表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/20

この世界、あの世界

 私はアンリの顔を見た。アンリの表情は真剣そのものだった。困惑しつつも私は問いかける。

「魔女? この世界には魔女がいるのか?」

「なんだ知らないのか? 魔女に拐われると魔術の実験台にされてまず戻ってこられない。たまに戻ってきても全ての記憶を失ってだ。なあウィナー、俺のこと覚えてるか? 名前、出会ったきっかけ、初めて一緒に行った場所、全て」

 アンリの目には不安が宿っていた。彼は本当に私のことを想ってくれている。これ以上心配させるわけにはいかないーーそう思った私は、正直に話すことにした。

「正直に話すと、覚えてない……。でも、魔女に拐われた訳じゃないんだ。信じてもらえないかもしれないけど、私は転生してきたんだ。それで、目覚めたのが今日なんだ」

「信じるよ」

 神妙な面持ちでアンリは答えた。そのことに私の方が驚いてしまう。

「信じてくれるのか?」

「ああ、『何もない』と言われるよりはよっぽど信憑性のある話さ」

 アンリは笑う。私も緊張が解けて笑ってしまった。この世界の私は本当に友達に恵まれたものだと思う。ここで私は気になっていたことを訊くことにした。

「なあアンリ。どうして私が記憶を失っているって分かったんだい?」

「なあに簡単なことさ。今までのウィナーならルシェブルなんて絶対に飲まない。甘すぎるってな。なんたって『渋みがなきゃ紅茶じゃない』とか言ってペネしか飲まなかったんだぜ? それがルシェブルを頼んで、しかも美味いときたもんだ。そりゃ何かあったって察するよ」

 アンリは笑みを浮かべたまま答える。話から察するにペネは渋みの強い紅茶のようだ。今度はそれを試してもいいかもしれない。そう思ってるとアンリが興味津々といった表情で身を乗り出して尋ねた。

「そういやキミは転生してきたんだよな。元いた世界、そこでのキミの人生が知りたいな」

「ああ。生前私がいた国は日本国と言ってな。ここラーザリ帝国と同じように鉄道が発達した国だった。といっても、地方の衰退から、駅や路線の整理が大分進んでいたけどな」

「そっか、それはちと寂しいな」

 アンリは顔を曇らせる。廃駅や廃線の話題は私だって寂しい。だから私は明るい話もすることにした。

「ああ。でも悪いことばかりじゃないんだぜ。日本国は時速200キロメートル以上で走る高速鉄道を世界で初めて開業させたんだ。そして、全国を高速鉄道で結ぼうという壮大な計画があって、私の死んだ年も、開業に向けて工事が進められていたんだ」

「時速200キロメートル! すごい速さだな!」

 アンリは目を輝かせる。そんな彼を見て私もうれしくなった。

「それで、私の人生についての話に移ると、私は幼い頃から父に鉄道でいろんなところに連れてってもらって、いろんな美味しいものを食べさせてもらってたんだ。だから、自然と鉄道旅やグルメ旅が好きになった」

「いいお父さんだったんだな」

「ああ。それで、自分の好きを活かせる仕事は何かって考えたときに、全国を周って美味しいものを探し、お客様のもとに届ける百貨店の催事担当がいいんじゃないかと思ったんだ。それで大学を出て百貨店に入社して、晩年は催事担当の責任者をさせてもらってたんだ。ところが出張中に鉄道事故に遭ってしまって、それでおしまいだな。思えば最期まで鉄道と縁のある人生だったな……」

「話を聞いて分かったことがあるよ。生前のキミと俺が知るウィナー=クリアウォーターには共通点がある」

「何だい?」

 私が尋ねると、アンリは椅子の背もたれに身体を預けて答えた。

「心から鉄道とグルメを愛しているということさ」

 アンリは優しい笑みを浮かべていた。一方私は、生前の私とこの世界の私との間で、好みや性格に差がないことに安堵していた。

 こうしてこの世界で初めての食事は和やかに終わった。店の掛時計は6時半を指していた。


     *     *     *


 私はアンリと共に一旦寮の部屋に戻った。というのも、時刻表と地図を探したかったからだ。幸いそれらは本棚からすぐに見つかった。

 私は早速時刻表と地図を机の上に並べる。現在地はここプログレシンタ公領ピンカーブリッジ。帝国の中央からやや北西にずれたところに位置している。他の大都市の様子も見てみたいが、かといってあまり遠くに行くと泊まりになる。となるとやはり、帝国のほぼ中央に位置している政都グローラ王領リドルワースが安牌か。ここピンカーブリッジとリドルワースとの間にはグロース鉄道が通っている。ただ往復するのは面白くない。ここピンカーブリッジからは、南に伸びてメルンを通りクシャナシュパーツに至るヴェスター鉄道もある。メルンではリドルワースから西に伸びるトワイライト急行と接続している。これは良さそうだ。

 続いて時刻表を繰る。ヴェスター鉄道に先に乗るルートだと、出発は今から45分後。メルンやリドルワースでの接続が1時間以上と悪く、今からでは今日中に帰って来られない。グロース鉄道に先に乗るルートだと、出発は30分後。各駅の接続もよく、21時15分には帰って来られる。

「お、早速探検か?」

 唐突に後ろから声をかけられる。振り向くとアンリが地図と時刻表を覗き込んでいた。私は顔をそれらに地図と時刻表に向けて答えた。

「ああ。リドルワースに行ってくる。21時15分には帰れるよ」

「分かった。晩飯は待ってるよ。独りで食べても寂しいだけだしな」

「ありがとう」

「しっかし、本当に転生してきたんだな」

 可笑しそうな声色でアンリは言う。その理由が私には分からなかった。

「どうして?」

「リドルワースなんて、以前のキミならわざわざ行かないよ。グロース鉄道なんて乗り飽きた〜、て言ってな。辺境の地方路線の方がキミは好きだったからね」

「でも今の私にとっては全ての路線が新鮮だからね。行ってくる。駅まではどのくらいかかる?」

「徒歩5分ほどだね。気をつけて」

「ありがとう」

 私は地図と時刻表を鞄に入れて立ち上がった。アンリは寮の昇降口まで見送ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初めての国の鉄道で鉄道乗り継ぎ旅をする主人公、勇者か!?(欧州遅延しまくり鉄道の記憶がよぎる)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ