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猟人の星  作者: 伊藤 薫
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[5]

 軍曹は狙撃銃の手入れをしていた。長いワイヤーブラシで、銃身内部の螺旋条ライフリングの溝を掃除する。軍曹によると、このボルトアクション式ライフルは帝国本星の首都近くの軍需工場で製造されたものだという。金属部分に渦巻き模様の装飾がついている。帝国の支配階級に君臨する貴族が狩猟用の銃として使用していた一品なのだという。今度は照準器のレンズを磨いている。


「このレンズを通すと、よく見える」


 軍曹は話し出した。


「肉眼で見るより何倍も大きくなった相手の顔が、ハッキリと。髭の剃り具合まで分かる。結婚して指輪をしているかどうかも。遠くから撃つような感覚とは違う。単に軍服が見えるだけじゃない。生身の兵士の顔がハッキリと見える」


 ぼくは黙って聞いている。


「間髪入れずに撃つ時もあれば、時には迷う時もある。相手は何を考えてるだろうと思ったりする。最期の瞬間に考えることは、恋人か家族か子どもか・・・あるいは、その晩の予定なのかもしれない」


 軍曹は沈痛な表情を浮かべる。


「その時、相手は敵がここにいることを知らない。その瞬間は、この戦場で一番近い人間同士なのに・・・」


 深夜、ぼくは軍曹に揺り起こされた。白い冬季用のカモフラージュコートを着がえる。地下の下水道を通って、公民館を出た。この町では、小隊同士の闘いが至るところで戦いが繰り広げられていた。兵士たちは敵の裏をかこうと、破壊された建物や瓦礫の間をこっそりと動き回る。身体が小さく、肢体に柔軟性がある軍曹とぼくにとって、瓦礫に埋もれた市街戦は格好の猟場になった。


 軍曹の戦果を伝えるビラがこの狭い町中に出回っていた。少年兵の中で唯一、文字が読めるホアンにビラを読んでもらったことがあったが、『本日、10人目の将校を撃ち取った』『本日、18人目の将校を撃ち取った』とか、そういう感じの内容だった。


 夜が明けてくる。西側の平原に広がる帝国軍の塹壕陣地が見えるようになった。距離は約450メートル。ぼくたちは日の出を背にして、廃墟になった元工場の2階にある小部屋にいた。


「いたよ・・・軍曹。塹壕潜望鏡が見える?」ぼくは言った。


 塹壕の中では、帝国軍の特徴あるヘルメットがいくつも動いている。ぼくは倍率8倍の双眼鏡で、敵の兵士を捉えた。軍曹は腹這いになり、エミル・レオンの長銃身が敵に見えないように地面に寝かせていた。若い兵士が短機関銃の整備をしている。塹壕から上半身を露出させ、警戒を怠っているようだ。


「ああ、2つ見える。どっち?」


「左側の横にいるよ」


「見えた。ヤツは士官か将校なのか?階級章が見える?」


「階級章は見えないけど、地図を見てるよ。きっと偉いヤツだよ」


「わかった」


 軍曹は照準器で敵兵を捉え、静かにトリガーを絞った。発射音とともに、衝撃を肩に当てた銃床で受け止めた。


 命中した。


 被弾した帝国軍の兵士が崩れるように、塹壕の中に姿を消した。他の兵士も一斉に塹壕の中に隠れた。ぼくは軍曹の横顔をちらりと見て驚いた。緑色の瞳から涙が溢れ、その一筋が頬を流れた。軍曹は静かに泣いていた。


 軍曹は薬莢の排出と次弾を装填するため、アクションボルトを引き上げる。照準器で捉えた敵を狙撃し続けた。全てを命中させて3人を倒した。


「退がるぞ」


 狙撃を終えたら、長居は無用。狙撃を続けたことで、帝国軍の狙撃手にぼくたちが潜んでいるこの位置を特定されたかもしれない。敵の火砲や迫撃砲がこの周辺一帯に撃ち込まれる可能性がある。火力では敵側が圧倒的に強力だ。


 周辺を警戒しながら、軍曹は俊敏な身のこなしで瓦礫に埋もれた街中を移動する。次の狩場へとぼくを先導する。

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