#記念日にショートショートをNo.14『悪魔の宿命:後編』(Fate of Devil:Latter Part)
2019/5/5(日)こどもの日 公開
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【関連作品】
「悪魔の宿命」シリーズ
お茶の間は、静まり返っていた。
卓袱台の上に置かれた2つの湯呑みは、役目を忘れたかのようにその場に留まっているだけで、中の緑茶からはもう湯気も立ち昇っていない。
卓袱台越しに座布団の上に座る2人は俯いたままで、時折鼻をすする音が、より一層悲愴感を際立たせている。
軒先に吊るした風鈴が、場違いにもチリン、と、涼しげな音を立てた。
死刑の判決を言い渡されてから、6日が過ぎた。いよいよ、明日は僕の死刑が執行される日だ。
死刑の判決を言い渡された男性は、最後に人生に区切りをつけるために、7日間の期間を与えられる。人生でやり残したことをやり、愛する家族や友人、恋人に別れを告げるために設けられたらしい。
僕も、愛する由希子と、残された日々を過ごしてきた。
「祥くん」
由希子が、僕の名前を呼んだ。顔を上げる。由希子が今にも涙が溢れそうな瞳で、僕を見ていた。
「祥くん」
もう一度、名前が呼ばれる。由希子が、懸命に笑顔を作り、そして、あの時のように、小さな声で呟いた。
「好きだよ」
ほろり、と涙が由希子の頬を伝う。
響くように、由希子を抱きしめる。
「僕も、由希子のことが好きだよ」
君を忘れないように囁く。
翌朝は、これから行われることの残酷さとは正反対に、空には太陽が輝いていた。
玄関で由希子と、最後のお別れをする。涙でぐしゃぐしゃの顔の由希子に、別れを告げる。
「じゃあ、元気でな」
なるべく、明るい顔でそう言い、由希子に背を向ける。
「待って!」
由希子の声に振り返る。
同時に、柔らかい感触が、唇にあった。びっくりして、持っていた鞄を取り落す。
恥ずかしがり屋で、奥手な由希子が、背伸びをして、僕と自分の唇を重ねている。
それは頼りなさげで、ほんの数瞬だった。
「1度くらいは、いいでしょう?」
唇を離した由希子の頬を染める紅は、切ない色だった。
「由希子…」
潤む瞳を見つめる。甘悲しい沈黙が宿る。
キキーーーーー!!
急ブレーキの音がし、驚いて音のした方を見る。
「祥一!由希子ちゃん!」
伝達員の佐助が、自転車を投げ飛ばしながら降り、走ってくる。
「佐助、どうし…」
「祥一、良かったな!由希子ちゃんも」
僕の質問に被せながら佐助が喜びに満ち溢れた顔で言う。
「え、良かったって…?」
佐助が僕の肩を掴む。
「祥一、よく聞け。これから話すことは、嘘じゃない。本当のことだ。」
佐助の喉元が上下する。
「死刑制度が、撤廃された。」
思わず聞き返す。
「…本当…なのか?」
佐助が大きく頷く。
「ああ。ついさっき、政府の方から僕ら伝達員に通達が来た。該当者には、順次電話で連絡するとのことだ。」
「それじゃあ、祥くんは…」
「生きられる。死ななくていいんだ。」
佐助の答えを聞き、由希子が僕を見る。束の間、両の瞳からぶわっと、涙が溢れ出た。そして僕の胸の中に飛び込み、
「よかった…よかった…」
安心したように呟いた。
その時、
ジリリリリリリーーーーーーンンン!!!!!
けたたましいベルの音がした。由希子が僕の胸から顔を上げ、涙を拭い、「お電話、取ってきます」と家の中に走る。
電話をしている由希子の横顔がどんどん明るくなっていくのを見ながら、ようやく、不幸な運命から解放されたことの実感が湧いてくる。
「祥一。由希子ちゃんのこと、幸せにしろよ」
佐助が僕に呟く。由希子が電話を終えて、幸せな表情で僕に駆け寄ってくる。
「ああ、もちろん」
愛しい人の手を取る。由希子が僕を見上げる。あたたかくやさしい日差しが、僕らを包み込んでいた。
[終]
【登場人物】
○由希子(ゆきこ/Yukiko)
●祥一(しょういち/Shouichi)
●佐助(さすけ/Sasuke)
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
【原案誕生時期】
公開時