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猟人の星  作者: 伊藤 薫
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[11]

手応えはあった。銃弾が飛び抜けていった後、空気に穴が穿たれる。それが《銀狼》と標的までつながるように感じた。


《銀狼》は部屋から動いてなかった。《黒豹》が潜んでいる共同住宅の踊り場を十字線の中央に捉えたまま、狙撃銃―マウツェル・ゲヴェール98kを構えていた。連邦軍の兵士が《黒豹》の様子を確認しに来るか、もしくは遺体を回収するはずだと踏んでいた。そいつを狙うつもりだった。もし仮に《黒豹》が生きていたとしても、あの共同住宅を脱出するためにはあの踊り場を通るしかない。


 外は雪が降り続いていた。照準器から見える街の風景は無機質なコンクリートのジャングルをかき消して、白一色に見える。風に巻かれながら積もる雪が辺りに残っている血痕を隠し、身体の一部を失くした兵士たちの悲鳴をくぐもらせる。真っ白の迷彩塗料が施された連邦軍の装甲車が1両、破壊されて横倒しになっている。乗員たちは脱出したのか。それとも野生化した犬や鼠に食われてしまったのか。


 ふと色白い顔が胸の中に浮かび上がった。一陣の風が部屋に吹き込む。鳶色の長い髪がちりぢりに飛び跳ねている。過去の彼方から歌声が響いた。「塹壕」という題がついている民謡だった。自分に血を分けてくれた看護兵と一緒に見た恋愛映画で流れていた。


『君は今、遠い遠いところにいる

 ぼくらを分かつ雪の広がり

 君のもとに行きたいのに行けない

 ここでは四歩進めば死が待っている』


 あの看護兵は何という名前だったか。《銀狼》が束の間に思い出そうとしたことは山ほどあったが、どれも形にならなかった。身体で気づいた異変に思考が途切れたからだった。共同住宅が揺れている。


 航空機の鈍いエンジン音が次第に近づいてくる。《銀狼》は舌打ちをした。エンジン音から連邦軍の爆撃機だと分かった。そして、続けざまに爆発音が響いてくる。絨毯爆撃をしながら、爆撃機が《銀狼》が潜む共同住宅に迫ってきていた。身の危険を覚えた《銀狼》は思わず身動ぎした。


 その刹那、閃光が見えた。

 

 銃弾はやや下向きの角度で、《銀狼》の右肩に命中した。大きな金槌で殴りつけられたような衝撃だった。《銀狼》は自分の身体が浮き上がり、床に叩きつけられるのを感じた。被弾した瞬間、咄嗟にトリガーを引いたことは覚えていたが、そんな狙撃がターゲットに当たるわけがないことは嫌というほどわかっていた。

 

 衝撃でめまいが起きる。《銀狼》はすぐに気を取り戻して、狙撃銃に次弾を装填しようとボルトに手を伸ばす。だが、右腕は動かなかった。敵に肩につながった骨を砕かれたようだった。それでも本能的に銃床に顔を向けて、照準器に眼を戻す。

 

 今の銃弾を送り込んできた敵が身体を起こしている。《黒豹》だ。《黒豹》はこちらに背を向けて歩き出す。《黒豹》の頭を包んでいたフードが落ちる。夜闇に輝く鳶色の髪が眼に映った。《銀狼》は眼を見開いた。

 

 まさか。


 背後に気配を感じる。《銀狼》はハッと振り返った。


 シュトライヒが部屋の入口に姿を現した。帝国軍から配給された黒の防寒コートを着ている。右手に45口径の制式拳銃。相手の眼に浮かぶ冷酷な色に気づき、《銀狼》は床に横たわったまま、左手で腰から拳銃を抜こうとした。視界の隅で黒っぽいコートの裾がひるがえった。それがこの世で《銀狼》が最後に見た光景になった。


 銃声が轟いた。


 シュトライヒの拳銃から発射された弾丸が《銀狼》の鼻骨を砕いて侵入し、脳底動脈を破壊した。《銀狼》の頭部を貫通した銃弾が床で跳ねた。銃弾はカランカランと軽い音を響かせて、どこかに転がっていった。

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