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7/20

15時間喫食なし

 リーザさんとは結局リドルワース駅まで乗り合わせた。彼女は上品な微笑みを残して改札口へと歩いていった。時刻は13時24分。ピンカーブリッジ駅の駅員やリーザさんの口ぶりを聞くにやはり駅弁はこの世界にないらしい。おそらく駅そばもないだろう。そう考えた私は、他の乗客とともに改札口へと向かった。

 切符を差し出し、改札口で駅員に声をかけた。

「すみません。この切符は途中下車できますか?」

 駅員は切符を確認すると、笑顔で答えた。

「はい、できますよ」

「ありがとうございます。この近くにランチボックスを買える店ってありますか?」

 次いで尋ねると、駅員は渋い顔をした。

「コレクタードの方に行かないといけないので、近くにはないですね。だいたい徒歩10分はかかりますね」

 それでは往復するだけでも乗り換えに間に合わない。

「分かりました。ありがとうございます」

 私はお昼を諦めトワイライト急行の発着ホームへと向かった。

 ホームには深緑の列車が停まっていた。機関車のボイラーは立派で迫力があり、炭水車もグロース鉄道のものより大きく、客車の側面には金の帯があしらわれていた。一目で高級感が伝わった。発車案内によると、これが普通列車だという。私は緊張しながら車内へと足を踏み入れた。

 座席配置はグロース鉄道と同じく四人掛けのボックスシートが左右に並んでいるのだが、グロース鉄道と異なり背もたれにもモケットが張られていた。天井の照明も暖色系で落ち着いた雰囲気だ。これが本当に普通列車の三等車かと不安になる。私はそっと空いてる座席に腰を下ろした。

 腹の底に響くような汽笛が鳴り、引っ張られるような衝撃が加わった。トワイライト急行での旅が始まったのだ。

 車窓は政都リドルワースの区画整理された町並みを離れ、郊外の石造りの住宅街へと移り変わる。この時までは、私は、一食ぐらい抜いても死にはしないとたかをくくっていた。

 しかし車窓が牧歌的な農村地帯に移り変わる頃には、空腹は耐え難いものになっていた。この間一時間もなかっただろう。これが若さというものか。

 それでも車窓が移り変わっているうちは紛らわすことができた。川を越え山を抜け列車は大地を直走った。その目に映る全てが新鮮だった。時折現れる動物たちも私の目を楽しませてくれる。そして列車は未開拓の草原地帯へと進んでいった。人の腰ほどはありそうな長草の生える大平原に夕陽が沈む様は壮観だった。

 列車は黄昏時にメルンに到着した。向かいのホームにはヴェスター鉄道の赤い機関車に引かれた列車が停車していた。客車はクリーム色の地に赤帯が引かれていた。空腹はすでに絶頂に達していたが、これに乗らないと帰れないので、泣く泣く乗るのである。

 ヴェスター鉄道の客車の車内も四人掛けのボックスシートが左右に並んだ配置だった。今のこの世界ではどこもそうなのかもしれない。モケットは腰掛けと背もたれの下半分に張られていた。帰宅ラッシュ時間帯で、席はほぼ埋まっていたが、私は何とか空いている座席を見つけることができた。

 汽笛と衝撃と共に列車は走り出す。今や残光もなく、車窓には街明かりがぽつぽつと浮かんでいた。その時ただ思っていたのは、腹が減った、何か食べたいということだけだった。

 車窓を楽しむこともなく、ただひたすら到着を願った旅も終わり、私は約15時間ぶりにピンカーブリッジに戻ってきた。人がいいことにアンリは、私の到着を改札前で待っていてくれていたのだ。私はよほど酷い顔をしていたのだろう、改札を出ると彼は血相を変えて駆け寄ってきて肩を掴んだ。

「ウィナー! 大丈夫か!?」

「お腹すいたよおおおおお!」

 私が訴えると、アンリは呆れたように笑った。

「お昼食べたんじゃないのかよ」

「それがな、話すと長くなる。とりあえず晩飯が食べたい。ガッツリして腹にたまるもので」

「じゃあアルバランステイクなんかどうだ? 安くて美味い店知ってるんだ」

「じゃあそれにしよう」

 正直アルバランステイクが何なのかは見当がつかないが、今は食べれるものなら何でもいいから腹に入れたい。こうして我々は二人仲良く晩飯を食べに行ったのだった。


     *     *     *


 連れてこられた店の名はスカ=アントニー。店の入り口には立派な角をもった牛の頭蓋骨が飾られていた。なるほど、ここは肉料理屋らしい。

 店内は広いが客の入りは少ない。当然だろう、時刻は21時半を過ぎたところなのだから。おかげで広々とした四人掛けのテーブルに通された。席に着くなりアンリはメニューを広げ、こちらに向けて尋ねてきた。

「さあウィナー、何ペツォにする? なんと20ペツォならたったの10ウンスなんだ! と言っても、転生初日じゃ単位が分からないか……」

「そうだな。でも量を訊かれてるというのはなんとなく分かる。参考までに何ペツォがどのくらいの量か教えてくれないか?」

 私が頼むと、アンリは朗らかに笑って頷いた。

「そうだな。一般的な量は20ペツォだ。ただ、俺は30ペツォは食える。キミは今日昼を抜いて腹が減ってるようだし、40ペツォにチャレンジするのもいいんじゃないか?」

 それを聞いて量の見当が大体ついた。1ペツォがおそらく約10グラムだ。メニューで値段を見てみると20ペツォが10ウンスであるのに対し、30ペツォが13ウンス、40ペツォが15ウンスと量が多くなるほどお得になっている。腹は決まった。

「じゃあ40ペツォいってみるか!」

「そう来なくっちゃ! すみません!」

「はーい!」

 アンリが店員を呼ぶと溌剌とした声が返ってきた。間を置かず快活そうな男の店員が小走りにやって来る。

「はいお伺いします!」

「アルバランステイクの40ペツォを二つ。以上で」

「アルバランステイクの40ペツォを二つですね! 只今から焼き上げますので少々お待ちください!」

 アンリの注文を正確に復唱し、店員は奥に戻っていった。それを見届けてアンリは手を組み、身を乗り出して尋ねた。

「それでウィナーよ、お昼を抜いた話、聞かせてもらおうじゃないの」

「ああ、それがな……」

 俺は駅弁とは何かということから語り、ピンカーブリッジでお昼を買わなかったこと、リドルワースでお昼を買う時間がなかったことを話し聞かせた。私が話し終えると、アンリは興味深そうに言った。

「なるほど、生前の記憶の常識がこの世界にはなかったわけだな」

「ああ。と言っても、生前の世界でも駅弁は大分姿を消していたけどな」

「それは寂しいな」

 俺が答えると、アンリは心底残念そうに答えた。そこに先ほどの店員がプレートを両手に持ってやってきた。

「お待たせしました。アルバランステイクでございます」

 音を立てる鉄板の上にソースのかけられた二つの大きな肉の塊と付け合わせの野菜が載っていた。アンリはナイフとフォークで肉を一口大に切って口に運ぶ。私も早速食べてみることにした。

 噛む度に肉汁が溢れ口の中に旨みが広がる。肉の塊は口の中でほろほろと崩れた。甘じょっぱいソースは、それ自身にも旨みがあるが、肉の味を決して邪魔することなく引き立てていた。なるほど、これは生前の世界でいうところのハンバーグだ。

 アルバランステイクが何か分かったところで、私はアンリに重要な話を切り出すことにした。

「それでアンリ、実はグロース鉄道の車内でリーザ=ハーバーマスさんに出会ったんだ」

「ハーバーマスというと、グロース鉄道のオーナーの家族か?」

 アンリはすぐに話についてきてくれた。おかげで私もスムーズに話すことができた。

「一人娘だそうだ。それで訊かれたんだ。自分で駅弁を広めるつもりはあるかって」

「それで、なんで答えたんだ?」

「広めてみせるって」

「おお〜」

 アンリは感心したように声を漏らす。しかし私には心配事があった。

「まずは人を集めろと言われた。ただ、誰に声をかけたものか……」

 それを聞くとアンリは私の不安を吹き飛ばすように笑った。

「我が友ウィナー=クリアウォーターよ。企業の存在目的は利益を上げることにある。そういう意味では経理は企業の心臓部だ。その立場で貢献できる人間が今目の前にいるじゃないか」

「もしかして、アンリ=ルフェーヴル、手伝ってくれるのかい?」

 私が尋ねると、アンリは自信ありげに自分の胸を打った。

「帝立ピンカーブリッジ大学経営学部経営学科会計学専攻アンリ=ルフェーヴル、喜んで役に立ちましょうぞ!」

 私たちは固く握手を交わす。心強い仲間ができた。こうして私たちの人財集めが始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めての世界で鉄道乗り継ぎ旅、トラブルが起こらないわけがないと思ったら…… 食事が食べられないどころか、遅延で乗り継ぎ失敗するのではないかとハラハラしてしまいました。 そういえばヨーロッパ…
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