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限界オタク聖女が敵の拗らせゾンビ男子を溺愛してみたら  作者: フオツグ
限界オタクと推しとメインキャラと。
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間話 リブラの相談

「キャンサー殿、折り入ってご相談が」


 明星寮の廊下。

 キャンサーはリブラに呼び止められ、警戒する。

 リブラは正義感に溢れる男として有名だ。

 一度、罪を犯しているところを暴かれたら、徹底的に調査され、断罪される。

 キャンサーの父が代表になっているプレセペ商会は、何もクリーンな仕事をしてきただけではない。

 商会を大きくするために、法律に抵触するスレスレのラインの仕事も行ってきた。

──プレセペ商会の調査か? 父上がそんなヘマをするとは思えないが……。それとも、狙いは僕? だけど、僕は彼に目をつけられるようなことはしていないはず……。

 キャンサーはそう考えながら、人好きのする笑顔をリブラに向けた。


「何でしょう、リブラ殿。ご入用なものなら、小生にお任せあれ」


 腹の内を悟らせないように微笑みを作るのは、キャンサーの癖だ。

 そうしなければ、商売の水の都では生きていけない。


「売っているものではないのですが……」

「ほほう、非売品ですか。いえ、遠慮なくおっしゃって下さい。小生、コレクターの友人がいるので、融通して貰えるよう交渉をしましょう」

「友人が多いようで何より。では──」


 リブラは言った。


「──イオリ様が描かれている『神官とゾンビのキャロル』を買いたいのです」

「……は?」


 キャンサーは笑顔のまま、固まった。

 著作者〝シキオリオリ〟ことイオリ、翻訳者・キャンサーの共同執筆本『神官とゾンビのキャロル』──通称・神キャロ。

 この作品に出てくる神官の兄のモデルはリブラである。

 製本にあたり、イオリから「リブラさんとノヴァくんの目には決して触れさせないようにして下さい!」と口酸っぱく言われた。

 理由は「ナマモノだから」だそうだが、キャンサーにはいまいちわかっていなかった。

 しかし、イオリとは今後も良い関係でいたかったので、承諾した。

 リブラに情報が行かないよう、統制していたはずだったのだが……。


「……失礼ですが、どちらからその情報を?」


 キャンサーは内心を悟られないよう、落ち着いた口調で尋ねた。


「ポワソンからです」

「ああ、ポワソン……」


 キャンサーは心の中で天を仰いだ。

 ポワソンはキャンサーの気の置ける友人である。

 彼は《神秘眼》という特殊な瞳を持つせいで、人付き合いが苦手だった。

 部屋に閉じこもり、裁縫をするのが好きだった。

 そんな彼を、外の世界に引っ張り出したのは、他でもないキャンサーだ。

 ポワソンはキャンサーと同じ、娯楽小説を好んで読むため、〝マンガ〟という新しいジャンルにも興味があるだろうと、彼に本を渡した。

 キャンサーが制作に携わった本だから、自慢したかったのもあり、読むように勧めた。

──まさか、あのポワソンが積極的に人と話に行くなんて。それも直接本人に! 全くの予想外だ……。

 それだけ、『神官とゾンビのキャロル』はポワソンの好みに合った、ということだろう。

 もっと注意すべきだった、とキャンサーは後悔した。


「申し訳ありません、リブラ様。あの本は小生の友人にしか配っていないものなのです」


 キャンサーはやんわりとリブラの申し出を断った。


「そうですか……」


 表情こそ変わっていないが、リブラは目に見えて落ち込んでいる様子だった。

──本が手に入らないことがそんなにもショックか。しかし、あの本は「本人に見せない」という約束で製本させて貰ったんだ。彼女とは、これからも良い関係でいたい。


「よく戦線を共にしていたので、キャンサー殿とは友人だと思っていたのですが……。私だけだったのですね……」


 リブラは落胆した声でそう言った。

──落ち込む理由、そこ!?

 キャンサーは驚いた。

──確かに、シキオリオリ先生の作品で語られていた……。リブラ様はピュアだと! そんなはずないと思っていたが、まさか本当に……。

 キャンサーは小さく深呼吸したあと、口を開いた。


「……あの本の内容は史実を元にしているものです。登場人物にはモデルがおり、ご存知の通り、それはリブラ殿と貴君の弟君です。物語はイオリ殿の主観を元に脚色されており、モデルとなったお二人を傷つける恐れがあるのです」

「私はどう描かれていても構いません」

「これはイオリ殿の配慮なのです。ご理解なされますよう」


 キャンサーは胸に手を当てて言った。


「イオリ様なら、我々のことを悪く描かないでしょう」

「わかりませんよ? 公序良俗に反する行いをしている、と描かれているやも」


 リブラはむっとした。


「イオリ様はそんなことしません」


 キャンサーは「ふふ」と笑った。


「イオリ殿を随分と信頼してるんですな」

「はい」


 リブラは即答した。


「……わかりました。リブラ殿にお渡しして良いか、シキオリオリ先生本人に聞いてみますね」


──まあ、断られるでしょうが。

 キャンサーはそう思いつつ、頷いた。


「ありがとうございます、キャンサー殿」


 リブラは表情を変えなかったが、喜んでいる様子だった。


「それと、本の執筆は構いませんが、イオリ様の部屋にあまり長居しないように」

「おや、何か間違いが起こると?」

「間違い……? いえ、嫉妬してしまうので」

「ほほう。リブラ殿が嫉妬を……」


 キャンサーはリブラをからかうように笑った。

──神官と聖女の恋物語……売れそうな題材だな。詳しく話を聞きたいが……。


「私ではありません」


 リブラは首を横に振る。


「弟です」

「……ははあ。なるほど」


──弟君がイオリ殿を……。

 ゾンビと聖女の恋物語もこれまた売れそうな題材だ。

 それぞれ違う世界で生きてきて、種族も所属も使命も別々の二人。

 障害の多い恋になりそうだ。

──しかし、イオリ殿の方は恋愛感情を持ってはいなさそうだったな……。

『神官とゾンビのキャロル』でも、聖女の存在は蚊帳の外だった。

──前途多難だな、ゾンビ殿。

 キャンサーはフッと笑った。


 その後、リブラの執念深い説得にイオリが折れて、本を渡して良いことになった。

 とんだお人好しだ、とキャンサーは思いつつ、本を刷った。

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