1話
薔薇
そう、私は薔薇。
薔薇のように美しい女性もしくは男性という意味ではないわよ。
文字通り、植物の薔薇なの。
朝露が光って絶妙なニュアンスのピンク色の薔薇で今が満開。
ちょっと嘘をついたわ。
昨日、1番外側の花びらが萎れだしたのよ。
満開を過ぎつつあるこの世で1番美しい薔薇よ。
ごめんなさい、またデコったわ。
いいじゃない、言葉を修飾したって。もうすぐ散っちゃうのよ。
美しいものの命は儚いのね。
これも嘘よ。
最後までしがみついてやるわ!茎に。
だってね、わたくし・・恋をしているの。
樹に。
そう、木に。
樹木よ。異種生命体。
なのに恋をしてるのよ、なんなのこれ。
私からどのくらい離れているのかしら、あの麗しい樹は。
人間の感覚だと20歩ぐらい離れてるのかしら。
あら、なんで私ったら人間としての感覚を持ってるのかしら。
まあ、今は追求しないで。置いとくわ。
見て、あのところどころ節がある幹!しなやかに伸びてるように見える枝!濃い緑と薄い緑が混ざった葉!
素敵。
毎日眺めても飽きないの。
意志の疎通なんて全くできないわ。だって異種だもの。
あれ?私の隣で綺麗に咲いている黄色い薔薇とも意思疎通できないわ。カテゴリーのせいじゃないのかしら。
まあ、これも今はいいわ。
どんなに恋い焦がれてもわたくしの命はあと数日。毎日1ミリでも近づきたくて無駄に風の力で揺れてみるけれど、花びらがさらに緩んだだけだったわ。
・・・
こんな馬鹿なことをしてたからかしら、私の花びらが後ニ枚になってしまったわ。いやもう茎が頑張れ。他力本願。
しかも今日はやけに風が強いじゃない。麗しの樹さまの生命力溢れる葉っぱも揺れまくってるわ。
あとどのくらい見ていられるのかしら・・ブチッ
あっ・・・
□ □
みなさまごきげんいかが?
わたくし、また生まれてきましたの。
あまりに好きすぎたのかしら?またあの麗しい樹と出会えたわ。
だけどね
わたくし今回
虫なの。
ええ、あの虫よ。
脚六本のまごうことなき昆虫よ。
しかもね、美しい蝶とかではなく、どこもかしこも黒いわ。触覚長めよ。なにこれ。意外と気に入ってるけれど。
どうやら私、木を食らうみたいなの。樹皮も美味しく頂いてるわ。
何かの時期が近づいてきたのか、木に穴を開けて突き進みたくてならないのよ。
やめて。大好きな木を傷めたくないわ。
でも虫と木って共存共栄なとこあるじゃない。
私は麗しの樹さまを喰らうのが正解なの?誰か教えて。
なんてことを思っていても、本能ってすごいわよね。どんどん進んで麗しの樹さまに穴を開けてるわ。なんてこと。
薔薇だったときは見つめるだけだった。虫になったら穴を開けてる。
そりゃ近くに行きたいと願ったけれど、なんか違う。
まあいいわ。
なんて思ってたらいきなり死んだ。穴から出たら鳥に食べられたみたい。あっけないわね。
□ □
好きよ。恋い焦がれてるわ。
だけど今度のこれもどうなの?
麗しの樹さまの根本に生える若木よ。
やっと同じ種ね。
でも・・これって樹さまの養分奪ってない?
まあ、私が奪われてるとも考えられるけれど。
わかったことがひとつ。
同じ種でも会話なんてできないわ!
はあ・・でも下から見上げる樹さまは素敵。
なんて思ってたら、いきなりポキっと折られたわ。
キーーー!!
だ、ダジャレじゃないわ。心の底からイライラして叫んじゃったの。
□ □ □
あれ?
夢か。
ダジャレからの夢オチなんて最悪ね。自分のセンスを疑うわ。
自分の叫び声で起きた。
なんて恋愛に不自由な夢だったのかしら。
今の私は薔薇と虫と木の気持ちがわかるスーパーナチュラル令嬢ね。
妄想癖があるとはいえ、変わった夢。
しかもまだほんのり恋しいわ、麗しの樹が。
探してみる?
・・・見分けられない自信があるわ。
諦めましょう。もともと叶わぬ恋よ。
ただでさえパッとしない伯爵令嬢が、ある日樹に恋してフラフラと樹から樹へ。
無理無理無理無理。
ちょっと頭が痛くなってきた。なんだか長くて深い夢だったの。もう一度寝て違う夢でも見ないと虫としての意識が高いままだわ。
おやすみなさい。
□ □ □
起きたときにはすっかり人間に戻れた気がしたの。
自己紹介がまだでしたわね。
わたくし、エマ・リカータと申します。伯爵令嬢とはいえ、近代的な都市で近代的な設備に囲まれて暮らしています。
身分はあれど、堅苦しい中世のような世界ではありませんのよ。
アメリカンハイスクールみたいな世界観だと思っていただいて大体オッケーかと。イエス!ユーノー
ごめんなさい、アメリカンっぽくしてみたかったの。
さて、無事に人間へとチューニングできたようなのに、困っています。
いまだに樹木にときめいているのです。
なんということでしょう。
これはいよいよ本当に探して回らねばならないのでしょうか。
見つけたとしても叶わぬ恋に変わりありませんね。
今までは、街や学校で見かけたイケメンに目が釘付けになったりしていたのに、今日からは街路樹に釘付けになるのでしょうか。
まあ、それも一興ですね。
明日学校で親友のステラに相談してみましょう。
大好きな親友ステラ。
彼女こそがまさに咲き誇る薔薇。美しく、優しく、気高く、知的なのにチャーミング。自慢の友達なのですが私は困っているのです。
隣りにいると、私の地味さが際立つの!!
それはもう見事に引き立て役として薔薇を支えていますのよ。
もうそんなことでひねくれたりするような段階は過ぎているのでご安心ください。
わたくしもそれなりに可愛いはずですの。
ですがステラの横にいると霞む霞む。
願わくば、とっととステラには素敵な殿方と出会って結婚していただきたい。
そしたら「あ、いたね。横に」と存在を思い出していただけるかもしれません。
そんな私も、ステラの影に潜みつつ、素敵な男性に恋をしていましたの。
背も高く、髪型も似合っていて、物腰が柔らかく、頭も良いと聞きます。お名前はセオドアさま。
この方、なんとステラに興味がありませんの!
いえ・・正確にはこの方の親友オスカー様がステラと親しいため、ステラに迫ることができないのでしょう。
オスカー様はキラキラしく、すれ違う女性が思わず振り返ってしまうほどの美丈夫。
ステラと並んだときには目がやられてしまうほどお似合い。
セオドアさまも美しいのだけれど、オスカー様の隣りにいるとやはり霞んでしまうの。お仲間発見!と喜んでいるうちに、どんどん好きになってしまったの。
また明日も少しお話できるかしら。樹に懸想してないで、セオドアさまに専念しましょう、そうしましょう。
□ □
困ったわ。
セオドア様より麗しの樹さまのほうが素敵!なんて思ってしまった。
嘘でしょう?!
樹VS人間よ
樹木圧勝
いよいよ自分のことがわからなくなってきたわ。
混乱したので、帰りに書店で樹木図鑑買ってきたの。
せめて麗しの樹さまのお名前を知りたくて。
ステラに相談したら「それは・・探してみるべきね。私にできることならなんでもするわ」と言われました。
優しい・・早く結婚して。
それから毎日図鑑で探したの。
でも、葉の色も形もどれも似てるようで違う気がして結局わからない。
そうね、やはり諦めて人間を好きになりましょう。
□ □
困った。
黒い虫に恋をした。
自分に穴を開けた昆虫に。