30 やばいよ、やばいよ。これはきっと死んだのね(メレーデ視点)
15騎の騎士を連れて、皇国の首都を進んでいた。
(おかしい。何か裏がある)
メレーデは疑心暗鬼だった。
昨夜、念話で魔王城の幹部に今回のことを連絡した。それで、皇女との婚姻と国の併合の話は正式な報告も承認も得てないのを確認した。
「メレーデ、気をつけろ、陰謀が進んでいると思われる」
「やはりそうか」
長時間の念話は魔力切れを起こすから、短時間しか話せなかったが、思った通りだった。
さらに、ベギアーデは早朝に3万の軍を国境付近に進軍させた。
「これではまるで戦争ではありませんか」
出立の前にメレーデはベギアーデ公に苦言を進言した。
「何を言う。余が自ら赴くのだ。余の威光を示すのには足りないくらいだ。いいか、これは戦いではない。人族に舐められないための演出なのだ」
ベギアーデは涼しい顔をして言った。
3万の軍を動かしているのに、メレーデが引き連れていける兵はわずかに15騎だ。魔族の威光を示すパフォーマンスなら、使者の自分にも兵をもっと付けるべきではないのかと思わず反論したくなったが、その言葉を飲み込んだ。
3時間ほど馬で駆け、今、こうして、皇都の皇宮前に着いた。
そして、皇女に謁見するために、広間に通された時だ。
爆発音のような轟音がして、サイクロプスが現れた。
この現れ方は、高位の召喚士が上級魔法で、魔物を召喚・移転した場合の出現の仕方だ。そんなことができる召喚士は魔力が高い魔族と言えどもそういない。そして、これは、魔族が戦争をする時に使う手だ。
見たこともない肌の色のサイクロプスが目の前に出現した。
また爆音がした。
別のサイクロプスが、壁を破って来た。
そして、もう一体。
(ば、馬鹿な、サイクロプスの変異種を同時に3体も召喚だと?!)
しかも、その3体は、それぞれ大きな一つ目をぎょろりとさせて、メレーデのことを凝視しているではないか。
(私が狙い?)
そんなことはありえないはずだ。
これが魔族の陰謀だとしても、それは人族に対するもの。魔族の騎士である自分を襲うわけがない。
「隷属!!」
メレーデは、魔王のように何万体の魔物を同時隷属をさせることはできないが、数体の魔物なら隷属させて自由に操ることができた。
正面のサイクロプスが右の手を払うようにして、メレーデの頭を狙ってきた。
(嘘!)
隷属がまったく効かない。
メレーデは剣を抜いた。
暗黒魔法を刃に纏う漆黒の剣。
その剣でメレーデはサイクロプスの腕を斬り落とそうとした。
だが、腕でブロックされた。
(私の剣の刃が通らないだと!!)
他の2体も真っ直ぐメレーデに向かってくる。
(どういうこと? まさか)
メレーデは懐の親書を取り出した。
それを振ってみた。
サイクロプスが反応し、左右に首を振る。
(この親書を追ってきたのね)
メレーデはダッシュしてサイクロプスの横を駆け抜けると、広間の窓を剣の柄で割った。
皇宮の真ん中には広場のような中庭があった。
その真中に親書を投げた。
そして、自分も窓から飛び出した。
サイクロプスは、親書を追うように、広間から飛び出した。
そして、思った通り、3体で親書を囲むようにし、一体が親書を手にするとそれを引きちぎって口に入れた。
(化け物め)
メレーデは、いったん撤退することにした。
ところが、親書を飲み込むと、サイクロプスたちは再び、メレーデの方を向いた。
(どういうこと。まさか、私が標的なの?)
昨晩の「気をつけろ」という同僚の言葉が蘇る。
メレーデはアン女王と同年輩で、シルビア将軍の元部下だった。魔王からの信頼も厚く、べギアーデ領に騎士として配属されたのは、ベギアーデを監視するという意味もあった。
(油断していた)
ベギアーデは魔法も剣術も弱く、部下も大した人物はいなかった。自分より強い者はいないと思っていたのでこんなふうに襲われるとは思ってもいなかった。それに、こんな化け物の魔物は想定外だ。
完全に囲まれた。
攻撃を剣で防ぎ、剣で斬り返すが、刃が変異種のサイクロプスには通らず傷をつけることもできない。
(ありえない。このサイクロプスは単なる変異種とかいう次元ではない)
メレーデは死を覚悟した。
(アン王女、シルビア将軍、申し訳ありません)
メレーデが忠誠を誓っているのは、アン王女と、自分の師であり、上司だったシルビア将軍だった。
(お役に立てず、ここで果てることをお許し下さい)
サイクロプスの攻撃は黒のアーマーを破壊し、肉を裂き、骨を砕くようだった。魔力での防御も限界に近づいてきた。
ふと、懐かしい魔力を感じた。
(これは、シルビア将軍の魔力)
そんなわけはなかった。
この人族の皇国にシルビア将軍がいるわけがない。
それにある気配もした。
(これは、仮面の勇者)
メレーデは暗黒魔法剣士だが、索敵魔法が得意で、魔力探知は魔王国随一だった。
仮面の勇者の魔力と、シルビア将軍の魔力、この二人の魔力はたとえどんなに微量でもメレーデなら感知できた。
(いよいよ、死ぬのね)
いるわけのない二人の魔力を身近に感じるなど、死ぬ前の幻覚が始まったのだろう。
咆哮を上げて、正面のサイクロプスが右手を挙げた。
(ああ、だめだ。あれは避けられない)
死ぬと思った時、サイクロプスの右手が吹っ飛んだ。
目の前でサイクロプスが悲鳴を上げる。
そして、強大な魔力の塊が渦をまいていた。
(あれは、アン様のもの)
メレーデは思わず笑った。
(そうか。私はもう死んでいるんだ)
死者のみが観ると言われる幻覚。
そうとしか思えない。
(だって、この場に、シルビア将軍と仮面の勇者と、アン女王がいて共に戦っているなんてありえないことですもの。私はもう死んでいるんだ)
そう思ったらなんだか楽になった。
メレーデは静かに目を閉じた。
(アン様、ありがとうございました)
その時、懐かしいアン様の声がした。
「ちょっと、あんた、何、一人だけ寝ようとしているのよ!」
「ええええええええええええええええええええええええええええええ!」
メレーデはパニックになった。
だって、アン王女がそこにいて、話しかけていて、しかも、その後ろにいるのは、あの仮面の勇者だからだ。
こんな状況が、現実だなんてありえない!
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