限界オタクがゾンビのいる森に来てみたら
魔王城は常に夜のような暗さである。
しかし、空には星も月も浮かんでいない。
夜目の効かない人間のイオリは、城の中を一人で歩くこともままならない。
ノヴァはつい先程、「魔王様に呼ばれた」と言って、部屋を出て行った。
イオリは部屋に待機することになった。
本を読んで待とうにも、明かりがなくて見えず、暇を持て余していた。
「ただいま」
ノヴァが帰ってきた。
「おかえり、ノヴァくん。何の呼び出しだったの? もしかして、私に関して……?」
妹聖女と間違えて姉聖女・イオリを連れてきたこと、まだネチネチと言われているのだろうかと、イオリは心配になった。
ノヴァは浮かない顔で言った。
「イオリ、急で悪ぃが、今日ここを発つ」
「発つって……もしかして、ノヴァくんが管轄してる【墓場の森】に?」
「そうだ。オレが任せられてる区画【墓場の森】──って、何で知ってんだ!? 聞いてたのか!?」
「ごめん。未来予知」
「聖女ってそんな力もあんのかよ……」
「ないけど」
「ねえのかよ! ……ったく、調子狂う……」
ノヴァはため息をつく。
「【墓場の森】は魔王軍領と人間の国・聖ソレイユ王国の境にある。魔物と人間を分離する境界線だ」
「そこのボスがノヴァくんなんだよね」
「そう。人間共がその境界線に入ってこようとしているってんで、戻んなきゃなんなくなった。だから、てめえも連れていく」
「私も?」
「てめえはオレに従属してんだろ。オレがてめえから離れたら、てめえが魔王城で好き放題しても止めらんねえってことじゃねえか。てめえの魂胆は丸見えなんだよ」
ノヴァはフン、と鼻を鳴らす。
「流石にアウェイの場所で暴れたりは……」
「オレを騙したのに?」
ジロリとノヴァはイオリを見る。
妹聖女だと偽ったこと、根に持たれているらしい。
「それは本当にごめん……」
イオリは謝った。
「絶対に戻らないと駄目なの?」
「当たり前だろ。魔王様に様子を見て来いって言われてるし、人間共が侵入してきたら追い返さねえと」
「そう……だよね」
イオリは知っていた。
【墓場の森】は【星の聖女】が異世界に来て、最初に魔王軍と戦うチュートリアルステージだ。
そこで連れ去られた聖女を魔王軍から取り返し、【星の守護者】に戦闘を教わる。
ステージボスのノヴァはもちろん倒されることになる。
そして、それ以降、ノヴァがストーリーに出て来ることはない……。
──何とかして、ノヴァくんを生き残らせないと……。
ノヴァは思い悩むイオリに舌打ちをした。
「文句言わずに来い! 四十分で支度しろ!」
「四十分も支度……させて貰えるんだ……」
ノヴァの優しさにイオリは胸がきゅんとした。
□
チュートリアルステージ【墓場の森】。
鬱蒼とした森の中に、たくさんの墓がある。
ゾンビは噛むことで仲間を増やすため、人間の死体は火葬される。
……はずだが、火葬されずに打ち捨てられる死体も多くある。
ここは死体達の行き着く場所。
そんな背景を知っているからか、墓場に漂う生暖かい空気がおどろおどろしく感じ、イオリは身震いする。
「なんかお化け出そう……」
「お化けもゾンビをいるぜ」
「ヴェッ」
イオリは恐ろしさに汚い悲鳴を上げた。
暫く小径を進むと、塔が見えてきた。
塔の下にも墓石が立ち並んでいる。
「帰ったぜー」
ノヴァがそう叫ぶと、土の中から手がボコボコと出て来た。
次いで、血色の悪い人間が土の中から這い出してくる。
「ひぃー! ゾンビ映画みたいだー!」
イオリは震え上がり、ノヴァの後ろに隠れた。
「あー、のゔぁさまだー」
「おかえりー」
ゾンビ達が口々にノヴァの名前を呼び、のろのろと近寄ってきた。
「おー、ただいま。てめえら、良い子にしてたかー?」
ノヴァはゾンビ達に笑いかける。
「うんー」
「いっぱいねてたー」
「ねるのがんばったー」
「のゔぁさまー、べんきょう、おしえてー」
「オレの用事が済んだらなぁ」
ノヴァはゾンビ達に笑いかけたまま、イオリに話しかける。
可愛い笑顔が眩しい。
「イオリ、顔見せてやれ。オレが怖くねえなら、こいつらも怖くねえだろ」
「う、うん……」
イオリはいそいそと顔を出す。
「こ、こんにち……」
「──ばあー」
「ほぎょっ!?」
後ろから声をかけられ、イオリは体を飛び上がらせた。
後ろを見れば、土に塗れた子供のゾンビがイオリの腰に抱きついている。
「へんなこえー」
子供ゾンビはケラケラと笑う。
「こら。人間が嫌がることしちゃ駄目だろぉ」
「のゔぁさま、ごめんなさいー」
「謝んなら、こいつにな」
「にんげん、ごめんなさいー」
子供ゾンビはぺこり、と頭を下げる。
「ううん。私も変な声出してごめんね」
「じゃあ、なかなおりー?」
「うん。仲直り」
イオリと子供ゾンビは笑い合う。
「良い子だねえ」
「な? 怖くねえだろ?」
「うん」
イオリは頷いた。
「この子供も……ゾンビなんだよね」
「おう。オレの部下」
「じゃあ、私と同じ従属者?」
「従属契約なんてしなくても、こいつらはオレに従う。ゾンビは知能が低いからな。仲間だと思えば襲ってこねえんだ」
「ノヴァくんもそうなの? そうは見えないけど」
「オレは『知的ゾンビ』って言って、知性のある特殊なゾンビなんだ。だから、こいつらのボスしてる」
部下ゾンビ達は首を傾げた。
「ねー、このひとだれー?」
「のゔぁさまのこいびとー?」
「違えよ。人間のイオリって言うんだ」
「にんげんー?」
「かむー。なかまにするー」
「仲間にしたら駄目だ。イオリは人間だからこそ、利用価値がある」
「りようかちってなにー」
「大切な人ってこと!」
「たいせつー」
「やっぱりこいびとー」
「だからぁ……恋人じゃあねえ」
ノヴァは「仕方ねえな」と笑った。