限界オタクが錬金術をしてみたら
今回の聖女勉強会はアクアーリオのアトリエで行われるらしい。
イオリとヒナは【獅子座の守護者】レオに護衛され、アトリエの前まで来た。
イオリは扉をノックした。
「アクアーリオ博士、【星の聖女】のイオリとヒナが到着しました」
「入りたまえ」
扉の先からアクアーリオの声が聞こえ、イオリは扉を開けた。
アトリエには柔らかな日差しが差し込み、全体が淡く輝いていた。
イオリはアクアーリオに錬金術を習った際、このアトリエに何度か足を踏み入れていた。
物語の中のような内装がイオリは好きだった。
アトリエの主であるアクアーリオは大釜の前に立ち、ブツブツと何かを呟いている。
「薬草を煮込んで、鍋をかき混ぜる。火の調節をする。手を翳して祈る……『ポーション作成』」
ぼふん、と大釜から緑色の煙が出る。
「ライトグリーン。問題なし。続いて、ろ過作業に移る」
アクアーリオは大釜から液体を掬い上げ、漏斗に移す。
フラスコにろ過された液体が落ちていく。
「回復量は……」
ろ過された液体に温度計に似た機器を差し入れた。
「回復量四九八.九……。低級ポーションの完成だ!」
一連の動作を、イオリとヒナはぼうっと眺めていた。
イオリは彼の仕事の邪魔をしないようにと思って、ヒナは何もわからず呆然としていた。
アクアーリオはようやく二人に目を向けた。
「……ああ。ようこそ、聖女クン達。我がアトリエへ」
アクアーリオは形式ばった言い方でイオリ達を歓迎した。
机にポーションを置くと、彼は椅子に腰掛けた。
「錬金術について学びに来たのだろう。まずは、ポーション作りからだ。今、ボクが実践したようにやってみるが良い」
「覚えようとして見てなかったわよ!?」
「ハア? キミは『覚えろ』と言わないと覚えないのかね。怠けた脳味噌をしているな。今までさぞ苦労してきたことだろう」
「何ですって……!」
ヒナは顔から火が出そうなくらい顔を赤くさせた。
イオリは「まあまあ」とヒナを宥めた。
「ヒナ、私と一緒にやってみよう? 私は何度か作ってるから、教えられると思う」
「うう、わかったわよ」
ヒナは唇を尖らせながら頷いた。
イオリとヒナは机に置いてある小さな錬金用の釜の前にそれぞれ立った。
「最初は薬草を煮込んで、かき混ぜるのよね。こうかしら?」
「手が早い。最初はゆっくりと混ぜるんだ」
アクアーリオが口を出した。
「こ、こう?」とヒナは言われ通り、ゆっくりとかき混ぜた。
「遅過ぎる。もう少し早く。あと火加減にも注意したまえ」
「うう! いっぺんに言わないで! わかんなくなるじゃない!」
「ハン。やはり、ボクの見立て通り、キミはガサツだな」
「もう! 何なのよ!」
「次は手を翳して、ポージョンが出来るように祈る。やってみたまえ」
「……えーと、『ポーション作成』〜?」
「礼拝が下手だな。聖女の癖に」
「うっさいわね! ヒナは聖女の力が使えないんだから仕方ないじゃない──!」
ヒナが声を荒げたとき、ぽふん、と緑色の煙が吹き上がった。
ヒナは悲鳴を上げて、飛び退いた。
「出来たようだな。では、ろ過作業に移りたまえ」
「はあい……」
ヒナはもう疲れてへろへろだった。
錬金釜の中の液体を掬い、漏斗に注いだ。
ろ過が完了するまで、イオリとヒナは木の椅子に腰を落ち着けた。
「もう! 一体何なのよ! ヒナのこと、嫌いなの!?」
「博士は誰に対してもこうなんだ……。私が錬金術を習ったときもこんな感じだった」
「信じられない……」
ヒナはうなだれた。
「……ろ過完了。さて。回復量計測器で測ってみよう」
アクアーリオは回復量計測器なるものを、イオリとヒナの作ったポーションに差し入れた。
それに表示された数値を紙に記録した。
「……ふむ。やはり」
「どうですか?」
「イオリクンの方は回復量五〇二五.六。ヒナクンは四八七七.五だ」
「五千……!? 博士がさっき作っていたのと、桁が違うじゃないですか! 私達、低級ポーションの作りましたよね!?」
「ポーションの効能を著しく向上させる──これも聖女の力の一つのようだ」
「え、じゃあ、私が今まで作ってたポーションも?」
「ああ。キミが自室で作っていたポーションを調べたところ、一般的に流通しているものより高い効果を発揮しているようだった。ポーションというより、『聖水』と呼ぶべき代物だ」
「そうだったんだ……」
だからこそ、イオリのポーションは聖女の力と見分けがつかなかったのだろう。
「でも、変ですね。私が最初に作ったポーションの回復量は普通だったのに……」
「ああ、だから、ボクも気づけなかった。単純にキミの力がこの世界に馴染んでいなかったのか、それとも何か別の理由があるのか……。何にせよ、データが足りないな」
アクアーリオはため息をついた。
「全く……先人達はこんなことにも気づかなかったのか?」
「単純に、錬金術をする聖女がいなかったのかも……」
「言われてみればそうだ。普通の聖女はポーション作りで身銭を稼がないのだったな」
アクアーリオの言葉に、イオリは自嘲気味に笑った。
「お姉ちゃんの作ったものだけじゃなくて、ヒナのも聖水に……? じゃあ、ヒナにも聖女の力があるってこと!?」
「ああ、そうなるな」
アクアーリオは頷いた。
ヒナは喜ぶと同時に、納得いかないような顔をした。
「じゃあ、なんでお姉ちゃんみたいに使えないのよ!」
「今は、力に蓋がされている状態なのだろう。一度使うことが出来れば、自然とコツを掴み、使いこなせるようになるはずだ」
「使うって言っても〜! 出来ないったら、出来ないのよ!」
「だからこそ、キミには錬金術を学んで貰う」
「はあ? なんで?」
「錬金術は無意識的に聖女の力を引き出すようだ。イオリクンも日常的に錬金術を使っていた。そこで一つ仮説を立てたのだ。錬金術を続けていけば、力の蓋が取れやすくなるのではないか──とね」
「なるほど! だから私、土壇場で聖女の力を使うことが出来たんだ!」
イオリは妙に納得した。
「さあ、手を休めている暇はないぞ、妹聖女クン。ポーションを作り、力の蓋を開けるのだ!」
「ひえ〜!」
ヒナは泣きながらポーション作りを始めた。
「意外でした。博士がヒナに錬金術を教える気になるなんて」
「ボクの仕事は、聖女の力の研究──うおほん。聖女の力を開花させることだ」
「何も繕えてませんよ、博士」
イオリが冷静にツッコミを入れた。
「奉仕活動には何かメリットがなくてはな」
「メリットを求めないのが奉仕活動ですよ」
「スコルピオンのボランティアもそうだろう。恩赦のために過酷な労働をしている」
「あれはボスのやる気を出させるための方便みたいなもので……」
──言葉にしてみると、ボス、可哀想だな……。
イオリは何故か気分が落ち込んだ。
「メリットがあろうがなかろうが、ボクのすることは変わらない。功績を上げれば、人間共が受け入れてくれるだろう。ゾンビくんが良い例だ」
アクアーリオはちらりと扉の方を見た。
「ボクはまだ信用されていないようだからな」
イオリは不思議そうにそれに倣った。
扉の外には、聖女の護衛のためについてきてくれたレオがいるはずだ。
「イオリクン、報告会の時は助かった。キミが庇ってくれたせいで、ボクは今も自由にさせて貰っている」
「私も助けて頂きましたから……。ん? そこ、『せい』じゃなくて、『おかげ』じゃないですか?」
「まあ、そうとも言うか。何はともあれ、お礼がしたい。イオリクンは聖女の力を覚醒させたいんだろう? 聖女の力の覚醒──是非、手伝わせてくれたまえ」
「博士……。聖女の力の研究がしたいだけでは?」
「ハッハッハ! 気持ち良く協力されていれば良いものを。……おっと、感謝してるのは本当だぞ?」
アクアーリオは豪快に笑って誤魔化した。




