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猟人の星  作者: 伊藤 薫
10/12

[10]

 レイラは交差点の向かい側にエミル・レオンの銃口を向ける。3・5倍のPU照準器の丸い視野に黒い屋根の共同住宅が建っている。今も白いカーテンがかけられている4階の窓。レイラはその窓を重点して見るようにした。窓の中に動きはない。


―《銀狼》は移動したのではないだろうか?


 不安が脳裏を過ぎる。レイラは別の可能性にかけていた。《銀狼》はこちらの行動を理解した上で、その裏をかくつもりだろう。従来とは違う戦術を取るに違いない。通常ならば、狙撃手は射撃位置を次々に変える。しかし《銀狼》は移動したと見せかけて、同じ位置からこちらをまた狙撃するつもりではないのか。


 レイラは日中、照準器で人影のないその窓を見張り続けた。右眼で照準器の接眼レンズを見ていたが、左眼はわずかに瞼をすぼめるだけにしてつぶらない。眼を閉じるだけで余計なストレスを生む。野生動物のように、気温の下がり具合で時間の経過を感じた。吐息でレンズが曇ってくる。レイラは時おり手袋をはめた指先でそのレンズをぬぐった。


つかの間、少し瞼を閉じて眼を休める。背後に何かの気配を感じた。


「まだ仕留められねえのか」


 部屋の入口から少年兵部隊の小隊長が呼びかけてきた。


「シッ!」


「もう時間切れだ。味方に爆撃されるぜ」


「そこのバッグに潜望鏡がある。見張ってくれ」


「潜望鏡じゃ視野が狭くて、敵なんざ見つからねえぞ」


「探す必要は無い。向かいの黒い屋根の建物、その4階の窓だけ見てればいい」


 小隊長は呆れたように首を振った。窓枠の下に身を潜めたまま、レイラの雑嚢から塹壕用潜望鏡を取り出す。レイラが指示した目標の窓を探し出して、その窓を狭い視野の中心におさめた。レイラはライフルから身体を離して壁に上体を横たえる。酷い寒さで身体じゅうの筋肉が硬くなってしまったようだ。眼の間を強く揉む。


 日が落ちてしまえば、その窓の奥は暗闇に包まれる。室内の様子は全く分からなくなってしまう。その前に決着をつける―。


「おい」


 レイラは不意に眼を覚ました。ついうとうとして眠っていたようだ。


「どうした?」


 小隊長がレイラの手を掴んだ。レイラはその手を振り払った。相手は掴みかかってきた。冷たいコンクリートに身体が押し付けられる。しばらくもみ合っていた間、小隊長はずっと笑っていた。荒くなる吐息が皮膚に弾ける。拳骨の痛みが熱になる。


 レイラは声を出さなかった。押し倒されたまま足元に手を伸ばし、ブーツから小さなナイフを抜いた。男がのしかかってくる。レイラはその喉元に下から正確にナイフの刃先を突き立てた。男は荒い息を吐いて起き上がった。


「味方に殺されるほどバカげた話はないぜ。お前もはやく逃げな」


 小隊長は何かの直感を持ったような真顔だった。肩を大きく上下させて息をつき、部屋を独り出て行った。レイラは後を追わなかった。半時間ほど経った後、レイラは再びエミル・レオンを構える。

相変わらず窓に人影はない。


 遠くに聞こえていた砲声が止んだ。日が落ちて窓の陰影が濃くなりつつある。やはり《銀狼》はすでに、どこか別の場所に移動したのか。レイラは逆に、自分が狙撃される不安に駆られる。


 そのとき長い静けさを打ち破って、遠くから航空機の爆音が聞こえてきた。レイラはレンズの隅で航空機を捉える。3機編隊の爆撃機がこちらに向かって飛んで来くる。連邦軍の爆撃機。小隊長が言った通りだった。


 レイラは眼を見開いた。4階の窓の奥。照準器の丸い視野に眼を凝らす。ぼんやりとした闇の中。人影が現れたのだ。


 狙撃銃を構え、味方の陣地を狙っている。《銀狼》に間違いない。


 連邦軍の爆撃機が爆弾を投下しながら近づいてくる。レイラは爆撃に怯まず、エミル・レオンを構えた。窓枠から露出させた長い銃身は埃にまみれたボロ布で包まれている。《銀狼》からは視認できないはずだ。薬室にはすでに銃弾が入っている。レイラは照準器を憑かれたようにのぞき込み、T字型照準線の上に《銀狼》を捉えた。

 

 レイラはトリガーを引いた。

 

 次の瞬間、レイラの視界は涙でぼやけて何も見えなくなった。

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