5 冒険者ってこんなに弱いの? (勇者視点)
「やめて下さい」
アンが涙目で、か弱い声で叫んでいた。
俺はどうしようか迷った。
力を使わないで助けることがこんなに難しいことだとは思わなかった。
髭面の冒険者と眼が合った。
「なんだ。さっきの若造か。お前には関係ない。失せろ!」
アンが俺を見た。
訴えるような潤んだ眼差しだ。
(彼女はオレの助けを求めている!!)
全身に電流のようなものが走った。
思わず、前に出ていた。
「クソ生意気な青二才が」
パンチが飛んでくる。
いやこれはパンチと呼んでいいのか。
まるでスローモーションだ。
勇者の力を使わずにどう対処するか、その間、ゆっくりと考えることにした。考えすぎて、パンチが当たったのに気が付かなかった。
「痛え」
ゴリラのような大男が拳を押さえてよろめいていた。
えええええええええええええええええええええ?!
周囲の声にならない驚きが伝わる。
彼女も不思議そうに俺を見ている。
(マズイ)
俺は一拍遅れて、よろける演技をした。
「うおおおお」
痛そうに倒れて見せた。
彼女を横目で見る。
なんだか不安そうな顔だ。
(これもイカン。これでは助けたことにならないし、弱い男はもてない)
ゴリラ男は自信を取り戻し、拳をさすりながらも、剣呑な雰囲気で迫ってくる。
(ええと、力を使わないで戦うっていうと)
ひらいめいた。
中学の時に、近所の合気道の道場に少しだけ通っていたことがある。
力を使わない武術といえば合気だ。
ゴリラ男が性懲りもなく、右拳を振るってくる。
それを身体を回転させてよけ、右手に手を添えた。
(必殺、小手返し!!!)
合気道の相手の身体を回すようにして手首の間接を逆に極めて投げる技だ。
演武ではきれいに決まるが、喧嘩では使えない。
よほどの実力差が無い限りは、そんなことをやっている間にやられてしまう。
しかし、今の俺はドラゴンと相撲をとっても負かしてしまうほどの身体能力や魔力をもった最強の存在だ。
全ての力を封印して、通常の筋力レベルでも、元の世界の武道の伝説の達人級レベルだ。
塩田剛三の演武のビデオを想起しながら技をかけた。
腕を取られた相手は面白いようにくるりと回転して倒れた。
俺は、相手の腕に関節技を極めた。
ゴリラの冒険者は俺の腕をタップした。
こういうボディランゲージはおそらく異世界でも共通だ。つまりギブアップしたということだ。
俺は技を解いた。
冒険者の男は痛そう関節をさすりながら、「おぼえていろ」と捨てゼリフを残して去って行った。
「助けていただいて、ありがとうございました!!!!」
アンが俺に飛びついてきた。
俺の腕にアンの柔らかい豊満な乳房が押し付けられる。
日本では女の子とお付き合いしたことは一度もない。
こっちの世界では仮面の勇者で、他人との接触はほどんどなかった。
なので、こんな風に女の子を胸の膨らみを感じるのは生まれて初めてだ。
ブホッ。
鼻から血が出た。
「きゃあ。大丈夫ですか」
「ああ」
「さっき殴られたからですね」
「そうかもしれない」
本当はそうではない。勇者の俺にあんな冒険者の拳など効かない。
鼻血が出たのは凶暴なアンの乳房のせいだ。
勇者をも倒す、すさまじい破壊力だと言ってもいい。
だが、それを言うわけにはゆかない。
アンが思わずという形で手を俺の顔にかざす。
一瞬、光ったように見えた。
(まさかヒールか?)
回復魔法は人族にとっては極めて高度な魔法だ。魔力の消費も大きい。それをアンは使えるのだろうか。
だが、魔法は発動しなかった。
(まあ、そうだよね。いまのは気のせいか)
俺は手の甲で鼻血を拭いた。
「私のために怪我までさせてしまってごめんなさい」
「気にしなくていい」
「そのう、何かお礼をさせてください」
「本当にいいから」
「そういうわけにはいきません」
俺は立ち上がった。
ふと見ると今の立ち回りで、安物の服が破けていたし、鼻血も胸のあたりに垂れてシミになっていた。
「服を弁償させて下さい」
アンは俺の手をしっかりと握った。
離さないという感じだ。
また鼻血が吹き出そうになるのを我慢した。
「そこまで、言われるのなら、お言葉に甘えます」
なんだか仲良くなれたみたいだが、思っていたのと違う。
力を無理にセーブすると、こんなテンプレのイベントすらも思うようにはならないものかと思った。
(モブでたのしく生きるのもなかなか大変だ)
だが、アンとお近づきになるという当初の目的だけは達成できたので、その点は満足だった。
俺はアンと二人で商店街へと向かった。
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