難題
我々は早速商談の結果を会社に持ち帰った。オフィスに入り、よっぽど我々の顔色が悪かったんだろう。エミリアが血相を変えて駆け寄ってきた。
「お二人とも、どうされたんですかぁ!?」
私はそれに、なんでもない、と手を振って応えた。
エミリアの声を聞きつけてだろう、アンリとルシアもこちらに顔を上げていた。私は咳払いを一つして伝達した。
「急で申し訳ないが、午後から会議をやる。我が社の今後を決める重要な会議だ」
「それって、今日の商談の結果と関係が?」
アンリの問いに私は黙って首を縦に振る。空気が張り詰めたのを感じた。
「緊張するのはまだ早い。昼食はリラックスして摂ってくれ。食事を楽しむのも我々の仕事だからな」
皆の顔は固かったが、それでも頷いてデスクに戻った。
* * *
昼休憩ののち、私は早速皆に商談の要点をかいつまんで伝えた。最後まで伝え終えたのち、口火を切ったのはアンリだった。
「バカにしやがって! あいつらこっちの足元見て買い叩くつもりだ!」
「アンリ、落ち着いて。これはあくまでお互いの草案。ここからお互いが納得して合意できるものにしましょう」
熱くなるアンリをルシアが諭す。私もそれに同意する。
「その通りだ。ビジネスはWin-Winでなければならない。護るべきものは護り、譲っても良いところは譲る。全ては利益のために」
「こうは考えられませんか? グロース鉄道は我が社を独占的に支配したいと考えている。それは我が社のビジネス、その独自性と将来性にそれだけの価値があるからだ。であるならば、その価値こそ商談で我々が使える強力な武器だと」
マラートヴィチは実際に商談に立ち会った立場として、新しい視点から意見を述べた。それを受けてエミリアが発言する。
「それならいっそ、株式の51%くらいくれてやればいいんですよぉ。それも高値で。今私たちに必要なのは資金と人財ですぅ。それをグロース鉄道がくれるって言うのなら、ありがたくいただいちゃいましょう!」
彼女は存外過激だった。そして、それはそれで一つの考え方だった。だが、アンリは峻拒する。
「だが子会社化なんてまっぴらごめんだ! 想像してみてくれ! 広い駅の構内でグロース鉄道の乗り場以外での販売を禁じられることを。ある駅は売り上げが少ないからと整理の対象になることを。それは本当に、全ての乗客の旅に彩りと楽しみを与えるウィナーの理想に合っているのか?」
アンリの言葉を受けて皆一斉にこちらに顔を向けた。間違っていることを言っている人は一人もいない。いや、そもそもビジネスに正解はない。それは理解していたはずなのに、私は決断一つ下せない。
だが、理想がない訳ではない。私はその理想を口に出してみることにした。
「私は、全ての乗客に、駅弁という形でその土地の食文化を伝え、旅に彩りと楽しみを与えたい。そのために我が社は法の許す限り自由でありたい。だが、事業の継続には資金と人も必要だ。それは否めない」
「それならーー」
と、口を開いたのはルシアだった。
「合弁会社を設立するのはいかがでしょう。グロース鉄道とのビジネスにおいてもそうですし、他の鉄道事業者とのビジネスにおいてもそうです。それであれば、我が社の独立性も保たれますし、必要な資金や人財も抑えられます。そして、グロース鉄道にも利益があるため、双方納得できる形になるかと」
私はそれを聞き膝を手でポンと打った。
「名案だよルシア! よく考えだしてくれた! 早速契約書の作成に取り掛かってくれ。次の商談は一週間後だ。それまでに私とマラートヴィチが確認できるようにしてくれ」
「分かりました」
「ではこれで会議を締める。皆、ご苦労。そしてありがとう」
私は深々と礼をする。万雷の拍手で、この日の会議は締められた。
* * *
優秀なルシアはその週の末に契約書を完成させた。その出来を褒めると、当然のことをしたまでです、と、ルシアらしくクールに返された。
翌週、ついに迎えた二回目の商談の日。らしくなく顔を青くしているマラートヴィチに対し、私は安心させるべく声をかけた。
「大丈夫。今日は私が主として話す。君は見学のつもりでいてくれ」
「申し訳ありません、役に立てなくて。ただ、やっぱり怖いんです、この商談で会社の命運が決まってしまうと思うと」
「君はそれだけ我が社のことを案じてくれている。それだけで私は嬉しいんだ」
マラートヴィチの顔色は変わらなかったが、それでもぎこちない笑みを浮かべて頷いてくれた。私は懐中時計を取り出し時刻を確認する。
「そろそろだ。行くぞ」
「はい!」
私はマラートヴィチの背を優しく叩き、ビルへと歩みを進めた。
* * *
受付で名前と用件を伝えると、すぐに以前通された応接室に通された。そしてすぐに、リーザさんとサンさんが現れた。
「お久しぶり、ウィナー、それからマラートヴィチ。あれから検討してくれた?」
「リーザさん、サンさん。今日はお二人に、お互いにとって良い提案をお持ちしました」
「へえ……」
と、リーザさんの目が細くなる。サンさんの眼光は鋭い。私は一つ深呼吸して口を開いた。
「お二人に提案したいのはずばり、合弁会社の設立です」
「ほう」
感心したように声を漏らし、リーザさんは身を乗り出す。サンさんはというと続きを傾聴する構えだ。
「弊社は御社から資金と人財が欲しい。そして御社は弊社から利益が欲しい。その前提を守りつつ、お互いが独立した法人同士としてWin-Winな関係を築くことができる、その形態こそ合弁会社なのです」
「私から一つよろしいか?」
サンさんが右手を挙げて尋ねる。私が促すと、彼は重要な質問をした。
「持ち株比率はどうなる?」
「グロース鉄道50%、駅弁商会50%です」
「弊社が人財と売り場を提供するのにか?」
「重々承知しております。しかし弊社からも、商品を提供する他、食品衛生上の責任も持ちます。そう考えると妥当かと」
「分かった。いいだろう」
サンさんは納得してくれた。リーザさんも頷く。そこで私はマラートヴィチに契約書を出すよう指示した。
「では、こちらの契約書にサインをお願いします」
リーザさんは内容を端から端まで目を通し、最後にサインをした。私は控えの方を返し、本紙の方をカバンにしまった。そして私は立ち上がる。
「では、今日はよい商談をありがとうございました。これから長い付き合いになるかと思いますが、ぜひ協力しあって、駅弁を世に広めましょう」
そう挨拶して右手を差し出すと、リーザさんはその手を取った。
「こちらこそ良いビジネスをありがとう。それにしても合弁会社とはよく思いついたわね」
「いえ、うちの優秀な従業員のおかげです」
「ええ、本当に優秀。大事にしなきゃだめよ? 会社は人が命なんだから」
「はい! ありがとうございます!」
我々はそっと手を離す。
そして私とマラートヴィチは昇降口まで見送られた。こうして二回目の商談は、ルシアのおかげで大成功に終わった。




