限界オタクが近況報告してみたら
今日の聖女勉強会を終え、イオリは自身の部屋に戻った。
「ただいまー」
誰もいない部屋の中に向かってそう言うのは、いつもの癖だ。
「おかえり、イオリ」
扉を開けると、久しぶりのノヴァの顔が飛び込んできた。
「の、ノヴァくん!? 何で私の部屋に!?」
「え!? ここ、お前の部屋だったのか!? 「兄貴に『ここで待ってなさい』って言われたから、てっきり、無人の部屋かと……ごめん」
──リブラさん……。ノヴァくんを女性の部屋に勝手に侵入させないでよ! ほら、ノヴァくんが落ち込んじゃったじゃない!
引っ越したばかりで、イオリの部屋には全くものが置かれていないのが仇となった。
服はクローゼットに全てしまってあるし、ベッドの上の布団は綺麗に畳まれているし、机の上にはランプとペン立てしかない。
ちなみに、『神官とゾンビのキャロル』の原稿は、机の中にしまい込んである。
──リブラさんのことはあとで叱っておくとして……。
「遠征から帰ってきてたの!? お疲れ様!」
イオリはノヴァに駆け寄る。
「そっちもな。勉強お疲れ様」
「ご飯とか食べてる? よく寝れてる?」
「どっちもゾンビには必要ないもんだわ。調子は至って普通。遠征ではちょっと……色々あったけど」
「『ちょっと』なのに、『色々』って何!? 詳しく聞かせて!」
「じゃあ、座って話そう」
イオリとノヴァは席に着く。
イオリの前には紅茶が出される。
その間、ノヴァは遠征の時のことについて話した。
塔に行ったこと。
塔の下のゾンビ達を紹介したこと。
【蠍座の守護者】スコルピオンの策略にハマり、【山羊座の守護者】シュタインボックを殺しかけてしまったこと……。
「う……。ボス、シュタ様の暗殺計画にノヴァくんを使うなんて……」
イオリは背中を丸めた。
「ボスを注意するよう言っておけば良かったね……。ごめん」
「いや、兄貴に忠告されてたのに油断したオレが悪いし」
ノヴァは何故イオリが謝るのか不思議なようだった。
「ボスはね、シュタ様と従属契約を交わしてるんだ。ボスは解放されるために、シュタ様の寝首をかこうと、常に命を狙ってるんだよ」
「でも、シュタインボック様は不死なんだろ?」
シュタインボックは〝最古の【星の守護者】〟と言われている。
彼は不死なのだろう、とノヴァは思っていたようだ。
「シュタ様は広義的な意味では不死だけど、死なない訳じゃないよ。シュタ様の星座は魂に刻まれてるから、魂を移し替えれば、擬似的な不死になれる」
「お前……何でそんなことまで知ってんだ?」
「え? えーと……」
「この世界に来てそんなに経ってないだろ。なのに、本人にしか知り得ないことも知ってる。一体何故だ……?」
──ノヴァくん、疑ってる? ……私の……何を?
イオリはゲームの知識を悪用する気はない。
むしろ、ノヴァの幸福のために、最大限活用するつもりだ。
「今言えることは……。私が【星の聖女】だからってことくらいかな……」
そう言ったが、イオリは話すつもりなかった。
話す必要性を感じていない。
この世界が創作物の世界だなんて言っても、悪戯に混乱を招くだけだ。
──ごめんね、ノヴァくん。
「……わかった」
ノヴァは納得していない顔をしていた。
「で、今日は何の授業をしたんだ?」
ノヴァは話を変えた。
「えーと。地理とか、歴史とか」
「そら大変だったろ。知らねえ世界の地理とか歴史とか、興味ねえもんな」
「興味ありまくりだよ! ノヴァくんの世界だもの!」
イオリは鼻息を荒くしてそう言った。
「……あそ」
ノヴァは緩む口元に手をやった。
照れ隠しだ。
「そんなに興味あるなら、オレがこの世界について教えてやろうか? ……なーんて」
「良いの!?」
イオリは目を輝かせ、身を乗り出した。
ノヴァは思わず仰け反った。
「お、おう……。わかる範囲だけど」
「やった! ノヴァくんの声で世界の説明を聞けるなんて、夢みたい! 録音して何回も聞きたい〜!」
興奮するイオリにノヴァは尋ねる。
「勉強会は妹聖女と一緒なんだろ? どうなんだよ」
「ヒナと? ……うーん」
イオリは椅子に座り直した。
「お互い、ほぼ無視状態だよ」
「仲良くしてえ?」
「そうでもないかな……。嫌われてる人にわざわざ関わりに行くほど、私メンタル強くないから……」
イオリは誤魔化すように笑った。
「ノヴァくん、暫く王都にいるの?」
「次の遠征の日程が決まるまでは兄貴の家で待機」
「早くも次の遠征……やる気だね、ノヴァくん」
「ああ。目的が出来たんだ」
ノヴァは嬉しそうに言った。
「【墓場の森】にワープドアを設置しようって、提案してみた」
「【墓場の森】にワープドアを!?」
イオリは思わず大きな声を出してしまった。
【墓場の森】のワープドアの設置は、魔王軍でさえしていない。
「ワープドアから魔王軍の領地に進軍出来たら楽だろ? 出来るだけ、【オークの山】に近い位置に設置出来たらって」
「確かに便利だけど……」
イオリは不安そうに言った。
「ワープドアの設置が終わったら、ノヴァくんがお役御免になるんじゃ……」
「ワープドアには定期的なメンテナンスが必要だろ? メンテナンスのとき、オレが護衛をする。お役御免だからポイっとはされねえ」
ノヴァは笑う。
「だが、問題は山盛りだ。魔王軍に利用されないようにとか、ゾンビに壊されないようにとか、色々考えないといけないからな」
ノヴァは楽しそうだった。
人の役に立てるのが、嬉しいのだろう。
──こういうところが好きなんだよなあ。
イオリはふふ、と
ノヴァはそれに気づいて、こほん、と咳払いした。
「そうだ。【星の守護者】様達への手土産に、【星の欠片】をたくさん持ってきたぜ」
「え!?」
「教えてくれただろ。【星の欠片】でパワーアップする方法」
【星の欠片】は魔物が死亡した成れの果てだ。
だが、それを体内に取り込むことで、人間はレベルアップが出来る。
「すっかり忘れてた……」
「おいおい……」
ノヴァは呆れた。
「ねえ、その【星の欠片】って、もしかして……」
イオリの問いに、ノヴァは頷いた。
「【墓場の森】のゾンビ共だよ。ゾンビとはいえ、墓を暴くのは気が引けたが……。こいつらも、人間の糧になれれば、少しは浮かばれるかもって思ってさ」
ノヴァは慈愛に満ちた目を窓の外の空に向けた。
「……『お前らの二度の死は、無駄じゃなかったぞ』って」
「ノヴァくん……」
──本当、仲間思いの良い子なんだから……。
イオリは目頭が熱くなるのを感じた。




