ゾンビ男子、遠征に行く
【墓場の森】第一回の遠征には、三名の【星の守護者】が同行した。
ノヴァの兄であり、推薦者、【天秤座の守護者】リブラ。
遠征の提案者で見届け人、【山羊座の守護者】シュタインボック。
受刑者、【蠍座の守護者】スコルピオン。
この三人はシュタインボックによって選抜されている。
──この三人を無事、王国へ帰すのが、オレの役目……。
ノヴァは唾をごくりと飲み込む。
「オレから離れないで下さいね。それと、ゾンビの気配がしたら教えて下さい」
ノヴァが三人に言うと、リブラは頷いた。
「はーあ。なんで俺様まで遠征に来なきゃなんねんだよ」
スコルピオンは頭の後ろで手を組み、文句を垂れた。
「文句を言うでない、スコ坊。この遠征で良い働きをすれば、恩赦が貰えるやもしれんぞ」
シュタインボックはスコルピオンを宥める。
「そう言って、恩赦なんか貰ったことねえじゃんよ。耳障りの良い言葉ばっかり並べやがって、クソジジイが……」
スコルピオンはケッと吐き捨てた。
──シュタインボック様を『クソジジイ』と呼ぶなんて……。
ノヴァは驚いて、スコルピオンをじっと見る。
すると、スコルピオンと目が合った。
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
スコルピオンはノヴァの顔を見て、ニヤアといやらしく笑った。
「あんたも大変だなあ」
スコルピオンがノヴァの肩に腕を乗せた。
「こんな従属契約なんてさせられて、挙げ句の果てには、命懸けでボランティアだもんなあ」
スコルピオンはノヴァの手を掴み、手の甲にある従属契約の印を見た。
「仲間同士仲良くしようぜ?」
「仲間同士……?」
「ほら、俺も従属させられてんだ。そこの、ジジイにな」
スコルピオンは自身の手の甲にある従属の証を、ノヴァに見せつけた。
「俺らは使い捨ての駒。この遠征で殺されようが、ゾンビになろうが、代わりはいくらでもいるってこった」
ノヴァが裏切り、ゾンビを使って彼らを襲っても、何も問題はない。
シュタインボックはそういう人選をしている。
魂に【星の守護者】の証が刻まれているシュタインボック。
受刑者のスコルピオン。
二人は死んでも〝代え〟が効く。
リブラはノヴァの推薦者として同行している。
「ったく、ちょっと人のもんを盗んだくらいでよお」
「一体、何を盗んだんだ?」
ノヴァの質問に、スコルピオンはニヤリと笑った。
「夜空に浮かぶ星のような……宝石だ」
「普通に犯罪じゃねえか……」
「人を食らう魔物よりはマシだろ?」
「違いねえ」
ノヴァとスコルピオンは顔を見て笑い合った。
「お前、冗談がわかる奴だなあ! そっちの頭硬え連中とは違って」
「──ノヴァ」
リブラが冷たい声でノヴァを呼ぶ。
ノヴァはリブラに目を向けた。
「犯罪者と関わってはいけません。犯罪の片棒を担がされますよ」
「しねえよ、んなこと! ……ったく、俺様のことをなんだと思ってんだか」
「血も涙もない犯罪者だ」
「血も涙もねえのはそっちだろ? 冷酷無比の断罪者が。……それがまさか、弟思いのお兄ちゃんだったとはなあ。意外も意外……」
スコルピオンは顔をリブラに向けた。
「こいつにちょっかいかけたら、てめえはどうなるんだろうなァ? てめえの歪んだ顔、見られたりすんのかァ?」
「黙れ。その口を縫い合わせるぞ」
リブラはスコルピオンを睨みつける。
「ははっ。冗談だっつうの」
スコルピオンはへらりと笑う。
「えと……スコルピオンさん?」
「なんだァ? てめえも冗談通じねえクチかよ」
「ノヴァ、こいつに敬称はいりません」とリブラはスコルピオンの横で言っている。
ノヴァはリブラを無視して言った。
「その話し方、参考にさせてくれないか?」
「……ハア?」
スコルピオンは呆けた。
「何を考えてるんです。こいつを参考にするなど」
リブラは不満そうに言う。
「だってよ、今の〝ワル〟って感じでさ……凄くかっこ良かったじゃん。オレもあんな風に凄みてえ」
「駄目です。命令で禁止しますよ」
「えー」
ノヴァは唇を尖らせて抗議する。
「……ギャハハ! てめえ、面白え奴だなァ!」
スコルピオンは腹を抱えて笑った。
「今の笑えるところあったか……?」
ノヴァは首を捻る。
「参考にするなら勝手にしなァ。俺様を見て、盗んでいけ。俺様から盗めたらなァ」
「やった。ありがとう」
ノヴァは笑顔になる。
「ノヴァ」
リブラが叱るようにノヴァの名前を呼ぶ。
「良いだろ。口調ぐらい」
ノヴァは迷惑そうに言った。
「全く、緊張感のない奴らじゃのう」
シュタインボックは呆れた。
「ここは【墓場の森】。いつゾンビが襲ってくるか、わからんのじゃぞ?」
「すみません、シュタインボック様……」
ノヴァは背中を丸めた。
──【墓場の森】はオレの庭だからって、気を抜いちゃ駄目だよなあ……。
「ゾンビが出たら頼むぞ、若人達よ。わしは非戦闘員じゃからな」
「戦え、ジジイ」
スコルピオンがケッと吐き捨てる。
「戦える訳なかろう。わし、こう見えて凄くか弱いんじゃぞ?」
──『こう見えて』……?
ノヴァは首を傾げる。
シュタインボックは十代前半の少年のように見える。
どう見ても、か弱い子供だ。
「安心して下さい。シュタインボック様はオレがお守りします」
ノヴァが胸に手を当て、自信満々に言った。
「頼もしいのう」
「ほ、本当ですか? オレ、頼もしいですか? そう言って貰えて嬉しいです! シュタインボック様は憧れの人ですから」
ノヴァはキラキラとした目でシュタインボックを見つめる。
「私にはそんな目、向けたことないのに……」
リブラはジトっとした目でノヴァを見る。
「ケッ。あんなジジイより、俺様の方がよっぽど良い男なのによ──」
スコルピオンが唇を尖らせた。