未来の話
聞き間違いかと思い、彼女の言葉を理解するのに時間がかかってしまった。
(お、お嫁さん?)
反応に戸惑っていると咲愛さんは、手を口元にやって小さく笑った。
「ふふっ、じょーだんです。すみません、間宮さんがビックリするところが見たくて」
「えっ、あっ、だ、だよなー冗談だよな」
(一瞬、マジでプロポーズ的なやつが来たかと思って驚いた自分が恥ずかしい……)
顔がみるみる赤くなっていくのが自分でもわかる。穴があったら入りたい気分だ。
「もし、冗談でなければ間宮さんは、私をお嫁さんにもらってくれますか?」
彼女は、もし冗談ではない場合の仮定の話をする。
「もらう、もらわないというより結婚とかはまだ早いんじゃないかな。俺も咲愛さんもさ」
歳が離れているのはいいが、俺は、高校生だし、咲愛さんは、中学生だ。まだ結婚とかそういうのは早い気がする。
「それもそうですね。ですが、私は、早めに結婚したいです」
「理由とかあるの?」
「えっと……子供を早く卒業したいからですかね。自立して、家族を持って……」
まだ先の未来を考えているが、彼女は、そこで話が止まり、涙を流していた。
もしかして、聞いたらいけないことを聞いたから泣かせてしまったのだろうか。
「ごめん、咲愛さん。聞いたらダメな────」
「ま、間宮さんが謝ることは何もないです。私が、勝手に泣いているだけなので……」
そう言った彼女は、とても寂しそうで1人にさせたくないと思った。
俺は、咲愛さんのことをほとんど知らない。だからこの涙が、何があっての涙かわからない。
けど、中学生でまだ小さい彼女にとって大きな悩みを抱えているのはわかった。
俺は、彼女に大切なことを教えてもらった。だから、俺も咲愛さんの力になれることがあれば、何かしたい。
そう決めて、泣いているところを見られたくなくて、俺に背を向けた彼女の頭を撫でた。
***
「は、恥ずかしいところをお見せしてしまってすみません!」
ペコリと謝る咲愛さんは、泣いた後なのでまだ少し目元が赤くなっていた。
「大丈夫だよ。泣きたいときって誰にでもあるから」
「間宮さん……。あの、先ほどやってもらった頭撫でるやつ、もう1回やって欲しいです」
咲愛さんが、俺に向かってうるっとした目でお願いしてきたので、断れるわけがなかった。
そっと手を伸ばし、お願いされた通り、彼女の頭を撫でようとしたその時、ドアがガチャっと開いた。
「お兄ちゃん、咲愛ちゃん、ケーキ食べ───なっ、何するつもり!?」
ドアを開けてすぐ、美雨は、俺が咲愛さんの方に向かって手を伸ばしていたのに気付き、慌てて、咲愛さんのところへ行って、守るようにぎゅっと抱きしめた。
「お兄ちゃん、咲愛さんを襲うもり!?」
「何言ってるんだよ。襲わねぇーわ!」
(頭を撫でようとはしてたけど……)
「よーしよしよし、咲愛ちゃん、もう大丈夫だからねぇ~」
俺の証言じゃどうやら美雨の誤解は解けないようで、俺は、咲愛さんに目で誤解を解くのを手伝って欲しいとお願いした。
「あ、あの、美雨さん。私は、大丈夫です。間宮さんに襲われていませんし」
「そうなの? けど、咲愛さんがそう言うならそうなのか」
初対面の咲愛さんより俺は、妹に信頼されていないのか……。
その後、咲愛さんと美雨の3人でケーキを食べながらお喋りしたり、食べ終えた後は、ゲームをして満喫した時間を過ごしていた。
「あっ、そろそろ帰らなくては……」
そう言って咲愛さんは、帰る準備をし始める。気付けば、彼女が来てから3時間が経っていた。
「また遊びに来てね、咲愛ちゃん。お兄ちゃん、送りにいってあげなよ?」
「言われなくても行くつもりだったよ」
「ありがとうございます、間宮さん。送るのは家までではなく、あの公園までで」
「わかった」
美雨は、玄関まで見送り、俺は、咲愛さんをいつものあの公園まで送る。
「今日はとても楽しかったです。美雨さんも優しい方で仲良くなれそうです」
「俺も楽しかった。美雨も多分、同じことを思っていると思うよ」
お婆ちゃんも咲愛さんに会いたがってたけど、寝てたからそれはまた今度かな。次があるかわからないけど……。
公園に近づき、そろそろお別れといったその時、後ろから聞き馴染みのある声がした。
「あれ、隼人じゃん」
「ほんとだ」
後ろを振り返るとそこには穂香と拓海がいた。
「えっと……美雨ちゃんじゃないでしょ?」
穂香は、咲愛さんが目を細めて妹じゃないことを確認する。
「私、隼人の友達の穂香です。お名前は?」
「間宮さんのお友達ですか。初めまして、緋村咲愛です。咲愛と呼んでもらえたら嬉しいです」
穂香は、咲愛さんの天使スマイルを受けて、プルプルと震えながら「かわよい」と呟いていた。
「じゃあ、咲愛ちゃん! あっ、こっちは、私の彼氏の拓海。ところで、隼人とはどういうご関係で?」
コソッと俺に聞こえないよう咲愛さんに聞こうとする穂香だが、彼女の声はでかく、普通に聞こえてきた。
「間宮さんとはお友達です」
咲愛さんがそう答えると穂香は彼女に抱きつき、楽しそうに女子トークを始め、拓海は俺の隣でボソッと呟いた。
「お友達……誘拐かと思った」
「誘拐してないわ。普通に偶然知り合って、話すようになっただけ」
「そかそか。ところで隼人って年下好き?」
「質問の意図がわからない。てか、そもそも好きな人できたことないし」
どちらと付き合いたいと言われたら同い年かなと答えられるけど。
「隼人。咲愛ちゃん、お持ち帰りしていい?」
抱きしめたまま穂香は、俺に聞いてくる。
初対面の人に抱きしめられて嫌がっているのではないかと思ったが、咲愛さんは、嫌そうではなかった。
「ダメだろ」
「えぇ~。今日はもうあれだけど、またゆっくり話そうね」
「はい。では、間宮さん、穂香さん、拓海さん、また会えましたら次はゆっくりとお話したいです」
咲愛さんは、3人に向けて手を振ると家に向かって歩いていった。
***
帰宅後、咲愛は、姉の部屋に行って、決まったことを伝えにいった。
「お姉ちゃん、海に行く日なんですが、8月3日でも大丈夫ですか?」
咲愛が聞くと結衣は、確認するためスマホでスケジュールを見た。
「うん、いいよ。そういや、一緒に海行く人の名前なんていうの?」
結衣は、スマホから顔を上げて、目の前にいる咲愛に尋ねる。
「間宮隼人さんです」
「……ん?」




