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限界オタクが推しの家に招かれてみたら

「おい、イオリ。こっちだ」


 ノヴァはイオリを手招きする。

 前方には、灰色の塔がそびえ立っている。

 ところどころヒビ割れており、廃墟と呼べるような佇まいだ。

 イオリはこの塔に見覚えがあった。


「ここって、ノヴァくんの……」


──戦闘画面の背景に描かれていた塔だよね。

 ノヴァの戦闘画面の背景には主に、鬱蒼と生い茂る木々、多数の墓石、灰色の空が描かれている。

 そして、ノヴァの立ち位置の少し後ろに、塔があった。

 イオリの目の前にある塔は、その塔とそっくり同じだった。

 

「ここ、オレの住処。てめえにゃあ、暫くここにいて貰うからな。文句言うんじゃねえぞ」

「この塔がノヴァくんの家!?」

「だから、うん。オレの家……」

「推しのお宅訪問……目に焼き付けないと」

「焼き付けんな。……汚ねえぞ、オレん家」


 ノヴァが塔に入っていく。

 イオリは少し遅れて、ノヴァの後ろをついていった。

 ノヴァが塔の扉を開けると、キィー、と黒板を引っ掻くような音が聞こえた。

 イオリは思わず顔を顰めてしまう。

 ノヴァが気にせず塔の中に入る。

 イオリは後を追った。

 塔の中には螺旋階段があった。

 イオリは上を覗き込むように見ると、塔の上へと続いている様子だった。


「そっちじゃなくてこっち」


 ノヴァはそう言って、入った扉とは違う扉へと誘導される。

 その扉の先に行くと、キッチンやダイニングといった、生活スペースがあった。


「おお……。ここがノヴァくんの家……」


 イオリは家の中をぐるりと見回す。

 家具はボロボロで、薄汚れてはいるが、丁寧に修繕されている。

 ノヴァがやったのだろうか。

 使わないはずのキッチン周りも清潔に保たれているようだ。

 ここで調理したご飯なら食べられるな、とイオリは思った。

 家の中は少々湿った土の臭いがするが、不思議と不快ではなかった。


「普通に綺麗だね? 私の部屋の方が汚い」

「これ以上に汚いって……一体どんな部屋に住んでんだよ」


 ノヴァは呆れた顔をする。


「私の部屋はものが多くてね……」


 イオリの部屋は漫画やらグッズやらでひしめいている。

 今は専らノヴァを推しているが、ノヴァはメインストーリーでの出番が少ないため、公式グッズもほぼない。

 絶望した。

 だから、同担──同じノヴァ推しの方の二次創作物──同人誌や同人グッズをかき集め、大事に保管してある。


「……いや、『汚い』という表現は不適切だったかも。私は宝物庫に住んでいます」

「どう考え直したら汚い部屋が宝物庫になるんだよ。雲泥の差だぞ」

「私が整理整頓出来ないせいで汚くなっちゃってて……」


 はは、とイオリは自分に呆れて笑った。

──帰ったら整理整頓しないとなあ……。


「って、私の部屋の話はどうだって良いの! ノヴァくんの家について語ろ!」

「オレの家の話はこれ以上広がんねえよ」

「全然広げられるけど? まず物が少ないところからノヴァくんは物への執着心が薄いと推測出来ますよね? つまり──」

「広げんな」


 ノヴァは呆れてため息をつき、リビングの中を通っていった。

──まだまだ語りたいのに……。

 そう思いつつ、イオリはノヴァの後ろをついていく。

 ノヴァはリビングを通り過ぎ、いくつかある扉の一つを開けて、中を確認した。


「うん。ここだな」


 ノヴァは頷き、イオリに顔を向ける。


「ここがてめえの部屋な」


 ノヴァは部屋の中をイオリに見せた。

 机と椅子とベッドが一つずつ置いてあるだけの簡素な部屋だった。

 窓に取り付けられたカーテンは閉まっていて、少し薄暗い。


「ハウスキーパーさんなんていねえから、毎日掃除出来てねえけど」


──ハウスキーパー〝さん〟……節々から育ちが良さが滲み出ている……。

 イオリは尊い気持ちを噛み締める。


「というか、私の部屋、用意してくれたの!?」

「用意っつうか、空き部屋があっただけ。外の奴らは土の中で眠るのが好きだから使わねえんだ」

「ノヴァくんは違うの?」

「好んで土ん中入るのは知性のないゾンビだけだわ。オレは普通にベッドで寝る」

「なんでゾンビって土の中に入るんだろう……」

「ゾンビの本能だな。オレも土ん中は落ち着くし」

「え、そうなの!?」


 土の中で丸まって眠るノヴァを想像して、イオリは何故か庇護欲が掻き立てられた。


「ま、ベッドで寝るけどな。元人間のプライドって奴?」


 ノヴァはへらりと笑った。

 イオリの目にはその様子が少し寂しげに映る。


「ノヴァくん……」

「少し埃っぽいな。空気入れ替えっかー」


 ノヴァは部屋のカーテンを開ける。


「チッ。眩し……」


 ノヴァはサングラスのつるを掴んで、色のついたレンズを目に出来る限り近づけた。


「サングラスつけてるのに眩しいの?」

「ゾンビだからなァ。日光は苦手なんだよ。生まれつき瞳の色素が薄いもあるけど」

「へえー。二次創作が捗るね」

「にじそ……? 何の話?」

「こっちの話」


 眩しそうにしているノヴァの代わりに、イオリは窓を開けた。

 窓からは先程の墓場が見えた。

 ノヴァの部下のゾンビ達がうろうろと当てもなく歩いている。


「ここから、さっきの墓場が見えるんだね」

「そ。てめえがこの窓から逃げても、直ぐに外の奴らに気づかれるってこった」

「逃げないのに……。信用ない?」

「ある訳ねえだろ」


 けっ、とノヴァは吐き捨てる。

 自身は妹聖女である、とイオリが偽ったことを許せないらしい。


「あと必要なのは……食事かァ。この森、どれもこれもゾンビ化してて、生きてる人間が食えるもんねえんだよな。他所からかっぱらってくっか」

「ゾンビ化……?」

「動物とか魚とか。あとは野菜もだな」

「野菜も!?」

「時々悲鳴が聞こえっかも。まあ、いつものことだから気にすんなよ」

「いやいや、気になる! ゾンビ化してて悲鳴上げる野菜って一体何!?」


 声を荒げるイオリを見て、ノヴァはへらへらと楽しそうに笑った。

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