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限界オタクが推しに名前を呼ばれてみたら

 フッと意識が浮上する。

 いつ寝たっけ、と思いつつ、イオリは目を擦りながら上体を起こす。

 部屋の中はまだ暗い。

 今が何時頃か確認しようと、イオリはスマートホンに手を伸ばす。

 しかし、いくら探っても、手にスマートホンがぶつかることはなかった。

 代わりに、冷たくすべすべした肌に触れた。


「手ぇ振り回すなよ、危ねえだろぉ?」


 それは人間の手だった。

 

「おはよう、姉聖女」

「びょっ!?」


 ノヴァがイオリの手を握って微笑んでいるのが見えて、イオリの喉から変な声が出た。


「変な声」


 ノヴァがくすくすと笑う。

──そういえば、私、【よぞミル】の世界に召喚されて……ノヴァくんに攫われて……? ってか、今、『おはよう』って……。

 その直後、イオリの目から涙が流れてきた。

 それを見て、ノヴァはぎょっとする。


「おおい、泣くな泣くな! 一晩寝て、ことの重大さに気づいたのか!? 悪いけど、まだてめえを帰す訳にゃあ……」

「違うの!」

「は? 違う?」


 イオリは手で口を覆って言う。


「の、ノヴァくんのおはようボイスが聞ける日が来るとは思わなくて……」


 ノヴァは目をぱちくりさせた。


「……おはようくらい言うだろぉ。魔物に挨拶されんの、そんなに嫌だったのか?」

「逆! 感動してたのっ!」


 イオリは手と首を横に振った。


「しかも、新スチル付きだよ!? (録音・録画)の準備してなかったよぉ! もう一回! ノヴァくん! もう一回言って下さい! お願いします!」

「……おはよ」

「ああーっ! さっきと違って、ちょっと面倒臭そうな感じ良き! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」


 イオリはベッドの上でのたうち回る。

 ノヴァは何となく身の危険を感じ、そっと距離を取る。

 イオリはハッと正気に戻り、いそいそとベッドの上に正座する。


「……すみませんでした」

「……落ち着いたか」

「はい」


 ノヴァは安堵のため息をついた。


「身支度整えて、朝食探しに行くぞ」

「朝食を……探す……?」


 聞き馴染みのない文章にイオリは首を傾げる。


「人間用の食いもんが魔王城内にあるかわかんねえからな」

「まさか狩りに行く感じ……!?」

「てめえが行けんなら行っても良いけど?」

「いや、行けないです! 生まれも育ちも先進国の私には狩りに行く度胸なんてないです!」

「だろうなぁ」


 ノヴァはイオリを小馬鹿にしたように笑う。


「魔王城の貯蔵庫でてめえが食えそうなもん探すぞ。人間から奪ったもん、ぽんぽん入れてるから、探せばパンくらいはあるだろ」

「ノヴァくん用のご飯はないの?」

「オレはゾンビだから食わなくても良いんだよ」

「そういうもんか……」

「生命活動止まってるからなぁ」


 その言葉に、イオリは少し寂しさを覚える。

 ノヴァは死んでゾンビになった。

 しかし、ストーリー上で、彼はもう一度死ぬことになるのだ。

 聖女達の手によって……。


 □


 魔王城の薄暗い廊下。

 ノヴァが先行し、イオリはその後ろをついて歩く。

 城内は異常に静かだ。

 昨日のような、見張られている感じも全くしない。


「お城の人、今日はいないの?」

「城の見張り番はずっといるけど……。どうしてそう思った?」

「昨日は見られてる感じかしたんだけど、今日はしないから」

「オレの従属者になったことで、警戒度を下げたんだろ」

「なるほど」


 イオリは納得したように頷く。


「そうだ、姉聖女。てめえの名前は?」

「『イオリ』で……す」


 イオリは言ってる途中でふと思った。

──名前を聞くってことは、まさか、名前で呼んでくれたりとか……。


「イオリ……イオリ、な。毎回姉聖女なんて呼びにくいからな。こっちの方が楽……って、また泣いてる!?」

「まさか、このゲームでエモーショナル・ボイス・システムが体験出来るとは思わなくて……。しかも二回連続呼び」

「エモ……何?」

「とある大手のゲーム会社の特許技術で……」

「異世界語で話すな。オレにもわかりやすい説明しろ」

「……好きな人に、名前を呼んで貰える、技術っていうか、サービスっていうか」

「好きっ……!?」


 ノヴァはぴたりと足を止めた。


「てめえ、オレのこと、その……す、好き、なのか」

「好きです。四六時中、君のことを考えるくらい」


 イオリは反射的に正直な気持ちを答えた。

 すると、ノヴァは後ろを振り返らずに「……

そうかよ」とぶっきらぼうに答える。

 その耳は赤い。

──すっ、すっ、すっ、好きって言われて照れてる可愛い〜! もっと言ってあげたい!

 そう思って、イオリは口を開いた──。


「よーお。ノヴァ」


 が、そこに横槍が入る。


「ネプチューン……」


 昨日、ノヴァと入れ替わりで魔王軍幹部スターダスト八等星になったネプチューンだ。

 彼は巨体のオーク()

 当然、イオリとノヴァは見上げる形となる。

──改めて見ると、凄い圧迫感……!

 ネプチューンはニヤニヤと笑う。


「昨晩、聖女を食ったんだろ? 感想を聞かせろよ。夜の聖女はど──って何やってんだ?」


 イオリはノヴァの耳を咄嗟に塞いでいた。


「の、ノヴァくんにそういう話はまだ早いですぅー!」

「ガキ扱いすんな! いくつだと思ってんだ!」

「え、まだ二十歳未満でしょ?」

「そうだけど、なんで知ってんだ!?」

「やっぱりね! そうじゃないかと思ったんだー! だから、その話はまだ早い!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人に、ネプチューンは「くだらねえ」と呟き、いつの間にか姿を消していた。

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