限界オタクが死地へ行くのを止めてみたら
運命のときは直ぐに来た。
食事の心配も、寝る時の騒音の心配も、必要なかった。
イオリとノヴァはそれぞれ別のソファに腰掛けて、のんびりと会話をしていた。
そのとき突然、ドンドン、と複数人が扉を叩くような音が聞こえてきた。
イオリは驚いて肩を飛び上がらせた。
「のゔぁさま、のゔぁさまー。たいへんですー」
外から部下ゾンビ達の声が聞こえる。
ノヴァは一瞬で真剣な顔になった。
すくっと立ち上がり、叩かれ続けている扉を開けた。
すると、部下ゾンビ達が家の中へとなだれ込んでくる。
「どうした? 部下共」
ノヴァが部下ゾンビ達に尋ねる。
「にんげんたちがおそってきたー」
「みんなやられちゃったー」
「おほしさま、きらきら〜」
部下ゾンビ達の言葉に、ノヴァは眉を顰める。
「人間達か……。何人だ?」
「いち、に、さん、よん、ごー?」
「たぶん、ごにんー」
「たったの五人……?」
ノヴァは首を傾げる。
「【星の守護者】達が来たのね……」
イオリがポツリと呟く。
【星の守護者】とは、聖女と共に魔王を討つべく、星に選ばれた者達の総称だ。
星に選ばれるのは全部で十三人。
それぞれ、十二星座の星座に当て嵌められる。
一つ例外があり、【双子座の守護者】だけ二人いる。
メインストーリーの最序盤、聖女はノヴァに連れ去られる。
その連れ去られた聖女を取り戻すべく、【星の守護者】はノヴァのいる【墓場の森】に攻め入るのだ。
──この戦いで、ノヴァくんは負けて、ストーリーに二度と出て来ない。
ノヴァは羽織りに袖を通し、襟を整える。
「行くの? ノヴァくん」
「ああ。下っ端共がやられてんだ。ボスが行ってやらねえとなァ」
ノヴァは早足で扉へと向かう。
イオリは咄嗟に、ノヴァの袖の裾を掴んだ。
くん、と腕が引っ張られ、ノヴァが立ち止まった。
「おい」
文句をつけようとノヴァは振り向く。
「ノヴァくん、行かないで」
「……あ?」
「私、知ってるの。貴方はこの戦いで【星の守護者】達に敗れて、星になるって」
そう聞いて、ノヴァは不愉快そうに眉を顰めた。
自分が負けるなんて、面白くない話だろう。
それでも、事実なのだ。
「ノヴァくんは前よりレベルアップしたけど、彼らに勝てるかどうかわからない。だから、お願い。行かないで……」
イオリは裾を掴んだ手に力を込める。
ノヴァが本気を出せば、イオリの手なんて簡単に振り払えるだろう。
しかし、ノヴァはイオリに乱暴をしないと知っている。
そういう人物だから。
「……オレは、魔王軍幹部スターダスト七等星、ノヴァだ」
ノヴァは自身の胸に手を当てて言った。
「敵前逃亡なんて魔王軍の恥。戦わずして負けるなら、戦って死んだ方がマシだ」
「ノヴァくん!」
ノヴァは息を一つついた。
「イオリ、命令だ。『この塔の扉を〝誰かが開けるまで〟、この部屋から出るな』」
「……え。どうして!? 私、役に立つよ!? 【星の守護者】達の情報も教えられるよ!?」
「駄目だ。てめえは人間。いつ裏切るかわかんねえ」
「だったら、命令すれば良いじゃない!『自分を絶対に裏切るな』って!」
「……てめえにそんな真似させられるかよ……」
苦い顔でノヴァは呟いた。
「……ここでさよならだ、イオリ。あんたと過ごした時間、案外悪くなかったぜ」
ノヴァはイオリに背を向け、扉のノブを回した。
「待って! ノヴァくん! 行かないで!」
イオリの手がノヴァの服の裾から離れる。
ノヴァの命令によって、イオリは扉の先にはいけない。
扉がゆっくりと閉まり、ノヴァの後ろ姿さえも見えなくなってしまう。
「どうして、ノヴァくん……」
イオリは扉に縋り付いて、項垂れるしかなかった。
□
外が騒がしい。
イオリは腫れぼったい瞼で窓の外を見た。
外には、【星の守護者】が四人。
一人は、【牡羊座の守護者】、聖ソレイユ王国の第一王子、ベリエ。
星のように輝く髪の色と晴天を映したような瞳。
星が散りばめられたマントを纏った、正統派な王子様だ。
額には牡羊座の星座がある。
二人目は、【獅子座の守護者】若き騎士団長、レオ。
炎のような赤い髪。王国の騎士の証である、赤い騎士服を着ている。
背中には重そうな大剣を差している。
三人目と四人目は、【双子座の守護者】魔法学園一の天才魔導師、ジェミニとポルックス。
とんがり帽子やローブといった、魔導師と一眼でわかる格好をしている。
二人はそれぞれ、水色の髪とピンク色の髪をしており、首元には双子座の星座が刻まれている。
「ストーリー通りだ……」
しかし、ストーリーと違うところが一つあった。
妹聖女・ヒナがいる。
【星の守護者】達はヒナを守るように、ヒナの周りを囲んでいる。
──なんでヒナがここに?
ヒナと【星の守護者】達の前に、ノヴァが立ちはだかった。
「あんたがお姉ちゃんを攫った魔物?」
ヒナがノヴァをキッと睨みつける。
「お姉ちゃんは何処? ここにいるんでしょう!」
「まあまあ、そんなに焦んなって」
ノヴァは不敵に笑う。
「遠路はるばるようこそお越し下さいました、人間共。ゾンビが蠢く【墓場の森】へ。オレは魔王軍幹部スターダスト七等星、ノヴァだ」
ノヴァは丁寧にお辞儀をする。
「ここにゃあ死体しか話し相手がいなくてよォ……。退屈してたんだァ……。てめえら、オレを楽しませてくれよぉー!?」
ノヴァの号令と共に、墓場からボコボコと手が突き出す。
土から這い出したのは部下ゾンビ達だ。
「ヒッ……。何これ、キモい!」
ヒナが恐怖で顔を引き攣らせた。
「妹聖女様、下がっていて下さい!」
王子ベリエがヒナを抱き寄せた。
魔導師ジェミニとポルックス、騎士団長レオが二人を庇うようにして前に出る。
「三人とも! ゾンビ共を一掃せよ!」
王子ベリエが他の守護者に指示を出す。
「はい! べリエ王子!」
魔導師の双子は杖を構え、騎士団長レオは剣を構えた。
この世界の人々には、大きく分けて二種類のスキルが使える。
練習すれば誰にでも使える『基礎スキル』。
そして、その人だけが使える『固有スキル』。
人々は主に固有スキルを使い、魔物と戦う。
「俺が相手だ!《獅子奮迅》!」
騎士団長レオの固有スキル《獅子奮迅》。
獅子の覇気を纏うことで、獅子がレオが攻撃した相手を追撃してくれるスキルだ。
レオはスキルの獅子を操り、部下ゾンビを薙ぎ倒していく。
──ゲームシナリオ上では、文字だけの戦闘だったけど、映像で見るとかなり強いスキル……!
「今だ! 双子魔導師!」
レオが【双子座の守護者】達に声をかける。
「あいあいさ! 行くよ、ポルックス!」
「わかってますよ、ジェミニ。食らえ……《双子座流星群》!」
ジェミニとポルックスの二人は手を繋いだ。
魔導師ジェミニとポルックスの固有スキル《双子座流星群》。
天から星を降らせて、敵全体を攻撃する。
物量で攻めるゾンビの天敵と言えるスキルだ。
──ただでさえ、【星の守護者】は魔王軍に対抗出来るくらい才能がある人達ばかりなのに……!
「どうするの、ノヴァくん……」
次々に倒れる部下ゾンビ達を見て、ノヴァは笑った。
「……《死霊の指揮者》」
ノヴァの固有スキル《死霊の指揮者》。
屍を自由自在に操るスキルだ。
ゲーム上では、倒れたモブゾンビを無限に復活させる性能。
所謂、【なかまをよぶ】タイプのスキル。
ゲームの仕様上、敵が一度に呼べる仲間の数は最大四人。
しかし、ここはゲーム画面ではない。
更に、今のノヴァは【星の欠片】にてレベルアップしている。
つまり、どういうことかというと──無象のゾンビを操れるのだ。
「行け! ゾンビ共!」
ノヴァの指示に従い、ゾンビの大群がレオへと向かっていく。
「クッ……!《獅子奮迅》!」
レオがスキルを使って、剣を振るう。
だが、レオの獅子の覇気は〝追撃〟するだけ。
ゾンビがレオの剣を持つ腕に巻きつけば、スキルは意味を成さない。
そして、攻撃が止めば、ゾンビの進軍を止められないということ。
「う……うああああああ!」
レオはゾンビの群れに押し流されるしかなくなった。
「レオ団長!」
「クソッ、ゾンビ共め! レオ団長から離れろ! ……ポルックス!」
「はい、ジェミニ!《双子座流星群》!」
ジェミニとポルックスは手を取り合い、スキルを発動した。
「待てっ! 今そのスキルを放ったら……!」
ゾンビの群れの中心にいる、レオまで巻き込まれてしまう。
「う、うおおおおおおおおお!?」
レオはゾンビと共に、双子のスキル《双子座流星群》を食らう。
「れ、レオ団長!」
レオが倒れ、部下ゾンビ達は次のターゲットに目を向けた。
「ひいっ……」
双子は手を取り合い、震え上がる。
「く、来るな! 僕は天才魔導師ジェミニだぞっ!」
「こんなところで、僕達が負けるなんてえええええ!?」
抵抗虚しく、双子もゾンビの群れに押し潰された。