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12 彼女とのリア充に、異世界に召喚されてよかったと初めて思う (勇者視点)



 この世界の食は貧しい。


 それに知らない土地での外食は当たり外れがデカい。どこで地雷を踏むかもわからん。


 俺は、仮面の勇者の巨大フィギアを見つけると、迷わず『勇者食堂』に決めた。


「ここだよ」と俺が店を指し示すと、アンは動揺した。そして勇者もこの店に来るのかと尋ねた。


 これには、不意を突かれた。


 まさか、「はい。ここにいます」とは言えない。


 適当にごまかした。


「君の住んでいた町には勇者食堂は無かったのかい?」


「無いわ。だって、人は、ほとんど住んでいないところだったから」


 俺は驚いた。


 同時にこれまでのことが納得できた気がした。


(アンは、辺境の貧乏な村の出身だったのか)


 いや、人がほとんど住んでいないというのだから、村ですらないかもしれない。


 何か事情があると思っていたが、そういうことか。


 アンはきっと魔族の国との国境付近の辺境の地で暮らしていたのだ。


 だからホーンラビットなどめずらしくないのだ。もしかすると人よりもホーンラビットの方が多く生息していたのかもしれない。


 それに、時折、感じるあの魔力。


 おそらく魔族のものだ。


 事実を総合するとこうなる。


 アンの先祖は魔族の血が入っているのだろう。魔族の国に隣接する辺境の村かなにかで、先祖が、魔族と恋に落ちて子どもを作り、それで、追放されて、魔族の国との国境付近の辺鄙な地で生きてきたのだ。


 魔族クオーターとかそういうのだろう。


 差別と貧困の中、ろくに人と接触することもなく生きて来たのだろう。


 だから、言動が変なのだ。


 だから、お金が無いのだ。


 きっと、辺境の地で、祖父と二人ぐらしとかしていて、その祖父が亡くなり、形見の魔法ポーチ一つをもって人里に降りてきたに違いない。魔法ポーチは魔族からもらったものだろう。契の証かなにかだろう。


 そう考えると何もかもが腑に落ちた。


(でも、彼女には俺が、彼女の素性を知ってしまったと悟られないようにしないと)


 差別と貧困、異分子の排除。


 それはいつの時代、どの地域にもある。


 彼女はその不条理を一身に背負っているのだ。


 俺は、彼女のか細い肩を抱きしめたくなった。


 日本に生まれ育ち、この世界に転移してからは勇者として崇められて来た俺は何と恵まれていたのであろう。


 俺の想像は、店に入ると的中した。


 アンは、肉じゃがを見ると、目の色を変えてかき込んだ。


(多分、何日も何も食べてなかったんだろう。それに、こんな美味しいものを食べるのは生まれて初めてなのかもしれない)


 続くピザ、デザートとアンは貪るように食べた。


 俺は身体を壊さないかと心配になった。


 遭難して絶食していた人が急に食事を食べると、最悪死ぬケースもあると昔聞いたことがある。


 だが、アンはいたって元気そうにお代わりをして、恍惚の表情で俺が開発したスイーツを食べていた。


 食べ終わると、アンは急に下を向いた。


(まずい。やっぱり、いきなり食べすぎて身体に不調をきたしたのか)


 だが、違うようで、アンは泣いていた。


「どうしたんだい」


 俺は心底心配になり訊いた。


「あんまりにも、あんまりにも料理が美味しすぎて……」


 そう言って泣き出した。


 俺も、思わずもらい泣きしそうになった。


(分かる。差別と貧困の日々で、何もない辺境で生活していたのだろう。もう大丈夫。俺がそばにいるから)


「よかった。そんなに喜んでもらえて」


 俺は彼女に優しく言った。


 彼女が顔を上げた。


 俺は、彼女が美味しいものを食べて、お腹が一杯になったことが嬉しかった。


(辛い日々はもう終わりにしよう)


 そう心の中で語った。


 俺はトイレにゆくふりをして、会計を済ませた。


 あの姿を見たら、とても彼女に支払いをさせるわけにはいかない。


 そして、トイレから戻ると「そろそろ行こう」と言って、店の外にでた。


 外に出ると彼女が身震いをした。


 ずっと不幸な生活に耐えてきた彼女があのスイーツを食べる時に見せた満面の笑みに俺の心は溶けそうだった。


「寒いのかい?」


「ええ」


 思わず、肩を抱いてしまった。


 腕を回してから、俺は自分がしていることに動揺した。


 女の子とこんなことをするのは生まれて初めてのことだ。


 だが、彼女は俺の手を振り払うこともせず、むしろ身を寄せるようにしてきた。


 彼女の肌のぬくもりが、服越しでも伝わってくる。


(あああああ、異世界に来て良かった)


 俺は異世界に来て、勇者を卒業して、初めて今、リア充というものを体感しているのであった。







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