一触即発
「本性を現せ! 化け物!」
ライアーの優しい音色が広場に響き渡る。
ヒナは楽器が弾けない。
しかし、弦を横に一通り撫でれば、それなりの音は出る。
──何をするのかと思ったら、急に楽器を?
ヒナが何をしたいのか、イオリは首を捻った。
「あ……えっ……?」
ノヴァがぐらりと頭を揺らす。
手で頭を抑え、周囲を見回した。
雲一つない空に目を向けると、信じられないものを見るような顔で硬直した。
ノヴァの瞳が徐々に赤くなっていく。
様子がおかしい。
「の、ノヴァくん? どうしたの──」
イオリがノヴァに近寄り、手を伸ばす。
「──わあ!」
ノヴァがイオリを押し除け、ヒナに掴みかかった。
「ひいっ!」
ヒナの顔が恐怖で歪む。
ノヴァはハッとした。
「……くっ!《死霊の指揮者》!」
ノヴァが自身のスキルを使い、無理矢理地面に伏せさせた。
リブラがノヴァに駆け寄る。
「ノヴァ、一体何があった」
「音……! 音を止めないと……!」
「音? ヒナ様のライアーか?」
「違う……! うう……! オレは……!」
「違う? 何が違う?」
「嫌だ! 聞きたく、ない……!」
まるで、会話が成立していない。
ノヴァは唇を噛み締め、何かに耐えている様子だった。
ノヴァの目は赤く充血していて、明らかに正気ではないことがわかる。
初めて見るノヴァの様子に、リブラは困惑を隠せなかった。
「ノヴァ、説明しなさい。お前は今、何を──」
「ほらね! みんな見たでしょ!? そのゾンビは危険なの!」
ヒナは甲高い声で叫ぶ。
「ヒナ様、お静かに。今、ノヴァから話を聞いているところです」
リブラは冷たく言う。
ヒナは一瞬怯むが、構わず続けた。
「リブラさん、なんでそんなやつを庇うのよ? 弟だから? 人間を襲う、ただの化け物じゃない!」
「黙りなさい」
「ヒナがみんなの目を覚まさせてあげる! だって、ヒナが本物の聖女だもの!」
「黙れと言っている!」
リブラが声を荒げる。
これほど感情的になるリブラは、ノヴァと和解した時以来だ。
リブラは深く、長いため息をついた。
「ヒナ様を捕えなさい」
「……良いのか?【星の聖女】だぞ」
騎士団長のレオが呆れつつ言う。
「ヒナ様は少しお疲れの様子。休ませる必要があると思いませんか」
そう言うリブラの目は座っていた。
「俺個人はそうすべきだと思うが……」
レオはヒナの隣に立つ自身の主君──王子・ベリエに目を向けた。
「休みが必要なのはお前の方だ、リブラ殿」
ベリエはリブラを睨みつけた。
「そのゾンビは人間に襲いかかった。ここにいる全員が証人だ」
非難の目が、ノヴァとリブラに向けられる。
「何か理由があるのでしょう。今、ノヴァは正常な受け答えが出来ないようです。別室に運び、彼を尋問をします」
リブラは一歩も引く気はない。
ベリエはため息をついた。
「……お前はもっと、理性的な人間だと思っていたのだが……残念だ」
「……と主君がおっしゃっている。すまないな、リブラ殿」
レオは大剣を手に取り、リブラに向ける。
「あんたに剣を向けることになるなんてな」
騎士達がレオに倣って剣を抜き、リブラ達を取り囲む。
リブラはノヴァを庇うようにして立った。
「あんたも剣を抜いたらどうだ?」
「私は貴方達を仇なすつもりは毛頭ありません」
「あんたの大切なものを傷つけようとも?」
「ノヴァを守ることと、貴方に剣を向けることは、必ずしも一致しません」
レオは眩しそうに目を細めた。
「あんたは何処までも眩しく……正しい人だ。そのゾンビと会ってから、あんたの目は曇ってしまったようだ。もう、何が正しく、正しくないのか、もうわかっちゃいないだろう」
「私は元から、正しくなどない。取り返しのつかない過ちを犯し、私は酷く後悔した。理不尽に対抗し得る力を持っていたのにも関わらず、何もしなかった」
リブラは覚悟の決めた目をする。
「私は、もう二度と、あんな思いはしたくない」
【山羊座の守護者】シュタインボックはため息をついた。
「スコルピオン、リブラを止めよ」
【蠍座の守護者】スコルピオンは嫌そうな顔をする。
「良いのかよ? てめえ、目ぇかけてただろ?」
「こうなってしまった以上、致し方あるまい。取り返しのつかなくなる前に、止めてやるのが優しさじゃろう」
シュタインボックは杖で地面をとん、と叩く。
それを合図に、【星の守護者】達は武器を構えた。
【双子の守護者】ジェミニとポルックスは杖を握り締め、【射手座の守護者】サジタリウスは弓を持つ。
キャンサーとポワソン、アクアーリオは静観の姿勢を取った。
騎士達はリブラとノヴァを取り囲み、二人に剣を向ける。
リブラは涼しい顔で、ただそこに立っている。
リブラは国外で魔物と戦ってきた。
魔物に囲まれることなど、よくあることなのだろう。
攻撃する姿勢を見せないリブラに、誰も斬りかかろうとはしなかった。
数々の魔物を葬ってきた人類最強の男。
安易に近づけば一刀両断される──皆、そう感じている。
一触即発の雰囲気だ。
「ノヴァくん……! リブラさん……!」
イオリは二人に駆け寄ろうとするが、ヴァルゴに肩を掴まれ、止められた。
どうして止めるんですか、とイオリはヴァルゴに目を向けた。
ヴァルゴは首を横に振った。
「アナタが行ってもどうにもならないわ」
「でも……!」
「アナタが捕えられたら、二人を救う人がいなくなる。今は我慢よ」
「うう……どうしたら良いの……」
イオリは悔しそうに唇を噛み締め、兄弟を見守ることしか出来なかった。




