄に全部詰め込んで身軽に移動すればいいのに。商人さん達は、どうしてこんなに便利な魔導具を使わないのかしら。とっても不思議だわ。
「…………フィール様」
「は、はいな……?」
「システィーナ様は、あの鞄がどこにでもあるものだと思っておられます」
「ああ、そう……。そう、なのですか……」
「指摘しても全くご理解を得られませんので、指摘するだけ無駄でございます」
「うん? どうしたのかしら、内緒話?」
「いえ、フィール様のお召し物に付いた汚れを払っていただけで御座います」
「あら、そう?」
ごめんなさい、退屈な時間よね? もうちょっとで片付くから、待っていてね……。
「彼女と居ると、退屈しなさそうですわね……」
「はい。退屈な時間は一秒たりとも御座いません。ずーっと、対価を支払って頂いている気分です」
「やっと片付いたわ、お待たせしてごめんなさい。さあ、案内をお願いします」
これで全部ね。照明からカーペット、小さい箒に至るまで、とにかく全部入れちゃったわ。フィールさんの言ういいところに到着したら、鞄から取り出してイヴさんに全部お願いしようかしら。金貨10枚ぐらいでやってくださるかしら……もっと必要かも?
「ここより西北西にある、ジャルマー共和国のベルリーネ自由貿易都市に向かい――ま、待ってください。その、手は……!?」
「え? 抱えて、走ろうと思って」
「システィーナ様。これより我々は隠密行動をしなくてはなりません。システィーナ様は人間を2人も抱え、昼夜を問わず街中や草原を走り抜ける女性を目撃したら、どう致しますか?」
「とりあえず、衛兵さんに連絡するかしら?」
「そうです。通報されてしまいます……ですから、目立たないように魔導馬車での移動をするほうが賢明だと思われます」
確かに、イヴさんの言う通りだわ。これから逃げるんだもの、隠密行動をしないといけないわね。私だけなら見つかっても相手を蹴散らせば良いだけかもしれないけど、フィールさんとイヴさんは戦えそうにないものね……。
「では、こちらで身を隠してください。私とシスティーナ様は髪が目立ちますから、出来る限りこの羽織物から髪を出さないように」
「準備が良いのね~」
「…………同行を許可して頂いた時に、既にご用意しておりましたが」
「ありがとう。これで目立たないかしら?」
「嘘でしょう……?」
「…………少し、ジッとしていてください。髪を結ってもよろしいですか?」
「ええ、良いわよ。イヴさんの好きなようにしてね」
イヴさんは、本当に手先が器用ね~。私はこういうの全然駄目なのよね。とっても硬い金属を伸ばして、指輪やネックレスを作ったりするのは得意なんだけど……。
「……フィール様、慣れてください。こういうお方なので」
「え、ええ……。少しずつ慣れようと、努力はするわね……」
「はい、出来ました。間違えても、羽織物をお破きになりませんよう気をつけてください」
「大丈夫よ、それぐらいは加減出来るもの。それにこれは、エルちゃんが魔法をかけてくれたものでしょう? すっごく頑丈に出来ているんだから、そう簡単には破けないわ」
「それでも、過信なさいませんよう。エルエニア様の魔法も永久では御座いませんから」
「そうね、そうね……。気をつけるわ」
「え……ほ、本当……! どんなエンチャントを施したら、こんな……!!」
フィールさん、エルちゃんの魔法が凄いって褒めてくれるのはとっても嬉しいけれど、今は急がないといけないから、後にしましょう? 馬車の中でじっくりと見る時間はありますから。
「フィールさん、急いでいますから」
「えぇ……。だ、誰が待たせていたと……」
「フィール様、慣れてくださいませ」
「えぇ……。はぁ……こっちよ、私が顔を出せば手引きしてくれる運び屋が居るわ」
エルちゃんが人生の半分を過ごしたお屋敷……。お別れするのは寂しいけど、もうここに居ることは出来なくなってしまうから。沢山の思い出を、ありがとう…………さようなら。