18 私は出張娼婦じゃないですからね! (魔王の娘視点)
「ここがトロンペ村ね」
思っていたよりも栄えている村だった。
家も立派で、村人たちはそこそこ豊かな暮らしをしているようだった。
「こんにちわ」
私は村人に挨拶をした。
ガッチリとした体格の初老の男は、私達を上から下まで舐めるような視線でみた。
「こんな、昼間から、踊り子が何をしに来た」
「踊り子?」
「誰だ、こいつらを呼んだのは」
男は他の村人に言った。
「俺じゃない」
「おらでもないぞ」
「それにしてもべっぴんさんで、高そうな踊り子だな」
「あの若い方の子も踊り子なのかな」
「ねぇ、なんのことを言っているの?」
ローザが顔を真赤にして、私の裾を引いた。
「ローザ、何?」
「村人たちは私達のことを出張娼婦だと勘違いしてるようです」
か細い声で言った。
「出張娼婦?」
「娼館の娼婦が村に出張するサービスです」
「それが踊り子っていう言葉の意味なの?」
「はい。隠語です。元々は宴会に娼館の娼婦が出張して踊りを披露して、宴会の後にそういうことをしたそうです」
「はあ~」
私はため息をついた。
村人の方を向いた。
「私は娼婦じゃないですからね」
村の男達はギクリとした顔をした。
「じゃあ、何をしに来た」
「そうだ。手ぶらだから商人でもあるまい」
「冒険者です」
「冒険者だと!?」
「武器は、武器はどうした?」
「私達は魔法職ですから、武器はいりません」
「ランクは?」
「Eです」
「Fです」
「それで他のパーティのメンバーはどこにいる?」
「いません」
「なんだ、聞き間違えか。もう一度言ってくれ」
「他にはいません。私たち二人だけです」
「なんてことだ」
初老の男は天を仰いだ。
「だから言わんこっちゃない」
「やりすぎたからだ」
「でも昨日から魔物の数はシャレにならない数になっている」
「追加依頼を出そう」
「いや、救援要請の方だろう」
村人たちは真剣な顔で話し始めた。
「あのう、それでクエストですけど」
「いや、お前たちは帰っていい」
「そういうわけには行きません。私のEランク昇格がかかっていますから」
「なんと、お前、Eランクではなかったのか」
「暫定Eランクです。このクエストを成功させると昇格します」
「じゃあFなのか?」
「暫定Eです」
「帰れ」
「えっ?!」
「状況が変わった。昨日から異様な数の魔物が出てきている。ランクもBランクレベルになった。まさかギルドがFランクを送ってくるとは思わなかった」
「最低でもCランクも含めたチームで来ると思っていた」
「お前らでは無理だ」
「騙すようなことした俺達が悪かった。いいから早く帰れ、ここは危険だ」
「そういうわけにはいきません!」
すると悲鳴が轟いた。
「まさか」
「村まで来たというのか」
「こんなことは初めてだ」
「助けてー。誰か。私の子が」
女性の金切り声がする。
「行くぞ」
私はローザに声を掛けると、助けを呼ぶ声の方へ駆け出した。
すぐにその場所が見えてきた。
オークの戦士に子どもが囲まれていた。
その子に母親らしい女性が駆け寄り、抱きかかえる。
オークの手が振り上がる。
振り下ろされたら、親子の頭はスイカのように割れるだろう。
『待て!』
オークの動きがビクッとして止まる。
ローザが両手を前にかざし、私が教えた魔法を発動する。
「エイム。シュート」
氷の矢がオークの胸に当たる。
しかし、威力が弱く、胸の筋肉に阻まれてしまう。
おそらく私がローザに前回の時のように同期化してアシストしていないので、まだ魔法攻撃に不慣れなローザは潜在的に持てる力の100分の1も発揮できないでいるのだろう。
『我に隷属せよ』
私はオークに命じた。
全てのオークが隷属した。
「ローザ、アシストするから火炎魔法を花火のように打ち上げて」
「はい」
私はローザの魔法を支援した。
花火のような火炎が打ち上がる。
「私たちが魔物を引き付けている間に、皆さんは逃げて下さい」
さっきオークに囲まれていた女性は子どもを抱きかかえて走った。
「ありがとうございます」
「まて、それではおぬしらは」
追いついてきた初老の男が言う。
「私たちは冒険者です。魔物は私たちが征伐します」
「お前らに始末できる数でもレベルでもないぞ」
「それでも依頼ですから、やります。早く逃げて下さい」
「本当に申し訳ないことをした。お金をケチったばかりに」
「今は、そんなことを言っている場合ではありません」
私とローザは森に向けて駆け出した。
迫りくるオークたちの頭上に火炎弾を炸裂させながら。
『お前たちよ。我に続け』
『『『『魔王様、承知!』』』』
オークたちは私の行く方向についてくる。
それを見た村人が叫んだ。
「神様、どうかあの勇気ある冒険者に加護を」
「私たちが間違っていました」
すすり泣きの声も聞こえる。
「案ずることはありません!」
それは気休めでも無く、事実だった。
周りを取り囲んでいる魔物の群れは、今や、私の軍勢だったからだ。
村から少し離れたところに魔物たちを誘導すると、リーダー格のオークが寄ってきた。
ひざまずこうとしたので、止めた。
『それはよい。何だ』
私は念話で話した。
『魔王様にご報告があります。我らがこの人里まで降りてきたのには理由があります』
『言ってみろ』
『はははっ。実はバーサーカー状態のアース・ドラゴンに追われて、ここまで来ました』
『アース・ドラゴンだと?』
アース・ドラゴンは普段は魔族領の奥深くに生息しており、こんな人族の人里には絶対に出てこない。
『どういうことだ』
『それに狂っていて、みさかいなく動くものを襲ってきます』
アース・ドラゴンは翼のない竜だ。だが、その戦闘能力は高く、おそらくSランクに分類される魔物だ。
地響きがする。
スタンビートのように魔物の群れが森の奥から逃げてくる。
「まずいな」
横にいたローザも数百を超える魔物が押し寄せる地鳴りに青くなっていた。
『お前たちで、討てるか?』
『わかりません。どういうわけか、あのアース・ドラゴンは戦闘能力も通常の倍のような気がします』
(まさか)
私には一つ心当たりがあった。
私の周りには数百の魔物が集まってきた。
その向うからアース・ドラゴンが姿を現した。