限界オタクが仕立て屋に会ってみたら
コンコン、と扉のノックする音が聞こえ、二人はそちらに目を向ける。
「イオリ様、リブラです」
リブラの声だ。
イオリは立ち上がり、扉に向かった。
扉を開くと、リブラの無愛想な顔があった。
「ノヴァとは話せましたか」
「……リブラさん〜」
イオリは文句ありげにリブラを見る。
「人の部屋に勝手に入って、ノヴァくんを一人置いていかないで下さい!」
「申し訳ありません。イオリ様が喜ぶかと」
リブラは少ししゅんとしたように見えた。
──久しぶりにノヴァに会えたら、イオリ様は喜ぶ。サプライズで部屋にいたらもっと嬉しいに違いない!
リブラはそう思ったそうだ。
イオリはそれ以上、叱る気になれなかった。
「嬉しかったですけど……! もうしないで下さいね! 勿論、他の人にも!」
「わかりました」
リブラは素直に頷いた。
本当にわかったのか、表情からは読み取れなかった。
「さて……今回、ノヴァを明星寮に呼んだのには理由があります」
「え……」
ごくり、とイオリのノヴァの喉が鳴る。
「採寸です」
二人は思わず、顔を見合わせた。
「……採寸?」
「聖女降臨祭のため、聖女様のお召し物をご用意せねばなりません。聖女様は魔王討伐の要。最上級の法衣を纏って頂かなければ」
「それはわかる。わかるけどぉ……。なんで、オレまで!?」
ノヴァは叫ぶ。
「ノヴァが我々の協力者であることも、聖女降臨祭のときに公表する予定です。そのとき、綺麗な服を着ていた方が、民衆も受け入れやすいでしょう」
「公表!? オレを!?」
「裏でこそこそ活動するより、公にした方が良いと考えました」
「そうかあ……?」
「『実直を謳うなら、常にそうであれ』……シュタインボック様もおっしゃっていたでしょう」
「そういう意味で言ったんじゃねえと思うけど!?」
リブラは視線を下に落とした。
「これは私の我儘です。今まで何もしてやれなかった分、ノヴァに新しい服を見繕いたいと」
「兄貴……」
ノヴァはがしがしと頭をかいた。
「……わかったよぉ。イオリと並んでも変じゃない服で頼む……」
「そう伝えます」
リブラは頷いた。
「ノヴァの仕立てを引き受けてくれる仕立て屋がいなかったのですが」
「そりゃ、ゾンビと密着したら、いつ噛まれるかわかんねえからな」
「最近現れまして」
「誰だよ、そんな物好き……」
「一度会ったことがありますよ」
「はあ? いつ?」
「【星の守護者】会議のときです」
リブラは扉に目を向ける。
「いつまでそこに隠れているのですか。入って来なさい」
「は、はぁい! すみませぇん!」
慌てて扉の影から現れたのは、【魚座の守護者】ポワソンであった。
両目は前髪に隠れて見えず、体は濃い紫色のローブに身を包んでおり、服さえ見せないようにしている。
「は、初めましてぇ。わたくし、ポワソンと申しますぅ」
ポワソンは深くお辞儀をした。
「魚座の……! 初めまして、ノヴァです」
ノヴァも負けじと深く礼をした。
「ポワソン様が仕立て屋……? 占星術師と聞いてましたが」
「お恥ずかしながら、わたくし、裁縫が趣味でしてぇ……。リブラ様が二人の式典服を繕う仕立て屋を探しているようでしたので、わたくしが『是非に』と! 不肖わたくしめ、全身全霊で取り組ませて頂く所存ですぅ!」
ポワソンは床に頭突きをする勢いで頭を下げた。
「このように言っていますが、彼の縫合の腕は確かです」
リブラがそう説明する。
実際、ポワソンが作った服を【星の守護者】達が着ることが多い。
ソシャゲ【よぞミル】の課金要素の一つであるガチャ。
常設のガチャからは、【星の守護者】は普段着ている服装で排出される。
期間限定ガチャから排出されるのは、普段と違う装いの【星の守護者】達だ。
性能そっちのけで、服目当てでガチャを引くユーザーがほとんどだろう。
その服を作ってることが多いのが、ポワソンである。
イベントストーリーでは、ポワソンが作った服に身を包み、【星の守護者】が任務に赴く──というものも数多くある。
センスはお墨付き、という訳だ。
「ゾンビのオレのために繕ってくれるだけ、ありがたいですよ。よろしく願いします、ポワソン様」
ノヴァはポワソンに笑いかけた。
ポワソンはノヴァの顔をじっと見ながら、顔を上げた。
「やっぱり」
ポワソンはぽつりとそう呟く。
ノヴァは訝しげにポワソンを見た。
「……あの、オレの顔に何か?」
「……あっ! い、いえ……」
ポワソンは顔を逸らし、ささっと前髪を手で払った。
そのとき、ちらりとポワソンの瞳が見えた。
ノヴァは目を見開き、ポワソンの手を掴んだ。
「ひっ……な、な……!」
ノヴァは前髪の隙間から覗く、ポワソンの瞳を見つめる。
ポワソンの目には、まるで、夜空が瞳の中にあるような、不思議な球体が埋まっている。
片側には【魚座】の証があった。
「……《神秘眼》だ」
ノヴァはほう、と感心した。
ポワソンはサッと顔を青くさせた。
「過去、未来……森羅万象を見通す瞳──《神秘眼》。百年に一度、瞳を持つ者が現れると言われている。昔、王族に《神秘眼》を持つ者がいて、魔物の襲来を予言したという話は有名だ」
ノヴァは口元を綻ばせる。
「凄え、初めて見た……。本の中の話じゃなかったんだな……」
ポワソンは手を振り払い、手で両目を覆った。
「す、すみませぇん! こんな目で、じっと見てしまって! はしたないですよねぇ……!」
ポワソンは頭を下げる。
「なんで謝るんですか? はしたなくないでしょう。凄い瞳じゃないですか」
「恥ずかしながら、わたくし、瞳の制御が出来ないのです……。見て欲しくないものまでわたくしは見えてしまう……。嫌、でしょう。勝手に見られるなんて……」
「オレは別に……。見られて当然ですから。オレみたいな、魔王軍から来た奴」
「貴方を疑ってる訳ではないんです! その……〝あの話〟が、事実かどうか見えないかなって思ってしまって……。ああ! わたくしはなんて、はしたないんでしょう!」
「〝あの話〟……?」
ノヴァとリブラは首を傾げた。




