15 私が彼の子どもを産んだら、死刑なの? (魔王の娘視点)
自警団の男たちは少女を縄で縛ると、小突いて、歩かせた。
私もそのあとについていく。
「お前、何者だ。どうしてついてくる」
「私は冒険者よ。このあたりに魔物が出たという報告を受けて調査をしに来たの。付いてきているのではなくて、同じ方向だから一緒に歩いているだけよ」
「どこに向かっている」
「コレド村」
男は黙った。
「冒険者ギルドに討伐依頼を出したんでしょ」
「ああ、そうだ。魔物が出てきたのもおそらくこいつのせいだ。こいつが俺達を襲うために呼び寄せたんだ」
男たちは少女をまた小突いた。
「一つ訊いてもいい?」
「ああ」
「その子が魔女なら、どうして今頃処刑するの? 父親が魔族なんでしょ。生まれた時から、魔族とのハーフだって分かっていたんじゃないの」
「それは、こいつが魔法を使って人を襲ったからだ」
「違います」
少女が涙声で訴えた。
「どういうこと? 話してごらん」
「母が亡くなると、村の人達の態度が変わり、そして、村長の息子が私を襲ったんです。私はそれまで魔法は使えませんでした。習ったこともありません。でも、襲われた時に魔力が発動して、村長の息子に怪我を負わせてしまったんです」
(それって、ただの正当防衛で、悪いのは村長の息子じゃない)
「分かったろう。魔法で、村長の息子に怪我させたんだ。こいつは村に害をなす魔女なんだよ。血は争えないって奴だ」
(まったく、人族はいつも勝手なことばかりを言う。私達魔族を悪魔か何かのように思い、常に悪いのは魔族だと決めつける)
だが、私は冷静になろうとした。
ここで、この3人の男を倒して、この娘を助けるのはたやすい。
しかし、それは単に魔女が処刑前に逃亡したということになり、彼女は一生追われる身になる。それに、私も魔女に加担したことになる。
下手に戦えば私の正体がバレて、人族の街にいられなくなるかもしれない。
(だめ、私はダーリンと普通の女の子として恋愛をしたいの)
とりあえず、村までついて行くことにした。
村に着くと中央の広場に櫓が組まれて薪が並べられていた。
(あそこにあの子を縛り付けて、火を点けるつもりね)
私は思わず笑った。
「おや、おや、お前も何だかんだ言って、魔女の処刑を見るのが楽しみなんだな」
一緒に来た男の一人が、乱杭歯を見せて笑った。
「そうね」
私はここの村人は馬鹿なのかと思った。彼女が本当に悪意を持った魔女なら、ただの縄で縛り、こんな焚き火みたいなものに火を点けても殺せるわけがない。
水魔法でも氷結魔法でも、消火できるし、魔法でシールドを張ったり、身体強化をして火炎耐性を上げてもいい。
さらには攻撃魔法で、こんな弱い人族など一瞬で殲滅だ。
本気で魔女に対抗しようとするなら、まずその魔力を封じ込めなければならない。
この対応を見ても、この村人たちは本気で自分たちに害をなす魔女から村を守るつもりでいるのではないことは明らかだ。要は弱いものいじめだ。
村長の息子に逆らった父無し子で、母も亡くなり、保護者がいない孤児の娘を、いたぶって楽しむつもりなのだろう。
村人に囲まれ、半裸で櫓に縛り付けられた少女はぐったりとしていた。
(あきらめたのね)
仮にこの場を逃げても、彼女には行くところはない。
どこに行っても魔族とのハーフということで差別と迫害が待っているのだろう。
私はふと、恐ろしい事実に気がついた。
(私とダーリンとの間で子どもが生まれて、その子が人間の里で一人で生きることになったら、同じ運命が待っているの?!)
もちろん私の子なら魔王の王座の承継者だ。
この世界の全ての魔物がひれ伏す存在だ。
魔王城の宮殿で王族らしく大事に育てられるだろう。
でも、魔族と人族とのハーフであることは変わらない。
(この娘を救わないといけない)
別に人族の娘一人がどうなろうと、私には関係ない。
でも魔族との混血で、それが原因で殺されそうになっているのなら、全ての魔族の親的存在である魔王にとっては保護する責任がある。そして、将来の私の子が同じ立場に置かれるかもしれないのだ。
「ローザ、お前に死刑の判決を言い渡す」
村長らしき人物が厳かに言った。
村人が松明を片手に、ローザの足元に積んだ薪のそばにゆく。
ここで私が、魔法を使うのは悪手だ。
私は近くにいる魔物をサーチした。
(ちょうどいいのがいたわ)
森の上には、火炎三ツ目カラスの群れがいた。
火炎三ツ目カラスとは、目が3つある大型のカラスで、口からファイヤーボールを吐く。
そう聞くと恐ろしげだが、実際の火力は弱く、ファイヤーボールが当たったところで、少しやけどをするくらいで、たいしたことはない。
私から見ればゴブリンと大差ない雑魚だ。ゴブリンとの違いは空を飛べるかどうかだ。
だが、か弱き人族から見れば、空中から火炎攻撃をしてくる黒い大きな怪鳥は十分に脅威だろう。
『三ツ目火炎カラスよ。我に隷属せよ』
『『『『御意』』』』
9羽ほどの三ツ目火炎カラスが、3羽ずつの3つの編隊を組んでこちらに飛んてくる。
『よし、作戦開始だ』
そう命じると、私はわざとらしく叫んだ。
「見て、あれは何?」
「雲か?」
「カラスか?」
「いいえ、魔物の怪鳥よー!!」
『第1隊は、急降下して、松明を持っている男を攻撃せよ』
『『『ラージャ』』』
3羽の先頭の編隊が急降下した。
火炎弾を吐く。
そのまま、松明を持っている男の目をくちばしで狙う。
「ぎゃあああああああああああああああああ」
男は松明を投げ捨て、目をかばい地に身を投げた。
その背中に火炎弾が炸裂して服が燃えだす。
「あち、あちちちち」
地面に転がり必死に火を消そうとする。
村人たちはそれを見て、青くなった。
『第2、第3隊は、村長とその息子を狙え。中心にいる人物だ。遠慮はいらん、ヤッてしまえ』
『『『ラージャ』』』
上空を旋回しながら、威嚇するために火炎弾を落としていた第2、第3隊が、村長たちを襲う。
「助けてくれー」
村長が叫ぶ。
私はゆっくりと少女に近づき、縛っている縄を解いた。
村の男達は剣や槍を振り回しているが、空からの魔法攻撃には無力だった。
「このままだと村は全滅するぞ」
「空からの魔法攻撃には、魔法で対抗するしかない」
「魔道士だ、魔道士を呼べ」
「この村のどこに魔道士がいる」
「街だ、街に駐在している軍隊か、冒険者ギルドにならいるはずだ」
「バカを言うな。街まで使いをだしても、最低でも半日はかかるぞ」
私は少女に話しかけた。
「初めまして、ローザ、私はアン。冒険者よ。いい、これから私の言う通りにしてみて」
私はローザに氷の矢を撃つ初級魔法の発動の仕方を教えた。
時間がないので魔法陣は私が構築し、詠唱も省略して、彼女がエイムして、トリガーを引くだけでいいように設定した。
まあ、高度な支援魔法の組み合わせで実現できるものと思ってもらってもいい。
ただ、相手に十分な魔力がないと魔法は発動しない。
その点、さっき鑑定したがローザは純血の魔族にも劣らない豊富な魔力を持っていて、魔法をコントロールするスキルの一種である魔力適性も高かった。
「さあ、あの魔物たちに『エイム』と言って照準を合わせて、そして『シュート』と言ってみて」
ローザは困惑しながらも、私の言う通りにした。
ローザの手から氷の矢が射出されて、村長を襲っていた三ツ目火炎カラスを射落とした。
「できるじゃない。さあ、その調子で他の魔物も撃墜するのよ」
ローザが次のターゲットに手を向けた。
「エイム」
「シュート」
今度は空中で三ツ目火炎カラスがバラバラになった。
「助けてー」
村長の息子が三ツ目火炎カラスに目を突かれそうになって悲鳴を上げていた。
「動かないでください。今助けます。エイム、シュート!」
村長の息子の肩に止まり、目を攻撃していた三ツ目火炎カラスが吹っ飛んで裂けた。
「ロ、ローザがやったのか……」
村長の息子が目を丸くしていた。
ローザは背を向けると、村人たちを襲っている三ツ目火炎カラスを次々と落としていった。
ほどなくして、三ツ目火炎カラスはすべてローザに撃墜された。
村人たちがローザの前に集まってきた。
「あらあら、彼女の魔法が無かったら、今頃、全滅ね」
私は村人たちに言った。
村人たちは顔を見合わせた。
「さて、邪魔な魔物もいなくなったことだし、処刑の続きでもする?」
「それは……」
「ところで、私は調査に来た冒険者だけど、魔女を処刑するということでいいのね。ただし、人間に害をなす魔女と違い、魔物を倒す魔法使いは貴重な存在で、王都ではそれはそれは厚遇されているわ。もし、貴重な人材を不当な裁判で殺したら、責任者は死刑で、村人も連座責任で全員処罰されることになるけどいいのね? 私は帰ってから、王都に行き、公平な眼で報告をするわ」
「待ってくれ」
「何?」
「処刑はなしだ」
「どうして」
「ローザは魔物から村を救ってくれた。人を襲う魔女じゃないことが判明した」
「そう。ならいいわ」
(これで私の正体がバレることなく、ローザをなんとか救えたみたいね)
私は、村を出ると街に帰るために街道を歩き始めた。
「待って下さい~」
後ろから声がした。
振り向くとローザだった。
「私を連れて行って下さい」
「はい?!」
「あの村を出ます。私も街に連れて行って下さい」
「どうして?」
「あなたは命の恩人です。しかも高名な魔法使い様だとおみうけします。私を弟子にしてください」
「ええええっ」
「お願いです。処刑は免れましたが、もうあの村にはいられません。あなたが言われるように魔法を使える人材が貴重なら、私に魔法を教えてください」
「ちょっと、待ってよ」
しかし、ローザは懐いてしまった捨て犬のように私にまとわりつき、離れようとしない。
(ああ、やってしまったのかも……)
そうして、私はローザを連れて戻ることになった。
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