手のひらの上の聖女
明星寮、会議室。
聖女勉強会が行われていた。
「──今日の授業はここまで。お疲れ様でした、お二方」
キャンサーが教科書を閉じて、イオリとヒナに笑いかけた。
「はい! ありがとうございました! キャンサー先生!」
イオリはキャンサーに笑顔でお礼を言った。
キャンサーはイオリに歩み寄る。
「シキオリオリ先生、このあと、お部屋に伺ってもよろしいですかな?」
「ああ、〝原稿〟ですね? わかりました!」
そんな会話をしながら、イオリとキャンサーは会議室の外へ出ていく。
会議室の前で、ポワソンが待っていた。
「シキオリオリ先生!式典服のご相談なんですが……」
「はい! じゃあ、みんなで私の部屋に行きましょう!」
仲睦まじい三人の様子を見て、ヒナは歯噛みした。
□
「王子様! お姉ちゃんをどうにかしてよ!」
ヒナは王宮にあるベリエの執務室に訪れ、ベリエに直談判した。
ベリエは目を閉じ、ヒナの言葉を聞いている。
「お姉ちゃんと一つ屋根の下なんて……ヒナ、もう耐えられない!」
ベリエは真剣な顔で首を横に振る。
「ヒナ……もう決まってしまったことだ。私にはどうにも出来ない」
「ヒナは納得してない! なんで、みんなヒナを無視して決めちゃうの!? ヒナは聖女なのよ!? 特別なの!」
「他の誰でもない、シュタインボック様が決定したことなんだ。我々は従うしかない」
「あのチビが何なのよ! 王様でも何でもないんでしょ!?」
「王族よりも、【星の聖女】ことを知っているお方だ。聖女の扱い方は、シュタインボック様に一任されている」
ぐう、とヒナは唸り声を上げる。
「オカマも、聖女勉強会の教師も、ポワソンも! お姉ちゃんに取り込まれちゃったの! 魔物の魔の手は直ぐそこまで来てるのよ!」
ヒナは机を力一杯叩く。
机の上に積まれていた書類が宙を舞った。
ベリエは「はあ」とこれ見よがしにため息をついた。
「ヒナ、頼む。今は我慢してくれ。皆、聖女降臨際の準備に追われていて忙しいんだ。聖女降臨際が終わったら、話を聞くから……」
ベリエは優しくそう諭した。
それが逆に、ヒナの神経を逆撫でした。
「……もう良い! 王子様の分からず屋!」
ヒナは執務室のドアを乱暴に閉め、外へ出た。
□
「もう! もう! 何なのよ! お姉ちゃんばっかり!」
ヒナは足音を響かせながら、誰もいない明星寮の廊下を歩く。
「王子様は公務があるからって寮に住んでくれないし! レオ騎士団長も反抗的だし! 双子も最近ノリが悪い! 何でなの!? ヒナは聖女なのに!」
ヒナは指の爪をがじがじと噛む。
「ヒナの味方はここにいない……。全部、あのゾンビのせいだわ。お姉ちゃんがゾンビに何かされてから、おかしくなった」
ヒナはぴたり、と足を止めた。
「本物の聖女であるヒナが何とかしないと……」
「──ええ、皆に教えてあげなくてはなりません。あのゾンビの危険性を」
ヒナの独り言に、誰かが口を挟んだ。
ヒナは驚いて、振り返る。
「誰!?」
そこには、白い服を着た男が立っていた。
白い服の男はヒナに礼をした。
「初めまして、妹聖女・ヒナ様。ボクは【星の守護者】の一人、アルバリと申します」
明星寮は、聖女と【星の守護者】が住む寮だと聞いている。
ここにいるアルバリと名乗る男は【星の守護者】なのだろう。
しかし、ヒナには見覚えがなかった。
「あなた……【星の守護者】? 会議にいたっけ?」
「諸事情により、会議には参加出来ませんでした」
「そういえば、一人欠席してたような……?」
ヒナは「なら見覚えがないのは当然か」と呟く。
アルバリの頬に【星の守護者】の証がある。
彼は【星の守護者】に違いないのだろう。
──でも……なんか、変?
彼の【星の守護者】の証は何処か違和感のある星座だった。
何かが欠けている──しかし、何が足りないのか、星座に疎いヒナにはわからなかった。
わからないことを考えても仕方ない。
ヒナはアルバリに尋ねた。
「……で? ゾンビの危険性を教えるって何するの?」
「あのゾンビの本性を暴いてやるのです。聖女降臨祭という、大舞台で」
ヒナは目を見開いた。
「聖女……降臨祭で……」
「民衆の前で失態を晒したら、言い逃れ出来ないでしょう? 他の皆も、問題を後回しに出来なくなります」
「そうね、その手があったわ! みんな、ゾンビの真の姿を見たら、ヒナの言うことを信じてくれるはず!」
「はい。これはゾンビの危険性に気づいている、本物の聖女たるヒナ様にしか出来ないことです」
「でも、どうやって本性を暴くの? あいつは狡猾よ。しっかりしてるリブラさんまで騙したわ! みんなの前でなんて、絶対ボロなんか出さないわ」
「ヒナ様のおっしゃる通りです。あのゾンビは一筋縄ではいかない……。でしたら、こちらをお使い下さい」
アルバリは楽器のハープのようなものをヒナに手渡した。
「……これは?」
「ライアーと呼ばれる楽器です。このライアーの音色は、魔物の本性を暴きます。聖女降臨祭で、これをお弾き下さい」
「これを弾けば……あいつの本性が暴ける……」
ヒナは気分が高揚するのを感じた。
ゾンビの危険性を暴ければ、皆、ヒナのことを称賛するだろう。
「貴女を信じずに申し訳ありません」と頭を下げてくるかもしれない。
召喚された直後のように、また、ちやほやされる日々が戻ってくる。
「この世界の命運は、ヒナ様にかかっています」
「世界の命運が私に……」
ヒナは口端を上げた。
「そうよ。私が真の聖女なの。みんなに教えてあげなくちゃ」
アルバリは頷いた。
「ヒナ様、このライアーは他の者に見られてはいけません。ゾンビに操られた者達が、私達の計画に気づき、奪ってくるかもしれませんから……」
「そ、そうね……。急いで隠さなきゃ!」
ヒナはライアーを胸に抱えて、足早に自室へと向かった。
□
アルバリは去っていくヒナの後ろ姿を見て、ほくそ笑んだ。
「人間とは何とも御し易い……」
アルバリはヒナと反対方向に歩き出した。
「大事な賓客とやらに、足元を掬われるが良い」