限界オタクが式典前に言い争いしてみたら
「──ちょっと! どういうことよ!」
着替えを終え、談笑をしていた【星の守護者】達がぴたりと話を止めた。
「今の声は──」
「ヒナの声だ! 姉聖女に何かされたのかもしれない!」
ベリエが控え室を飛び出して行った。
イオリとヒナは今、別室で聖女服の着付けをしている。
イオリがヒナに何かしたのではなく、イオリがヒナに何かをされたのではないか──ノヴァは心配に思った。
自分も直ぐにイオリの元へ駆けつけたかったが、同じ部屋には自分を嫌うヒナもいる。
どうしよう、とノヴァはリブラを見る。
リブラは頷いた。
「我々も向かいましょう」
□
【星の守護者】が二人の聖女のいる部屋に駆けつけた。
聖女服の着付けの終わったイオリとヒナが向き合っていた。
ヒナは顔を真っ赤にし、肩で息をしている。
イオリと着付け師が困った顔をして、ヒナを見ている。
「ヒナ、何があったんだ」
ベリエがヒナに駆け寄る。
「お姉ちゃんったら酷いのよ!」
ヒナはわあっと声を上げた。
「お姉ちゃんの癖に、豪華な服を着てるの! ヒナの聖女服は地味なのに!」
「そんなことで……?」
ヒナの言い分に、ベリエも困った顔をするしかなかった。
ヒナの聖女服は伝統に合ったシンプルなデザインだ。
ヒナにとっては『地味』なのだろう。
対して、イオリの聖女服は伝統を少し崩し、時流に乗ったデザインとなっている。
『俗物的』とも言えるが、若者が好むのはイオリの聖女服だろう。
「ヒナ、その服が良い! お姉ちゃん、譲って!」
「駄目よ、ヒナ。この聖女服は、ポワソンくんが私に合わせて仕立ててくれたものなの。サイズも合わないだろうし……」
イオリがそう言うと、ヒナは顔を真っ赤にさせた。
ヒナはキッとポワソンを睨みつける。
「じゃあ、ポワソン、ヒナの聖女服を作ってよ! 今、直ぐに!」
「えええ!? 今直ぐには無理ですよぅ……!」
ポワソンは困ってしまった。
「え? ヒナの聖女服もポワソンくんが作ったんじゃないの?」
イオリは首を傾げる。
「妹聖女殿は、ポワソンが貴女の式典服を仕立てたいと申し出たとき、断ったのです。『素人よりも、プロに任せたい』と」
キャンサーが疑問に答えた。
「ヒナがそんなこと言ったの……!?」
イオリは信じられない、という目にヒナを見る。
ポワソンは臆病で繊細な性格だ。
そんな風に言われて、酷く傷ついただろう。
「小生としましても、ポワソンが仕立てた服をいくつか見てから決めて欲しかったのです。ポワソンのセンスは素晴らしいですからな」
イオリは「うんうん」と頷いた。
イオリはソシャゲ【よぞミル】で、彼の仕立てた服をいくつも見てきた。
仕立て屋顔負けのデザイン力と縫合の精腕を持ってる。
そして、何より、仕事が凄まじく早い。
「しかし、妹聖女殿は『見なくても良い』と一刀両断しまして。それならば仕方ないと、王家御用達の仕立て屋に任せたのです」
キャンサーは残念そうに言った。
王家の依頼する仕立て屋なのだから、形式張った聖女服を仕立てるのは当然だろう。
完全にヒナの自業自得だ。
「だって、ポワソンが言ってたもん。自分は『下手の横好き』だって。こんなに可愛い服作れるって知ってなら、ヒナも彼に頼んだわ!」
──ポワソンくんは謙遜してそう言ったんだよ!
イオリは喉から出そうになる言葉を何とか口内に留めた。
ポワソンは非常に臆病な性格だ。
故に、他者から失望されないよう、保険をかける。
彼の仕立てた服の数々を見ていたなら、直ぐに謙遜だとわかったことだろう。
しかし、ヒナはキャンサーの慧眼とポワソンの仕立ての腕を低く評価した。
自称・作家というキャンサーの肩書きとポワソンの自信のなさが、ヒナの目を曇らせたに違いない。
「今から新しく服を作るのは、時間的に無理だよ。ヒナもわかるでしょう?」
「でも、ヒナ、お姉ちゃんのが良い! そうだ! お姉ちゃんの聖女服を、ヒナのサイズに直せば良いんだわ! それだけなら、今直ぐに出来るじゃない!」
ヒナはポワソンに期待の目を向けた。
ポワソンは困ってしまった。
「そのお洋服はイオリ様の奥ゆかしさをイメージしたもので……。ヒナ様には似合わないかと……」
ポワソンは言いづらそうにそう言った。
──私、奥ゆかしいと思われてたんだ!?
イオリはその事実に驚いた。
「はあああ!? ヒナは奥ゆかしくないって言うの!?」
ヒナは鼻の穴を広げながら怒った。
「すみませぇん! そういう意味ではなくてぇ! ヒナ様にはもっと明るい雰囲気のお洋服の方が良いと思ってぇ……!」
ヒナがポワソンに詰め寄っている隙に、ノヴァがイオリに近寄った。
「大丈夫か、イオリ」
「ノヴァくん……」
イオリはノヴァの顔を見て、フッと頬が緩んだ。
「私は平気」
傷ついたのは、ポワソンとヒナの聖女服を繕った仕立て屋だろう。
「ちょっと! そのゾンビも良い服着てるじゃない!」
ヒナはノヴァの姿を見て、目を吊り上げた。
「ゾンビよりヒナの洋服が地味なのは絶対におかしい! ゾンビはボロ切れでも来てれば良いのよ!」
「いい加減にしなさい、ヒナ。忙しいときに我儘を言って、みんなを困らせないで」
イオリは強い口調で言った。
「ヒナの聖女服も素敵じゃない。また改めて、ポワソンくんに仕立てをお願いしようよ」
イオリはヒナをそう言って宥めた。
ポワソンはイオリの言葉に、ぶんぶんと首を縦に振った。
「え、ええ! このポワソン、腕のよりをかけて、仕立てさせて頂きますともぉ!」
しかし、ヒナは納得してないような顔をしていた。
ヒナの味方であるはずの王子・ベリエはその様子をただただ見ていた。
ベリエは疲れたようにため息をついた後、爽やかな笑みを顔に貼り付け、ヒナの前に立った。
「ヒナ様、そろそろ参りましょう。民衆が聖女様をお待ちですよ」
ベリエはヒナに手を差し出した。
ヒナは不機嫌そうな顔で、渋々、ベリエの手を取る。
ベリエに手を引かれ、ヒナは扉へと向かう。
「すみません。妹がご迷惑かけて……」
イオリはポワソン達に頭を下げた。
「謝るのはわたくしの方です! わたくしが素敵な服を作ってしまったせいで……」
ポワソンも頭を下げた。
「ええ、そうですね。ポワソンがとても良い服を作れるばっかりに……」
キャンサーは冗談っぽくそう言って笑った。
□
退室する寸前、ヒナはイオリ達の様子を見て、フン、と鼻を鳴らした。
ヒナは太ももに手を当てる。
服の下に、見知らぬ男から貰ったライアーが隠されている。
「今に見てなさい。そのゾンビの本性、みんなの前で見て貰うんだから」




