10 初めてのデートは異世界の味(魔王の娘視点)
「ここだよ」
「えっ、ここ?」
「そうだよ」
私の足が固まった。
なぜならば、店の入口に仮面の勇者の像が置いてあったからだ。
「何で勇者がいるの?」
「ああ、それはね、この店で出すのは勇者の故郷の異世界料理だからだ」
「じゃあ勇者の店なの?」
「いや、勇者の元専属料理人が出した店だ」
「勇者もここに来るの?」
その言葉に彼は不意をつかれたような顔をした。
(やだ、来るのね……)
勇者は私がこの世で一番会いたくない相手だ。
「勇者は来ない」
「でも故郷の料理なんでしょ。食べたくなってお忍びでくるかもしれないわ」
「そういうことが仮にあっても、この店には来ないんじゃないかな」
「どうして?」
「勇者食堂は世界中に300店近くある。だから、ここに来る必要はない」
「そんなにあるの」
「ああ、チェーン店という仕組みで、それも勇者から専属料理人が学んだ異世界の知恵だ」
「そうなの」
「君の住んでいた町には勇者食堂は無かったのかい?」
「無いわ。だって、人は、ほとんど住んでいないところだったから」
それは事実だ。魔王城のある王都には人族は数えるほどしかいない。まして、王都で天敵の勇者ゆかりの食堂など開けるわけがない。
「そうか……」
「ここに入るの?」
「嫌かい?」
「とんでもない」
勇者の故郷の料理というのは正直嫌だが、ダーリンがせっかく誘ってくれたお店を断るなんて私にはできない。
私はダーリンと店に入った。
「いらっしゃいませ」
威勢のいい呼び声で迎えられた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私は夢中でスプーンで柔らかいものをかき込んだ。
「おかわり」
店員にそう叫んだ。
「プリン、追加で入りました」
初めてのデートだというのに、私はつい我を忘れてしまった。
最初の衝撃は『肉じゃが』という料理だった。肉と芋と野菜を煮た料理だが、甘辛くてこれまでにない味だった
最初、勇者のいた異世界の料理ということで、とんでもないゲテモノ料理や、変な味の見たこともない食材の料理が出てくるものだと思っていた。
(まさか、いつも食べている肉と芋がこんな風な料理に化けるとは)
勇者恐るべし。まったく侮れない相手だ。
2回戦は『ピザ』という料理だった。
肉じゃがとは打って変わって、カリカリに焼けたパン生地とチーズ、そしてトマトソースが絶品だ。パンもチーズもトマトもおなじみの食材だが、こんな料理になるとは思わなかった。
もう2品で完敗で、私は勇者に攻略されてしまっていた。
しかし、まだそれはほんの始まりにすぎなかった.
それを痛感したのは、デザートになってからだ。
ケーキ、プリン、アイス、もう私の食欲は止まらない。
ああああ、恋よりも甘くて美味しい。
いけない。いけない。
こんな姿、私の王子様に見せられない。
でも、スプーンを持つ手が止まらない。
気がついたら、私の前には食器が山積みになっていた。
(ああああああああああああああああ、また、やったちゃったー)
私はあまりの美味しさと恥ずかしさと後悔の念で泣きそうになった。
いや、泣いた。
涙がポトリ、またポトリとテーブルに落ちた。
「どうしたんだい」
彼がすごく優しく訊いてくれた。
その声はさっきのプリンより私を甘やかしてくれるような響きだった。
「あんまりにも、あんまりにも料理が美味しすぎて……」
(愛しのダーリンの前で恥ずかしい姿を見せたから、しかも初のデートだったのに……)
後の言葉は言葉にならなかった。
「よかった。そんなに喜んでもらえて」
彼が安堵したように言った。
「え?!」
私は彼を見上げた。
嬉しそうに微笑んでいた。
彼が嬉しければ、私も嬉しい。
私も釣られて笑った。
「十分食べたから、そろそろ行こうか」
「はい」
(そうだ、さっき服屋でお金がなくて、お礼のプレゼントができなかったから、ここの支払いは私がしないと)
彼は、出口に向かって歩いてゆく。
「ええと、代金は?」
すると、店員が「お連れ様から、もういただいております」と答えた。
(えええええええええええええええ、いつの間に?)
でも、この展開、人族の恋愛小説でよくあるパターンだ!!!!!
(こ、これが人族のデートなのね)
私は、魔王城でメイドたちから聞き出した、彼女たちの恋バナを思い出した。
『森で二人でワイバーンを狩ったんです。そして内蔵を取り出した後、火炎魔法で焼き払って、二人で腹にかぶりついたんです。もうホント、最高でした』
あの時は、そんなデートもありなのかと思っていたが、こうして彼とデートしてみると、あまりにも野蛮すぎる。
でも、私もあのまま魔王城にいたら、いずれは、父が認めた婚約者と、ぶくぶくと泡を立てている濁った沼の辺で目玉の飛び出た電雷刃魚を食人草にくるんで蒸し焼きにして、ピクニックを楽しんでいたかもしれない。
その姿を想像して身震いをした。
「寒いのかい。夜になって冷えてきたから」
「ええ」
まさか、毒沼の横で目玉の飛び出た魚を焼いているデートを想像したとは彼には言えない。
すると、なんと、彼が私の肩に手を回すと抱き寄せてくれた。
彼のぬくもりが肌に伝わってくる。
(あわわわわわぁ)
感動のあまり卒倒しそうになった。
思わず私は空を見上げた。
美しい星が瞬いていた。
(家出して、よかった)
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