57 あなたがただ者じゃないことは知っているのよ(勇者視点)
「あなたがFランなんて嘘でしょ」
「いや。Fランだ」
「そう言う意味じゃなくて、本当はFラン以上の実力の持ち主でしょ。私には分かるの。きっと、あなたも、あの頭の悪い魔王の娘と性格の悪い仮面の勇者に仕えるのが嫌で冒険者になったくち。本当はどこかの小国の騎士団長か将官だったんでしょ」
ニーダーがドヤ顔で言った。
「そっちはどこぞの男爵家の没落貴族の娘ってとこね。腐っても鯛で、お貴族様だから少しばかり魔法を使えるので調子に乗っているって感じかしら。世間知らずもいいところね」
ニーダーはアンを指して言った。
俺はアンから漂ってくる暗黒の気配に思わず震えて冷や汗が出た。
「あなたの反応を見ると図星のようね」
(いやいや、ビビっているのは君にじゃなくて、アンにだよ。アンがヒステリー起こすと本当に怖いんだから)
「私の仲間にならない。そんな女より、あたしの方がいいよ。ねぇ、たくさんいいことをしてあげる」
(やばいよ。やばいよ。この女、今、死んだ。本当にヤバい)
俺は震えながら首を横に振った。
「あら、断るの、仕方ないわね。でも私が魔族で魔王軍幹部だったって知って、そんなにビビっちゃって。やはり人族は弱いのね」
俺はアンの圧の高まりにいよいよ恐怖した。
(ニーダーはアンのあの凶悪な暗黒の魔力の増大に気が付かないのだろうか。本当に魔族なのか。にぶすぎる)
「ふふふふふふふ。では私の本当の力を見せてあげるわ」
ニーダーが両手を空にかざした。
「いでよ。召喚!」
サーベルタイガーの魔物が召喚されて出てきた。
「どう? もうおしまいよ」
「えっ、おしまい」
俺は、この小さい猫ちゃんだけでおしまいと聞いて驚いた。召喚はこの猫一匹だけでおしまいということなのだろうか。それともこの猫だけで俺達2人がもうおしまいという意味なのか。いずれにせよ、元魔王軍の特殊工作情報員にあるまじき認識能力だ。経歴詐称ではないだろうか。
「そう。お・し・ま・い。いまさら謝っても手遅れよ」
(手遅れ!)
その言葉が刺さる。
(痛い。痛すぎるぞニーダー)
俺はアンの強張った顔を見て、そのとおりだと思った。
「まずは、そのバカ娘から食べちゃいなさい」
ニーダーが召喚した隷属獣に命じた。
「バカ娘、バカ娘、言うな!!!!」
アンが切れた。
「ミャヒイィイ」
サーベルタイガーが尻尾を巻き、腹を見せて、怯えきった様子で服従を示した。
「ええ?!」
ニーダーは何が起きたのか分からないようだった。
「我に隷属せよ!」
アンの一言で、サーベルタイガーは飛び上がるとニーダーに向かい牙を向いた。
「ひひえええええええええ」
ニーダーが腰を抜かしたように、尻もちをついた。
「殺れ」
サーベルタイガーがニーダーの喉を噛み切ろうとした瞬間、黒い影が横切り、サーベルタイガーの首を斬り落とした。
影が実体化した。
傭兵のような男だった。
そしてすぐに50人くらいに囲まれた。
「俺達はカルデストロだ」
「なんだそれ」
「カルデストロという盗賊団だ。ニーダーは俺達の仲間で、俺がリーダーをしているハンターだ。ニーダーが俺達のスパイだとよく突き止めたな。だがお前たちには死んでもらう」
「おおお」
急な展開に思わず声が出てしまった。
「どこぞの小国の軍人だったようだが、残念だな。これで終わりだ」
(いいよ。いいよ。いいよ、君たち。こういうのを待っていたんだよ)
俺は内心喜んだ。
アンを盗み見た。
燃えている。そう、ここで完全燃焼してもらわないと後が怖い。ニーダーに対する恨みのストレスを俺に夜発散されても困る。そうだ。ここはガス抜きも兼ねて、アンにも大暴れしてもらわないと。
俺は、こっそりと周りに広大な結界を張った。
実はお供をつけることを拒んだ代わりに、もし、俺達が交戦状態になると自動的に魔王城や幹部連中に情報が行くことになっている。もちろん位置情報もだ。だから、ここでやり始めると、シルビアや近衛連隊、第1空挺団などが殺到して来てしまうかもしれない。最悪の場合には城に連れ戻されてしまうかもしれない。
そこで俺は、シルビアたちに俺が戦っていることを隠蔽するための魔法をまず展開した。
街の人達からも見えないし、流れ弾や、火炎も外にもれず、魔王城にも一切の情報が行かないように、完璧な結界を作った。
我ながらすごい魔力量と技術だ。
もしかすると俺は天才なのかもしれぬ。
(これで、よしと)
お楽しみはこれからだ。
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