限界オタクが聖女として召喚されてみたら
聖ソレイユ王国王宮、召喚の間にて。
異世界から二人の少女が召喚された。
数百年にも渡る魔物との戦いに、終止符を打つために。
異世界人は絶大な癒しの力を持って、この世界に降り立つ。
星の導きの元に集められた精鋭達──【星の守護者】を連れて、異世界人は魔王軍に立ち向かう。
異世界人は【星の聖女】と呼ばれるようになっていた。
此度、異世界から招かれた二人の少女は姉妹であった。
姉は『姉聖女』、妹は『妹聖女』と呼ばれるようになった。
妹聖女は優しく、癒しの力を国民のために使った。
対して、姉聖女は怠惰で、癒しの力も弱かったため、煙たがられていた。
そんなある日、姉聖女が何者かによって攫われた。
しかし、役立たずの姉聖女を助けようとするものは誰一人としていなかった……。
□
全ての始まりは数週間前。
のちの姉聖女と呼ばれる伊織の部屋でのことだった。
「ねーえ、お姉ちゃん。ヒナのヘアピン知らなーい?」
妹の陽菜はそう言って、姉である伊織の部屋の扉を乱暴に開けた。
伊織は肩を飛び上がらせた後、咄嗟に手に持っていた液晶タブレットを隠した。
「……って、またゲームなんかやってんの? 相変わらずオタクだね。キモーい」
「ちょっと陽菜、ノックぐらいしてよ……。びっくりするじゃない」
「急に部屋に入ったぐらいで、そんなにビビることある?」
陽菜は馬鹿にしたように笑う。
「あ、わかった! なんか悪いことでも企んでるんでしょ!」
怖い怖い、と陽菜は手で腕をさする。
「やっぱ、オタクって犯罪者予備軍だよね。そんなのがお姉ちゃんなんて、ヒナ、本当に可哀想」
伊織は陽菜を無言で睨みつける。
──この子、嫌味を言うだけに私の部屋に来たの? 全く、今は私は忙しいって言うのに。
伊織は手にある液晶タブレットへ目をやる。
画面には、伊織が描きかけの自作の漫画が表示されていた。
その漫画は【よぞミル】の二次創作漫画だ。
女性向け育成シミュレーションRPG【夜空を彩るミルキーウェイ】。
通称【よぞミル】。
異世界に召喚された【星の聖女】が、【星の守護者】に選ばれた王子や騎士などの個性豊かな男性キャラクター達と手を取り、魔王軍を討つというストーリー。
【よぞミル】のキャラクターの中にイオリの推しはいた。
敵の魔王軍幹部スターダストの末席、ノヴァ。
人間から魔物となったゾンビだ。
ふわふわの黒髪。
吸い込まれるような金色の瞳。
生ける屍だからか、開き切った瞳孔。
目の下にある十字のアザとニタニタと笑う口元。
太陽から目を守るようにサングラスをかけ、穴を埋めるようにピアスをつけている。
風にはためく羽織りはかっこいい。
──どれも最の高!
『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』というように『坊主推しけりゃ袈裟まで性癖』になってしまった。
──私に推されるために生まれてきた存在……。製作者に感謝。
しかし、このノヴァというキャラクター。
幹部スターダストの中で最弱ということもあり、ストーリーで早々に倒され、以降登場しない。
──どうして。
味方に彼の兄と思しきキャラクターがいるのだが、ノヴァの名前すら上がらない。
──何故。
魔王軍に寝返った弟のことは心配じゃないのだろうか。
そして、今、伊織は好きと言う気持ちが爆発して、ノヴァ総愛され漫画を描くことに至る……。
「あのね、陽菜。私は今忙しくて……」
「ゲームしてるだけじゃーん」
陽菜は液晶タブレットをイオリから奪い取った。
「って、何これ、漫画? 漫画家にでもなるつもり?」
「こ、これは……趣味で……」
「何このキャラ、ダッサーい。サングラスとか、チンピラかっての! こういうの、今時流行んないの!」
「さ、サングラスは悪くないじゃない。不真面目そうな外見だけど、根は真面目で努力家で……」
陽菜が顔を顰めたのを見て、伊織はしまった、と口を覆う。
「出た! オタク特有の早口! 誰も、あんたの話なんか聞きたくないのよ!」
陽菜は床に向かって叩きようと、タブレットを振り上げた。
「待って、陽菜……」
伊織は手を伸ばす。
──その中にはノヴァくん愛され漫画のデータの他に、【よぞミル】のゲームアプリが入ってて! データ連携も引き継ぎコード発行もしてないの!
「や、止めて──!」
そのとき、伊織のタブレットが眩い光を発した。
□
気づけば、伊織は見知らぬ床にへたり込んでいた。
眩いほど光を取り込んだ、真っ白な壁と床のホールに、思わず目を細める。
聖堂だと伊織には直感的にわかった。
見覚えがあるのだ。
【よぞミル】のSNSに上がっている公式PVや、公式サイト、スマホアプリなどでよく目に入っていた、【よぞミル】の〝始まりの場所〟──。
「よくいらっしゃいました、異世界の来訪者様」
爽やかな笑顔の少年が伊織に近づく。
「え」
伊織は彼のことを知っていた。
【よぞミル】に登場していたキャラクター、聖ソレイユ王国第一王子・べリエにそっくり同じ。
──ってことは、もしかして、ここって……【よぞミル】の世界!?
「どうか、我々を──世界を救って下さい、聖女様方」
「……へ?」
──『方』……?
まるで複数人いるような言い方にイオリは引っかかる。
その答えは直ぐ隣にあった。
「いったぁい。乱暴しないでよね、お姉ちゃん!」
隣には【よぞミル】にいるはずのない人物──陽菜がいた。
「なっ! なんで陽菜までいるの!?」
「え、何が? ……って、ここ何処ぉ!?」
陽菜は今気づいたのか、驚きの声を上げる。
「ここは聖ソレイユ王国にあるソレイユ大聖堂です。お二方は、我々の世界を救うため、この世界に召喚されました」
──……【よぞミル】のストーリーそのまんまだ。
イオリは何だか、自分が【よぞミル】のミュージカルに参加しているような、不思議な感覚がした。
「聖女様はこの世界を救いたい気持ちに呼応して召喚されます」
──ノヴァくんを救いたいという私の気持ちですね!
伊織はうんうん、と頷く。
「召喚された聖女様の周辺の人間も巻き込んでしまうようです」
──だから、陽菜も来ちゃったのか!
伊織は頭を抱えた。
「さて。世界を救って下さる聖女様はどちらでしょうか?」
「それ、多分私──」
「はいはぁい! それ、ヒナでっす!」
伊織が手を挙げる前に、陽菜が元気よく手を上げた。
「ひ、陽菜? 一体何言ってるの……」
──貴女、【よぞミル】未プレイでしょうに。あれだけオタクが何だのと馬鹿じゃないの。
悪知恵の働く妹だ。
主人公になれる気配を察知したのだろう。
「陽菜、この世界のことを愛しています! 陽菜がこの世界を救って見せます!」
「おお!」
教会内が盛り上がる。
「聖女ヒナ様! 世界をお救い下さい!」
王子・べリエは陽菜の手を取った。
伊織はその様子を眺めていることしか出来なかった。
そんな伊織に眼鏡の神官が尋ねる。
「失礼ですが、貴女は?」
「ええと。私は陽菜の姉で、伊織って言います……」
「なるほど。貴女は聖女召喚に巻き込まれたのですね」
「あの……私達は元の世界に帰れるのでしょうか?」
「方法はあります」
──良かった。
伊織はホッとする。
伊織の部屋には、人に見られたくないあれやそれが部屋に山程残ってる。消しておかなければ死ねない。
「しかし、その方法は魔王軍を討ってからお教えします」
伊織はハッと思い出す。
──そうだ、忘れてた。【よぞミル】はソシャゲ!
本編ストーリーが度々追加され、まだストーリーが完結していない。
主人公は元の世界にまだ戻っていないのだ。
──つまり、元の世界に戻れる確証がない!
「そ、そんなぁ……」
伊織はその場にへなへなとへたり込んだ。