限界オタクがライアーの正体を知ってみたら
「落ち着いたふりかもしれないだろう。またいつ我々に襲いかかってくるか……」
ベリエは訝しげにノヴァを見る。
「拘束するなら勝手にしたまえ。ボクは彼に話を聞く」
アクアーリオはノヴァとイオリに歩み寄り、二人を見下ろした。
「……さて、生ける屍よ。キミは何故、妹聖女クンに襲いかかったのかね?」
イオリはハッとして、ノヴァから離れる。
ノヴァの答えを聞くため、ノヴァの顔をじっと見つめた。
ノヴァは表情を暗くした。
「ライアーの音を聞いたときから……ある言葉が頭から離れなかった……」
『人間共を根絶やしにせよ』
「気分が昂って……理性ではどうにも出来なくて……。音を止めないとと思ったんです。それで、妹聖女様に……」
掴みかかった、ということだろう。
「魔物の本能は恐ろしいな」
ベリエはノヴァを鼻で笑った。
「なるほど」
アクアーリオは納得したように頷いた。
「では、魔物が来るとわかったのは何故だ?」
「あの音を聞くと、何故だか音の方向に向かいたくなりました。おそらく、他の魔物も同じだろうと思ったんです」
「魔物が人間を襲うように仕向ける音……。興奮状態に陥らせる作用……。ふむふむ。どうやら、このライアー……魔呼びの楽器のようだな」
アクアーリオは鞄の中から、ヒナの持っていたライアーを取り出した。
板にはヒビが入り、弦は切れ、無惨な姿になっている。
「貴様、ライアーまで持って来たのか!」
ベリエは顔を真っ赤にして、アクアーリオに怒鳴りつける。
「安心したまえ。落下した衝撃で弦は切れている。もう、これに魔物を呼ぶ音は出せん」
「だとしてもだ!」
「あー、あー。あまり大声を出すな。頭が痛くなるだろう」
アクアーリオが両手で耳を塞ぎ、ベリエに悪態をついた。
「博士、魔呼びの楽器って……?」
イオリが尋ねると、アクアーリオは耳から手を離した。
「魔呼びの楽器とは、魔物に音色を聞かせることで、身体能力を一時的に向上させ、興奮状態にさせる錬金術具のことだ。主に、魔王軍が開戦の際に魔物を鼓舞するために使われる」
「なんで、興奮状態にするんですか? 敵も味方もわからなくなるのに……」
「戦闘への恐怖心を薄れさせるためだ。弱い魔物は臆病になりやすいからな。そういう奴らにこそ、魔呼びの楽器は有効だ」
「魔呼びの楽器を使うことは、魔王軍にとって、メリットしかないんですね……」
アクアーリオは首を横に振った。
「いいや、デメリットもある。魔物は音の聞こえた方向に向かっていってしまうのだ。つまり、魔王軍側から音を出しても、高い効果は得られない」
「だけど、今回はヒナが音を鳴らしたから……」
「ああ、そのデメリットはなくなったと言える」
イオリとアクアーリオはヒナに目を向ける。
ヒナは肩を飛び上がらせ、怯えた顔をする。
アクアーリオはそんなヒナを鼻で笑った。
「ここから追い出すべきのは、ボクでも、ゾンビクンでも、ライアーでもないだろう。これを所有し、魔物を呼んだのは他でもない──妹聖女クンだ。もう一つや二つ、魔呼びの代物を隠しているやもしれん」
「か、隠してなんて──!」
ヒナは慌てて否定する。
「ハン! どうだかな」
アクアーリオはヒナから視線を逸らし、ベリエに目を向けた。
「殿下、妹聖女クンがライアーを持っていたことは知っていたか?」
「……いや」
ベリエは俯いて、否定する。
「今の今まで、ライアーの存在を明かさなかったのも、良からぬことを考えていたからに違いない。──魔物に魅入られたのは……姉聖女クンだけではないのやもしれんな?」
アクアーリオはくく、と笑う。
ヒナは首を横に振る。
「ち、違う! ヒナは知らなかっただけ!」
「本当に?」
「本当よ! ヒナは魔物の味方なんかじゃないわ!」
「魔物の本性を民衆の前で引き出す……それがどれほど危険な行為か想像出来ないほど、キミは愚かなのかね?」
「うっ……!」
ヒナはばつが悪そうな顔をする。
「愚かなキミは知らないだろうが、魔呼びの錬金術具は錬金するのも、所有するのも違法だ。無知は罪だよ、妹聖女クン。ボクは妹聖女クンを国に置いておく方が、余程危険だと思うがね……」
ヒナは顔を青ざめさせた。
ヒナは「魔物に魅入られたイオリを追い出せ」とずっと言っていた。
その言葉が今、自分に返ってきている。
「ひ、ヒナ、追い出されないよねえ!? ヒナは聖女だもんね!? ねえ! 王子様ぁ!」
ヒナはベリエに泣きつく。
「こ、これが、魔呼びのライアーとは限らないだろう」
ベリエは苦し紛れの言い訳をした。
アクアーリオは呆れた顔をする。
「往生際の悪い愚物め。このライアーを錬金術具の解析にかければわかることだ。今直ぐに解析してやろうか? なんだったら、賭けるか。このライアーは魔呼びの代物か否か。ボクは魔呼びの楽器、殿下はそれ以外に賭ける。ボクが勝ったら、妹聖女クンが城を出る。殿下が勝ったら、ボクとゾンビクンが城を出る。どうだ?」
「今は……賭けをしている場合ではないだろう……」
ベリエの声は徐々に小さくなっていく。
錬金術師・アクアーリオが判断したのだから、ヒナのライアーは魔呼びの楽器に違いない。
ベリエはヒナを庇いたいが、術が見つからないようだった。




