限界オタクが一先ず休むことにしたら
魔王軍幹部スターダストの一角、ネプチューンとウラヌスが去った後。
破壊された塀の周囲には、ゾンビが侵入しないよう、簡易的な囲いが建てられた。
監視を騎士に任せ、イオリとノヴァ、【星の守護者】達はワープドアを通り、城へと戻る。
ゾンビを【墓場の森】に戻し、魔王軍幹部を退けたというのに、その足取りは非常に重かった。
「ご苦労じゃった、皆の衆」
城へ戻ると、シュタインボックが笑顔で出迎えた。
「積もる話もあるじゃろうが、今日のところは一先ず休もうではないか。明日、ゆっくりと報告し合おう」
「……はい。お言葉に甘えます、シュタインボック様」
リブラはシュタインボックに一礼した。
「皆、明星寮で休むと良い。ノヴァもじゃ」
「え? よろしいのですか? オレは妹聖女様を襲おうとして……」
「ヒナは怪我一つしておらんよ。彼女もそなたを責める気はないそうじゃ」
「え……」
戸惑うノヴァを見て、シュタインボックはフッと笑った。
「そなたがいなければ、侵入したゾンビの対処に、多くの人を向かわせねばならんかった。そなたがいたからこそ、火の都の魔物退治に人員を割くことが出来、被害を最小限に抑えられたのじゃ。そう思わんか? 皆の衆」
シュタインボックは【星の守護者】に語りかける。
「ああ、シュタインボック様の言う通りだ」
皆を代表して、レオが頷いた。
「俺が到着した時、国内に侵入したというゾンビは既にいなかった。あんたが追い返してくれたおかげで、今日はゆっくり眠れる」
レオは笑いながら、ノヴァの頭をポンポンと叩いた。
ノヴァは驚いて、体をこわばらせる。
「……だそうじゃぞ?」
シュタインボックはノヴァに向かって微笑む。
「……感謝します。では、お言葉に甘えさせて頂き、一晩だけ、部屋をお借りします」
シュタインボックは満足したような笑顔で頷いた。
【星の守護者】達は明星寮へと向かい出す。
「あの……すみません。ヒナは今、何処に……?」
イオリはシュタインボックに恐る恐る尋ねた。
「ヒナは泣き疲れて寝ておる。魔物に攫われそうになったことが、かなりショックだったようじゃな」
「そうですか……」
イオリは「行かないで」と泣きじゃくる妹の顔を思い出して、心配に思った。
幼い頃、二人で怖い映像を見た夜、ヒナに「一緒に寝て」と言われたことがあった。
──ヒナ、凄く怖がってたけど。一人で大丈夫なのかな……。
シュタインボックはイオリの背中をぽん、と
叩いた。
「安心せい。今はベリエがついておる」
「ベリエ王子が?」
「あの坊やも今回の件に関して、責任を感じておるようじゃな」
「責任……」
今回の件、ベリエが責任を感じることがあっただろうか?
全て、ヒナが勝手にやったことだ。
その話も明日することになるだろう。
もう休もうと、イオリも明星寮に向かって歩き出した。
「ポワソンの作った服を駄目にしてしまった……。あとで謝らねば」
リブラは切り裂かれた服を見て、ぼそりと呟いた。
「……兄貴さあ。ずっと浮かない顔してるけど、どうしたんだよ」
ノヴァが訝しげにリブラを見る。
「ゾンビも外に追いやったし、魔王軍幹部の二人も無事追い払えた。なのに、なんでそんな顔してんだよ」
「浮かない顔……してるように見えますか」
「鏡持ってくるかァ?」
ノヴァは元気づけようと軽口を叩く。
リブラは一つ息をつき、窓の外にある星空を見上げた。
「私は、理不尽に対抗する力が、既にこの手にあると思っていました。しかし、魔王軍幹部の一人・ウラヌスと対峙し、それはただの思い込みだったと、思い知りました」
リブラはグッと拳を握り締める。
「今の私の力では、幹部一人倒せない。もっと、もっと強くならねば……」
リブラは拳をじっと見つめる。
相変わらず、表情は変わらないが、思い詰めたような、焦っているような顔だった。
「馬鹿じゃねえの」
ノヴァは呆れたようにそう言い放った。
「一人で倒せないから、他の【星の守護者】がいるし、異世界から【星の聖女】を呼んだんだろ」
「しかし、幹部一人ぐらい倒せねば、魔王を倒すなど不可能でしょう」
「何も、一人じゃなくて良いだろ。幹部を倒せたっていう事実が重要なんだからよ」
リブラは目をぱちくりとさせた。
「それは確かに?」
「そうだろ? 一人で全員倒そうなんて、わざわざ大変な道を選ぶなよ。兄貴は一人じゃねえんだから。そんな気負うなよ」
「……そうですね」
リブラは目を細める。
「今はお前がいる」
フッ、とリブラが一瞬だけ笑ったように見えた。
──リブラさんが笑った……!?
イオリは驚いた。
「オレじゃなくて、イオリとか、【星の守護者】様達とかのことだよ! ちゃんと話聞け!」
そう言いつつ、ノヴァは顔を真っ赤にして、指でリブラを突いた。
その様子が何とも微笑ましかった。
──やっぱり、尊いなあ、この兄弟……。
ふと、イオリは顔を上げる。
星空が窓の外に広がっている。
──強くなる……か。
イオリは自分の両の手のひらを見つめた。
キラキラと、聖女の力によって、星が煌めく。
──ウラヌスは私の聖女の力を『覚醒前』って言ってた。この力にはまだ、先があるってこと?
イオリは両手を握り締めた。
「私も……強くならなきゃ」
──推しのいるこの世界を守るために。
 




