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限界オタクが魔王城に来てみたら

 魔王軍の本拠地、魔王城。

【よぞミル】の序章で【星の聖女】が連れて来れられる場所だ。

 城の外は星すら見えない暗闇に包まれており、物々しい雰囲気が城の中に蔓延している。

 イオリはノヴァに腕を引かれて魔王城の廊下を歩く。

 姿は見えないが、嫌な視線がまとわりつき、監視されているを感じていた。

 一人で魔王軍に抵抗するような気概も、力も、イオリにはないというのに。

 イオリは前を歩く、推しの後ろ姿に目をやる。

──ノヴァくんが動いてる……。ヒナと一緒に召喚されたときはどうなるかと思ったけど、召喚されて良かった〜!

 イオリは推しに会えて浮かれていた。


 ノヴァな仰々しい扉の前に来ると、足を止めた。


「ついたぞ、妹聖女サマ。魔王様もおいでだ。くれぐれも、粗相のないように」


 ノヴァが触れる前に、扉は開いた。

 イオリ達を中へ招いているようだ。

 扉の先は真っ暗だ。

 部屋がどれくらいの大きさなのか、中に誰が、何人いるのか、わからない。


「怖気付いたかぁ?」


 イオリが尻込みしていると、ノヴァはそう言って笑う。

 ノヴァに再度促され、イオリは意を決して、部屋の中に足を踏み入れた。

 イオリの体は一瞬で暗闇に包まれ、前も後ろもわからなくなってしまう。

 ただ、隣にノヴァが立った気配だけがある。

 イオリは何だか少し安心した。


「魔王様、指示通り、妹聖女サマを連れて参りましたぁ」


 燭台の火が灯り、イオリにも部屋の中が見えた。

 壁に沿って、七匹の魔物がズラリと並んでいた。

 角の生えた者や羽の生えた者など、種族はバラバラのようだ。

 彼らの中心には、光すら通さない漆黒が鎮座している。

──これが……魔王。

 まるで、魔王だけぽっかりと〝作られていないような〟違和感。

 ゲーム画面で見たときは、『イラストレーター手を抜いてるだろ』とイオリは思っていたが……。

──画面で見るのと、〝圧〟が違う……!

 違和感は、目の前にあると、恐怖を覚えるらしい。

 イオリは蛇に睨まれた蛙よろしく、その場から動けなくなっていた。

 魔王はずず、と闇を膨張させ、イオリを暗闇に包む。

 イオリは体を硬直させるだけで、抵抗出来なかった。

 暫くして、イオリの体から闇が離れる。


「……ハハハッ!」


 魔王は一通りイオリを調べた後、笑い声を上げた。


「何を言っている、ノヴァ。その人間は、怠惰な姉聖女の方ではないか」

「……え?」


──どういうことだ?

 ノヴァが目でそう言ってくる。

 イオリはバツが悪そうに言う。


「ごめんなさい。嘘をつきました。私は姉聖女の方です……」

「は、はあー!? てめえ、なんでそんな嘘を!?」

「そんなの決まっておろう」


 魔王が冷たく言う。


「妹聖女を連れ去られないためだ。ノヴァ、貴様は騙されたのだ」

「ギャハハハハ! お前はやはり元人間だな! こんな簡単な嘘に騙されるなんて!」


 魔王軍幹部スターダスト七等星、ネプチューンが大口を開けて笑った。

 ネプチューンの種族は(オーク)

 強面を歪ませ、巨体を大きく揺らしている。

 クスクス、ニヤニヤと他の幹部達も笑った。

 ノヴァは悔しそうに唇を噛み締め、手をギュッと握り締めて堪える。

──ノヴァくんは悪くないのに……。私が嘘ついたせいでノヴァくんが……。

 ノヴァに嘘をついたこと、イオリは今更ながら後悔した。


「ノヴァ、愚かな貴様にチャンスをやろう」


 魔王の言葉に、ノヴァはパッと顔を上げた。


「姉聖女を従属者にしろ」

「……え。し、しかし、従属契約には制約があって……」

「出来ないのか?」


 有無を言わさない物言いに、ノヴァは頷くしかなかった。


「わ、わかりまし、た……」


 ノヴァはイオリに体を向ける。


「姉聖女、てめえがオレの従属者になれば、お前はオレの命令を聞かなければなくなる。お前の意思に反しているとしても、体が勝手に動いてしまうだろう」


 ノヴァは淡々と従属契約について説明した。


「……従属契約は、この説明を聞き、理解した上で、了承しなければ成立しない」


 ノヴァはイオリに手を差し出す。


「姉聖女、オレの従属者になれ」


 無理だろうな、とノヴァは思っているのだろう。

 諦めが顔に出ている。

 幹部達はその様子を見て、ニヤニヤと笑っていた。

 まるで、晒し者だ。

 攫ってくる相手を間違え、従属契約も失敗に終わる。

 それを皆で笑ってやろうという魂胆だ。

 イオリが今すべきことに、迷いはなかった。


「はい。私はノヴァくんの従属者になります」


 イオリはノヴァの手を取った。


「え?」


《契約成立》


 何処からともなくそんな言葉が聞こえ、イオリの手の甲に魔法陣のようなタトゥーが浮かび上がる。

 イオリはまじまじとタトゥーを見た。


「はえー。これが従属した証? かっこいいね」

「てめっ……なんで、了承した!? 説明聞いてただろ!?」

「え? 君の従属者になっても良いかなって思って……」

「はあ!?」

「君なら、悪いようにしないでしょ?」


 イオリは無邪気に笑う。

 ノヴァは「訳がわからない」といった顔をする。

 そして、動揺で震える唇を開いた。


「てめえが、オレの何を知って……」

「ハッハッハッハ! よくやったぞ、ノヴァ!」


 魔王が高笑いする。


「聖女を従属者にするなど、元人間の癖によくやった! 褒めて遣わす!」


 ノヴァは褒められて嬉しいのか、口元を歪めた。


「あ、ありがとうございます……」

「貴様には幹部スターダスト七等星の座を渡そう!」

「なっ! 魔王様! その席は俺様の……!」


 ネプチューンが口を挟む。


「文句でもあるのか、()()()()()()()()()()()()()()()

「……何でも、ありません」


 ネプチューンは魔王に威圧され、押し黙った。


 □


 ノヴァに手を引かれ、イオリは再び魔王城の廊下を歩く。

 ノヴァは城の端の部屋にイオリを押し込んだ。


「ここがノヴァくんの部屋? 無駄なものがないね。解釈一致だ」


 イオリはノヴァの部屋を見て回る。

 ベッドとソファと間接照明だけの質素な部屋。

 埃はなく、欠かさず掃除しているのが伺える。


「……てめえ、何のつもりだ?」

「何が?」

「オレの従属者になったことだよ。説明しただろ。従属者になったら、オレの命令は必ず聞かなきゃなんねえ。どんなに嫌な命令でも」

「ノヴァくんになら従属しても良いかなって思ったんだよ」

「答えになってねえだろうが!」


 ノヴァはイオリの手首を掴み、じっと目を見つめた。

 ノヴァの瞳の色がはっきりと見える。


「わかってんのか? オレが『妹聖女を殺してこい』っつったら、そうせざるを得なくなるんだぜ」

「ノヴァくんはそんな命令しないよ」

「だから、てめえはオレの何を知って──!」

「知ってるよ」


 イオリは膨大なテキストの中で、必死にノヴァを言及する文章を探した。

 少ない出番の中で、ノヴァの人物像を勝手に想像した。


「初めて会ってわかったけど、ノヴァくんは私が思ってたより優しいよね。従属した私の心配をするくらいだもん」


 イオリは「ふふ」と笑う。

 ノヴァは舌打ちをして、パッと手を離した。

 強く握られたと思ったけど、痕になってない。

──やっぱり、優しい。


「……今日はそこで寝ろ」


 ノヴァはベッドを指差した。


「ノヴァくんは何処で寝るの? ベッド一つしかないけど」

「そんなのオレの勝手だろ!」


 ノヴァはどかり、とソファに横になった。

 イオリはいそいそとソファに向かう。


「ノヴァくん、ベッドで寝なよ。私がソファで寝るから」

「従属者は黙ってベッド使え」

「部屋主を差し置いてベッドで眠るほど、私は図太くないの」

「……クソ!」


 ノヴァはベッドに座ると、ぽんぽんと布団を叩いた。


「命令だ、姉聖女。『このベッドで眠れ』」


 イオリの体は意思に反して動く。

 ノヴァの命令通りにベッドに座った。


「てめえ、男女二人っきりで眠ることの意味、わかってんのかぁ?」

「ノヴァくんはそんなことしないでしょ」


 イオリは笑う。

 ノヴァはイオリを攫う際、優しくエスコートしてくれた。

 今は縁がないが、彼は名だたる名家で育った。

 ノヴァの兄からの情報である。

 つまり、ノヴァは育ちが良い。

 それを隠しきれていない。


「あ、安心して。私は推しの壁になりた──ゲフン。透明人間になって見守りたいタイプのオタクだから! 手は一切出さないよ!」

「逆だろ逆! てめえがオレの心配してどうすんだよ!」


 ノヴァはため息をついた。


「じゃ、おやすみ、ノヴァくん」


 イオリはベッドの上で横になる。


「……変な奴」


 ノヴァはポツリと呟くと、イオリに背を向けて体を横にした。

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